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第1話 初雪と悪戯心
グースカ寝ていた苺は、突然足にひやりと冷たいものがくっつき、ぎょっとして飛び起きた。
「つめたっっ!」
叫ぶとともに、冷たい物から逃げようとしたが、冷たいものが苺の足を捉えて離さない。
「な、なんなのぉ」
びっくりしたのと腹立たしいのとで、すっかり目が覚めてしまった。
「おや、珍しいですね。このくらいのことで貴女が起きるとは?」
そう言ったのは、もちろん爽だ。
そして苺にぎゅっと抱き着いてきた。その身体はひんやりしている。
「わわっ、冷たいですよぉ。苺にくっついてこないでくださいよぉ」
「貴女こそ冷たいですね。愛する婚約者が寒さに打ち震えているというのに、くっついてこないでくださいは、ひどくありませんか?」
そう言いながらも、爽は苺の身体で暖を取ろうとさらにくっついてくる。
「も、もおっ、どうしてそんなに身体を冷やしてるんですか?」
「お手洗いに行ってきたのですが、戻ってくるときになんとなく雪の気配を感じて、窓を開けたら見事な雪で、思わず見惚れてしまっていたのですよ」
「ゆ、雪? いま、雪が降ってるんですか?」
苺は布団を蹴立てるようにして上半身を起こした。
「ちょっと苺、せっかく温まったところなのに、寒いじゃありませんか?」
「そんな場合じゃありませんよ。雪、雪を見なきゃ。初雪なんですよっ」
ベッドから飛び降りた苺は、窓に駆け寄った。
カーテンはすでに開けてあり、窓から外を見る。
「うわーっ、さらさらの雪が降ってきてる」
物凄くゆっくり静かに、雪は地上に向かって落ちていく。
わわーっ、幻想的だよ。
「こんな風に降る雪、苺、見たことないですよ」
背後にやってきた爽に、感激を込めて伝える。
「無風だからでしょう。それに、さらさらとした粉雪のようですよ」
こうなったら、外に出て感触を味わいたい。
そう思って窓を開けようとしたのだが、それと気づい爽に止められた。
「苺、雪遊びは、まず顔を洗って着替えて、朝食を食べてからですよ」
ちえっ!
「ふぁーい」
気の抜けた返事をし、苺は洗面所に向かう。
爽がエアコンのスイッチを入れてくれていたようで、部屋は温まりつつあった。
それにしても、雪かぁ。すっかり冬なんだよねぇ。
去年は、爽に北の国に連れてってもらったんだよね。
苺、飛行機は初めてで、もうドッキドキだった。
スキーも楽しかったし、ソリ遊びも楽しかったなぁ。
お願いしたら、また連れてってくれるかな?
けど、お仕事もあるしなぁ。
苺がお願いしたら、爽は無理にでも連れて行くって言い出しそうだよね。そうなったら、藍原さんと岡島さんが大変になる。
やめとくか。
部屋に戻ると、すっかり朝食の準備が整っていた。
「爽ばっかりにやらせちゃって、ごめんなさい。後片付けは、苺が引き受けますからね」
「ええ。さあいただきましょう」
「はーい」
ちょこんと座り、さっそくいただく。
「おおっ、このハム、美味しいですね」
「ところで、苺」
爽が話しかけてきたところで、苺の携帯に電話がかかってきた。
かけてきたのは、羽歌乃だった。
「おばあちゃん、どうしたですか?」
「どうしたじゃないわ。澪さんに連絡してくれたの?」
「あ」
しまった。
そうだったよ。
三日前くらいに、羽歌乃おばあちゃんから、澪に遊びにくるように連絡を取って欲しいと頼まれてたんだった。
おばあちゃんが直接誘うと、澪に無理強いしてしまうかもしれないからって、苺に頼んできたのだ。
仕事が忙しくて、すっかり忘れてた。
澪のほうも、いますごく仕事が順調で、忙しいようなのだ。
それに澪は、いま彼氏ができて、ラブラブ中だ。
フカミッチーさんと、一緒に暮らし始めて、しあわせいっぱいみたいだ。
友のしあわせを思い、苺の胸に喜びが膨らむ。
「まあっ、苺さん、あなた忘れていたのね」
噛みつかれ、耳がビンビンする。
「まあ、忘れてたですけど……これからすぐにメールしとくですよ。けど、澪は忙しいみたいだから……」
「とにかく誘ってみてちょうだい。できればクリスマスパーティーにも来て欲しいって」
「それは無理だと思いますよ。澪にはフカミッチーさんがいるし、ふたりでデートするんじゃないかな?」
「彼も一緒によ。フカミ……いえ、深沢道隆さんだったわね、そろそろ会わせてもらいたいわ」
フカミッチーさんとは、苺もまだ会っていない。
澪はイラストレーターだから、家で仕事してる。だから澪とは平日に会えるんだけど、彼氏のフカミッチーさんは土日のお休み。
苺と爽は土日は仕事だから、会う機会がなかった。
「わかりました。パーティーはわかんないですけど、とにかく遊びにこれるか、聞いてみるですよ」
羽歌乃がやっと納得してくれ、苺は電話を切った。
「水木さんは、年内は無理なのではありませんか?」
朝食を食べながら爽が言う。苺は頷いた。
「たぶん。でも、ダメモトでメールしときます。苺も、そろそろ澪に会いたいし」
ということで、苺はさっそく澪にメールした。
そして返事を待つ間、朝食をいただく。
すると待つほどもなく返事が来た。
「おっ、なんか前向きな返事ですよ。苺たちに会いたいから、なんとか時間作ってくれるそうですよ」
「それはよかった。ですがはっきりするまで、羽歌乃さんには言わないほうがいですよ」
「ですね」
苺は笑い、爽の唇に視線を向ける。
パンくずのちっこいのが唇についてる。
向かい合って座っていた苺は、悪戯心が湧き上がり、爽のほうに回り込んだ。
苺の行動に、爽は戸惑っている。
「どうした……」
そう聞いてくる爽にさっと顔を近づけ、苺は唇にくっついているパンくずをペロッと舐めとった。
爽は目を見開いて驚く。
「パンくずご馳走様!」
両手を合わせて叫んだ苺は、弾けるように笑い出した。
「まったく」
そう言いつつも、爽もくすくす笑い出したのだった。
朝食を終えたふたりは、しっかり厚着をし、ベランダに出る。
「うわーっ、さっむいですねぇ」
「ええ。冷え込んでいますね」
爽は後ろから苺を抱え込んでくれる。
恋人らしい触れ合いにしあわせが込み上げ、ドキドキしてしまう。
それからしばらく、身を寄せ合ったまま、ふたりは降り続く雪を楽しんだのだった。
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