|
第5話 面白い?
「苺、そろそろ起きなさい」
爽の声が遠くで聞こえる。
起きなさいって言った?
もう、朝なの?
苺は両腕を上に差し上げ、力を入れて「ううーん」と声に出しつつ、ぐんと伸びをした。
「ふうっ」
息を抜きつつ、身体の力も緩めて目を開ける。
爽が顔を覗き込んでいた。
「爽」
「珍しいこともある。今朝は、ずいぶん簡単に起きましたね」
爽はくすくす笑い、ちゅっと音を立てて、唇にキスした。
「わわっ!」
思わずびっくりしてしまう。
「貴女ときたら……私がこうやってキスするたびに、驚くのですね」
笑い交じりに呆れたように爽が言う。
「だ、だって……」
まだまだ慣れないよ。
だいたい爽は、簡単にキスしすぎなの。
挨拶代りみたいに、キスしてくるんだもん。
まあ、嬉しいんだけどさ……
けど、照れるんだよっっ!!
「何をもごもご言ってるんです。ほら、今日は……」
爽が何を言おうとしているか瞬時に悟り、苺は「イブっ!」と叫んだ。
途端にテンションが上がり、がばっと起き上った苺は、ベッドの上を数回跳ねた。
「わーいわーい、今日はイブですよぉ」
もう、楽しいことがいっぱい予定されてるんだよねぇ。
先週の羽歌乃おばあちゃん家のパーティーも楽しかったけど。
去年は、若い女の人がいっぱいお呼ばれしてたけど、今年は爽のお父さんとお母さん、それから善ちゃんに藍原さんに岡島さん、それと苺の家族と、なんと澪が彼氏さんのフカミッチーと一緒に来てくれたのだ。
フカミッチーの印象はすこぶるよかった。
澪の彼氏さんにドンピシャだったよ。
少し緊張していたようでもあったけど、藍原さんと気が合ったみたいで、楽しそうにおしゃべりしてたっけ。
あれは、緊張しているのがわかって、藍原さんが気を利かせて話しかけてたって感じだったな。
藍原さんのおかげで、フカミッチーはあの場に馴染めたみたいだった。
けどさあ、苺がつい『フカミッチー』って呼んでしまったら、すっごく変な顔したんだよねぇ。
あれが笑えちゃって。
「思い出し笑いですか? 何を思い出してるんです?」
ベッドの上に突っ立ったまま、腕を組んで思い出し笑いをしていたら、両脇に腕を指し込まれて持ち上げられた。
「そ、爽!」
慌ててしまったが、爽は苺を床に降ろしてくれる。
「ありがとう」
「それで?」
それで? ああ、思い出し笑いの内容か。
「フカミッチーですよ。苺が澪の彼さんに、そう呼びかけたときの顔を思い出しちゃって」
そう言うと、爽は愉快そうに笑い出した。
「あの人物に『フカミッチー』と呼びかけるとはね」
「どうしてですか?」
「彼は、とてもそんなイメージではなかったでしょう?」
うん? ……まあ、そうかな?
深沢さんは、とても凛々しい感じのひとだった。
藍原さんほどお侍なイメージじゃなかったけどね。
笑顔はやさしい感じだったし。
「貴女たちが、彼のことを『フカミッチー』と呼んでいたものだから、そのイメージで私は深沢氏を想像していたので、実物を見て驚いてしまいましたよ。苺、貴女は驚かなかったんですか?」
「苺は別に……ああ、こんな感じのひとだったんだなって思っただけですよ」
「フカミッチーと呼ぶのに躊躇いはなかったと?」
「躊躇いってなんですか? だって、フカミッチーだからフカミッチーって呼んだだけですよ」
「ふーむ」
なぜか爽が考え込む。
「なんですか?」
「いえ、やはり貴女は面白いな、とね」
面白い?
「よくわかんないけど……まあ、いいや。それじゃ、ご飯を食べて準備ですね♪」
元気よく言ったら、爽がまた笑う。
ふたりは仲良く朝食の支度をした。
そしてお腹を満足させたのち、今日、最初の予定の準備に取りかかったのだった。
つづく
|
|