恋をしよう 

番外編
クリスマス企画
その1 パーティのお誘い



絵の具のチューブを手に取り、詩歩はパレットに白い絵の具を搾り出した。

もうあんまり入ってないな…

詩歩はペタンコに近いチューブをケースに戻し、搾り出した絵の具に筆をつけた。

キャンバスの一点に、そっと白を乗せる。

詩歩は笑みを浮かべ、自分が描いたキャンバスに見入った。

白い点は、彼女の目に、ぷっくら膨らんだ透明な光に見える。

微笑んでいた詩歩は肩を叩かれて我に返った。

「渡会さん、携帯鳴ってるわよ」

「え?」

確かに携帯が鳴っていた。

詩歩は教えてくれた子にありがとうと頭を下げ、携帯を取り出した。

携帯を耳に当てた詩歩は、窓の外に目を向け、きゅっと眉を寄せた。

すでに夕暮れているではないか。

い、いったい、いま何時?

『しーほ』

その明るい声は、くるみのものに間違いなかった。

「くるみちゃん」

『やっほー!』

「う、うん。ねぇ、くるみちゃん、いま何時?」

『えっ? えーとね、四時半かな』

ええーっ!

「く、くるみちゃん、わたし、海と待ち合わせしてて…い、行かなきゃ」

『ありゃりゃ。いったい何時に待ち合わせしたのよ?』

「よ、四時半」

『ああ。なんだ、ちょうどの時間じゃない。保科君にすれば、待つのも楽しき時間なりよ。詩歩、焦んない焦んない』

そんなわけにはゆかないのだ。
ついこの間も同じように絵に夢中になり、彼を待たせてしまっている。

「くるみちゃん、後で電話するから」

『ちょーっと待って! 実は緊急な用件なの』

き、緊急な用件?

「何かあったの?」

詩歩は携帯を耳に当てたまま、片手で片付け始めた。

『クリスマスパーティがあるのよ、もう知ってる? 学内のやつ」

クリスマスパーティ?

「ううん、知らないけど…」

「とーっても楽しいのよ、詩歩も参加するでしょ? もちろん保科君と一緒に。参加するでしょ? ねっ、ねっ、するよね?』

くるみは、せっつくように聞いてくる。

「それっていつなの?」

「イブよ。午後三時から。学生課が主催するやつでね、すっごい大掛かりなやつの」

「そうなの」

この大学は学部が多く、かなりの広さだ。
詩歩の通っている美術学部は、敷地の端っこのほうにある。

必要がないと、本棟に顔を出さないから、美術学部に関係のないような催し物などの情報は遅れて届きがちだし、時には知らないままなんてこともある。


行ってみたい気もするけど…
海斗から、クリスマスパーティのことは、何も聞いていない。

もしかして、海斗はクリスマスパーティに参加するつもりはないとか?

「あの…海は?」

『それがね、声を掛けようにも、ちっとも見当たらないの。だからね、まず先に詩歩に声を掛けようと思って』

「そうなの?」

大学での、クリスマスパーティ。
楽しそうだし、参加してみたいかも。

イブは、友達の山ちゃんと美都のふたりとも会う約束をしてるけど、パーティが三時からなら大丈夫だし…

ふたりは、それぞれ別々の大学に進学したのだが、月に一度は会っておしゃべりしてる。

「矢島君も、参加するんでしょう?」

詩歩は、胸をわくわくさせて尋ねた。

四人一緒なら楽しそうだ。
それもクリスマスパーティだし…

『もちろんよ。時間は三時から、色んな出し物があるのよ。演奏会に、クイズ大会に、ダンスとかも』

「ダンス?」

『そう。ワルツとかの簡単なステップだけね。ダンスの前に練習もするから、まったくの初心者でも安心なのよ』

詩歩は目を丸くした。

ワルツのダンスということは社交ダンスなわけよね?

「そのパーティって、カジュアルな服装じゃなくて…」

『そうなの。それが説明したかったのよ。男性はスーツ。女性はドレス。おしゃれできるわよぉ』

「ドレス?」

『詩歩、お父様におねだりしてあげなさい。詩歩のパパ、絶対喜ぶわよぉ』

くるみの言葉に、詩歩は微笑んだ。

でも、確かにくるみの言うとおりかも…

お父さん、私がおねだりなんてしたら、きっと…とっても嬉しがる。
そして、真理さんも。

「してみようかな、おねだり」

『うん。いいと思う。ほんじゃ、ふたりパーティ参加ってことで、いい?』

「いい…けど。でも、海に聞かないと…」

『大丈夫大丈夫。詩歩が参加したいって言えば、絶対に反対なんてしないわよ。保科君は詩歩にぞっこんだもん。どんな無理難題であっても、はいはいって聞くわよ。詩歩はさ、あの煮ても焼いても食えない男を、手のひらで転がせる唯一の人物だもん」

「くるみちゃんってば…」

赤くなりながら言った詩歩は、ずるずると長話ししている事実にはっと気づいた。

し、しまった!

海斗を待たせてるのに…

「くるみちゃん、海との待ち合わせの時間、過ぎちゃってるから」

『オッケー。それじゃ、パーティのこと、詩歩から保科君に伝えといてね。バイバイ』

明るく元気な挨拶を最後に、通話は切れた。

わたわたしつつ片付けを終えた詩歩は、教室から飛び出て、そのままいつも海斗が車を駐車している場所へと急いだ。

「海、ごめんなさい」

海斗の車に駆け寄り、詩歩は頭を下げて謝った。

くるみとしゃべっていたために、二十分も遅れてしまった。

「謝らなくていい。ほら、乗って」

温和な笑みとやさしい言葉。
詩歩は胸にぬくもりを感じつつ、海斗に頷いて助手席に乗り込んだ。

「いまね、くるみちゃんから電話が来て…」

「まさか!」

詩歩が語っている途中で、海斗が小さく叫んだ。

「まさかって?」

「いや…そうか。僕が動く前に、手を回したか」

独り言のように呟かれた言葉に、詩歩は眉を寄せた。

「海斗?」

「クリスマスパーティ。だろ?」

「え、ええ。参加しないかって」

「で、彼女は、強引に、君に参加を決めさせたわけだね?」

「強引ってことは…あの、海は、もしかして行くつもりなかったの?」

「まあ、色々と予定を立ててた」

「そうなの? …なら、断る?」

「詩歩、残念そうだね?」

「えっ? ま、まあ…とっても楽しいパーティみたいだし。くるみちゃんや矢島君と一緒に楽しめるかなって…」

「行きたい?」

「か、海は?」

「僕は、君の気持ちを聞いているんだよ、詩歩」

「で、でも…海の気持ちも…」

「行きたいんだね?」

重ねて聞かれ、詩歩は困ったものの、小さく頷いた。

「そうか」

詩歩は頬を染めてこくりと頷いた。

「それじゃ、参加するかな。でも、二時間だけ。それでもいいかい?」

「ええ。そのあとは、何か予定があるの?」

「ああ。僕にとっては、パーティより楽しい予定がね」

苦笑しつつ海斗は言い、さっと周りを確認し、ふたりの唇を合わせた。

彼女が心の中できゃっと叫んだ瞬間、唇は離れ、キスをした海斗は楽しげに笑いながら車を発進させたのだった。




プチあとがき

2010年、クリスマス企画。
昨日まで、いえ、今日の夕方まで、(今日は、クリスマスプレゼントを買い回っておりましたよ。笑)もう今年は、クリスマス企画は無理かなと思っていたのですが…、なんだかんだで1話書きあげられました。良かったですぅ!嬉しいです!

昨年のクリスマス企画は、大成と玲香のお話でしたが、今年は、「恋をしよう」の詩歩と海斗の視点でお話をお届けしたいと思います。

このあと、詩歩は海斗や大成の通う大学のクリスマスパーティに参加するはず。

この続き、書くつもりですが…
まあ、書けてアップできるかは、ひらめきの神様しだい。

ともかく、ひさびさの「恋にしよう」
詩歩と海斗を楽しんでいただけていたら、嬉しいです♪

読んでくださってありがとう(*^-^*)

fuu





  
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