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第3話 イチゴな手帳とクリスマスの予定
むっふふーん。
苺は浮かれ調子で、今日買い物に行って手に入れた、真新しい手帳の表面を撫でた。
来年用の手帳だ。
けど、今年の十月から書き込めるようになっているんだよね。
でっかいイチゴが、表紙にぺたんとくっついているデザインのにした。
『やっぱり、苺はイチゴでしょう』なんて、爽にのせられちゃってさ。
まあ、イチゴ柄は嫌いじゃないからいいんだけど。
もう色々と可愛いのが揃ってたから、迷いに迷ったんだよねぇ。
ピアノの柄なんてのも可愛かったし、ネコの柄もよかったなあ。
そう思いつつ爽を見ると、彼もまた新しい手帳を開いて、何やら書き込んでいる。
すでに決まっているスケジュールを、古い手帳から書き写しているようだ。
爽は、プライベートとビジネス用、ふたつの手帳を使い分けしてるらしい。
なんか、ビジネスマンって感じでかっちょいいよね。
それに、ビジネスのほうの手帳は、もう真っ黒になるくらいびっしり書き込んでる。あれがまたカッコいいんだよなぁ。
でも、それでわかるのか? とも思ってしまう。
でもなぁ、プライベート用くらい、もっと遊び心のあるものにすればよかったのにさ。
苺は三つもお勧めしたのに、どいつも爽の選考で落とされてしまった。
苺はにやっと笑い、苺の手帳に挟んであるシールを取り出した。
イチゴのシールに『バイト』とか『デート』とか『誕生日』とかの文字が入っているんだけど、なぜか緑色した大きな苺が一個あるのだ。
なんで緑があるのか、よくかわんないけど。
苺は、その緑のイチゴのシールをはがし、そろそろと爽に近づいていった。
地味な手帳の表面に、べたっと貼ってやろう。
よーし、苺に気づいてないぞ。
爽ににじり寄っていた苺は、そうだと思う。
ほっぺたに貼ってやるのも面白いかも。
うーん、どっちにするかなぁ?
迷ったまま距離を詰めていったら、爽が急に顔を上げた。
彼はそのままこちらに向き、ふたりの目が合う。
「苺?」
「あ……っと」
ふいを食らわせず、シールの行き場を失う。
「それは?」
爽は苺の指にくっ付いているシールに気づき、尋ねてきた。
「あ、ああ。緑色のイチゴのシールなんですよ」
焦って答える。
「緑色?」
「面白いよねぇ、と思って」
「私に、見せようとした?」
「ああ、そうそう、はいはいはい」
汗を掻きつつ、こくこく頷いたら、爽が意味深な笑みを浮かべる。
「な、なんですか?」
「私に貼ろうとしていましたね?」
ば、ばれたーっ!
言い当てられてジタバタしていたら、シールが取り上げられた。
やり返されると及び腰になったのだが、爽はそのシールを自分の手帳に張り付けた。
裏表紙の裏っかわだ。
「いいんですか?」
「ええ」
微笑まれ、なんか嬉しくなってしまう。
「ちょっと、お揃いになったですね」
そう言ったら、爽が笑い出した。
苺はいい気分で、自分の手帳を開いた。
さっそく予定を書き込むことにする。
「えーっと、クリスマスの前の週の土曜日が、羽歌乃おばあちゃんの家でパーティーですね。何時からでしたっけ?」
「三時ですよ」
「はいはい、三時っと」
「苺、そんなペンで書き込むんですか?」
そんなペンと爽が言うのは、桃色のカラーペンだ。
「黒のほうが見やすそうですが」
「お仕事の予定は黒で書き込むんですよ。プライベートは桃色にするんです」
そう説明したら、爽は納得したように頷き、また自分の手帳と向き合った。
うーん、それにしても、枠が小さいから、どんなに小さな文字で書き込んでもはみ出しちゃうよ。
「残念賞」と無意識に口から漏れ出る。
「残念賞? 残念賞とはなんです?」
「書いた予定が枠からはみ出しちゃったんです。ほら、羽歌乃おばあちゃんって書くと、それだけで枠の半分が埋まっちゃうんですもん」
「短縮して書けばいいでしょう。羽の漢字を丸で囲むとか。そしたら一文字ですみますよ」」
「おおっ、爽、天才!」
おおいに関心する。
よし、次からは爽の言う通りに書くことにしよう。
それじゃ、次は……
「クリスマス当日は、貴女の実家でパーティーですが、手土産は何にしましょうね?」
問いかけられ、苺はいったんペンを置き、爽に顔を向けた。
「それはもう、ボスシェフさんのクリスマスケーキをお願いしたいですよ」
だって去年は、苺がおっことしちゃって、せっかくのケーキをぐちゃぐちゃにしちゃったんだもん。もうみんなに申し訳なくてなんなかったよ。
「それはすでに頼んでありますよ」
おおっ、さすが爽。
「あとは、やはりワインでしょうか?」
「おおっ、お父さんとお兄ちゃんが喜ぶですよ。ありがとうです」
お礼を言い、イブの日の予定を書き込むことにする。
午前から午後にかけては、スペシャルイベントがある。
「イブのスペシャルイベント、楽しみですねぇ」
「ええ。店員冥利に尽きますね」
ほんとほんと。
「それでその日の夜は、店長さんのお屋敷のクリスマスパーティーに参加」
「そして、三時からは大学のクリスマスパーティーですね」
爽の言葉に、苺は大きく頷いた。
そうなのだ。澪から聞いた大学のクリスマスパーティーは、なんとイブの日の三時から。
すでに爽は、コンビニで券を購入してくれている。
行けちゃうんだよねぇ。
あー、楽しみ♪
つづく
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