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第4話 初心者同士でレッスンです
「ね、ねぇ、ちょっと爽!」
コンビニでパーティー券を購入したとき、店員さんが一緒にくれた大学のクリスマスパーティーのチラシを眺めていた苺は、慌てて爽に呼びかけた。
「なんですか?」
手帳に書き込み続けつつ、爽は返事をする。
「大変ですよ」
「大変? 何が大変なんです?」
「ここに、社交ダンスって書いてあるんですよ」
「ああ。書いてありましたね」
「書いてありましたね、じゃないんですよ。苺、社交ダンスなんてできませんよ」
「そうでしょうね。できると言われたら、驚きますよ」
なんだそれ!
「もちろんできませんけど、その言い方、失礼ですよ!」
憤慨した苺は、ぷりぷりして文句を言ってやる。
「そう言われても、社交ダンスを踊る貴女は想像できませんが……それで、練習するとでも言うんですか?」
「もちろんですよ。踊れないまま行くなんて、みなさんが踊ってるときに、眺めてるだけになっちゃって、つまんないじゃないですか」
「別に全員踊るわけではないと思いますよ。見ているだけのひとも多いと思いますが」
「爽は、自分が踊れるから、そういう風に言うんですよ。パートナーの苺が踊れないままじゃ、片手落ちですよ」
「片手落ち……」
片手落ちはおかしかったか?
「バランスが取れないって言いたいんです。爽が踊れるなら、苺も……」
「踊れませんよ」
「へっ?」
い、いまなんて?
踊れないって言われたような?
えーっ、まさかぁ。爽が社交ダンスを踊れないはずがないよ。
だって、どこの誰より貴族様のようなのに……
「なんか聞き間違えた気がするんですけど……当然、社交ダンス、踊れるんですよね?」
「踊れませんと言いましたよ」
「ええーーーっ! うそーーーっ!」
「嘘ではありません。羽歌乃さんから、覚えろと煩く言われましたが、拒否したのですよ」
「なんでですか?」
「踊れるようになったら、パーティーで踊らなくてはならない羽目になるからですよ。踊れないのであれば、踊ろうにも踊れませんからね」
「踊るのが嫌だったんですか? 楽しそうなのに」
苺だったら、踊る機会があったら、踊ってみたいよ。
「苺」
「はい?」
「あなたは嫌じゃないんですか?」
「えっ? 嫌って?」
「私が、他の女性の手を取り、腰を抱いてダンスを踊っても」
え?
頭の中に、爽が綺麗な女の人と手を繋ぎ合ってダンスを踊っているところが浮かび、苺は慌てて手を振り、想像をかき消した。
苺を見ている爽に目を戻し、唇を突き出す。
想像しただけなのに、胸がムカムカする。
「苺」
「い、嫌ですよ。もちろん」
「そう聞いて嬉しいですよ」
少しイヤミっぽく言われ、苺は爽の胸に勢いよく飛び込んだ。
「わっ!」
爽の胸に顔をくっつけて、「爽」と名を呼ぶ。
「なんですか?」
「ありがとう」
「うん? どうしてお礼を言うんです?」
「なんとなく……」
苺は顔を上げて微笑み、「ねぇ、爽」と呼びかけた。
「苺とダンス踊ってください」
「いいですね」
爽が嬉しそうに同意してくれる。
「では、一緒にダンスのレッスンを受けましょうか?」
「はいっ」
うわーっ、これは楽しみだよ。
それに爽がダンスを知らなくて良かった。
一緒に覚えるなら、初心者同士だもんね。
大学のクリスマスパーティーまで、もうそんなにないけど、少しくらいなら、踊れるようになるかもしれない。
そういえば、澪とフカミッチーはどうするんだろう?
ダンス、踊れるのかな?
ちょっと電話して聞いてみようかな?
「では、吉田に電話して頼んでおきましょう」
「はい? 善ちゃんに電話して何を頼むんですか?」
「ダンスのレッスンですよ。吉田はダンスの名手ですからね」
だ、ダンスの名手?
あの四角四面なおじいちゃんの善ちゃんが?
「ええーーーっ!」
「どうしてそんなに驚くんです?」
「だ、だって……善ちゃんって、そういうの不器用そうですよ」
爽は「不器用?」と口にして面白そうに笑う。
「吉田はあらゆる方面に秀でているのですよ。できないことはないのではないかと思うほどにね。ほら、私に編んでくれたセーターのことを思えば、不器用とは言えないでしょう?」
そ、そうだった。善ちゃんの手編みのセーターは、買ったものみたいに上手な仕上がりだったっけ。
「けど、社交ダンスを踊る善ちゃんは、やっぱり想像つかないですよ」
そんなことをきっぱり言ってしまっていた苺だが、それから数日後の夕方、藤原家のダンスホールにて、その考えをきれいさっぱり捨てることなった。
岡島さんを相手に、背筋をピンと立てて踊る善ちゃんは、とんでもなくかっこよかったのだ。
それにしても、岡島さん、スーツを着ているというのに、女のひとにしかみえないんですけど……
それに、女性のパートを自然と踊れるのにも、唖然だ。
「ワルツはこんな感じです。では、ステップも覚えていただけたようですので……さっそくおふたりで踊ってみましょう」
爽が頷き、苺の手を取ってくる。
そして腰に腕を回して、ぐっと引き寄せられた。
うわわっ。こっ、これはちょっと恥かしいかも。
けど、善ちゃんと岡島さんたちよりも、密着しすぎなような。
「ちょっとくっつき過ぎですよ」
「そんなことはありませんよ。では、行きますよ」
爽は「ワン、ツー、スリー……」と声をかけつつ、足を運び始めた。
「え、え、え、えーっと?」
焦ってステップを踏んだら、爽の足を踏んづけてしまった。
「うっ!」
「あ、ご、ごめんですよ」
「ここで右ですよ」
「ああ、右」
「ステップが違う。そうではなく、こうですよ」
「あ、あ、そうか。ご、ごめんなさ……あっ!」
「うっ」
また踏んでしまった。苺はステップを止めた。
「ごめんです」
二度も爽の足を踏み、苺はしゅんと萎れて謝った。
「苺」
「まだまだ、おふたりの息が合わないようですね」
吉田が微笑ましそうに言ってくる。
「そうだな。ほら、苺、練習あるのみですよ。もう一度」
「も、もういいです」
苺は慌てて言って、爽から身を引く。
「うん? どうしてです?」
「だって……苺へたっぴだから」
「初心者なのだから当然でしょう?」
「だって、爽は上手ですよ。同じ初心者なのに……苺は素質がないんですよ。きっといくらやっても上手くなれないです」
「らしくありませんね。ずいぶん弱気じゃありませんか」
「鈴木様」
吉田が呼びかけてきて、苺はおずおずと顔を上げた。
「爽様は、ご自分はダンスをなさいませんでしたが、パーティーには参加され、ダンスを見る機会がおありだったのです。ですから、慣れはお早いと思いますよ」
……そういうものかな?
「まあ、そういうことだな。ほら、練習しなければ、うまくなれませんよ」
爽が手を差し出してくる。苺はためらったのち、その手をとった。
それからも爽の足を踏んづけ、足をひっぱってばかりだったが、苺のダンスの腕前は、それなりに上達していった。
ある程度踊れるようになると、面白さが増す。
どんどんステップの速度を速めていき、目が回るくらいくるくる回るのは楽しくてしょうがなかった。
「あーっ、今日のダンスのレッスンも楽しかったですね」
ベッドに転がった苺は、心地よいため息をついた。
お風呂から上がってきたところで、ほどよい疲れがあり、このまま夢の国に落ち込んでしまいそうだ。
今夜は爽の屋敷に泊まっている。
レッスンが長引くと、ワンルームに戻るのが大変なので、こちらに泊まらせてもらっているのだ。
爽の屋敷には、苺専用の部屋もあるけど、やっぱり爽とくっついて眠りたい。
「だいぶうまくなりましたね。吉田が、この最近の貴女の成長はめざましいと驚いていましたよ」
褒められて照れてしまい、むふふっと口元を緩めたものの、眠い……
イブももうすぐだね……
苺は爽の身体にくっついた。が、そこで睡魔に負け、何か言っている爽を置き去りにして夢の国に旅立ったのだった。
つづく
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