笑顔に誘われて… | |
第12話 仏頂面の発言 「我々が望むのは…」 考え込みながら、吉倉はそう口にし、由香に向いてきた。 由香は、彼の目を見つめ、こくりと頷いた。 「明日、真央さんと靖章さん、ふたり一緒に遊園地で楽しんでもらうこと」 「はい」 「だが、貴方のお姉さんの早紀さんには、ふたりが一緒だったことは知られないようにしなければならない」 「は、はい」 相槌を打ったものの、普通に考えて、そんなこと、可能になりそうもない。 「無理…ですよね」 由香は肩を落として言った。 「顔がわからないようにすれば、どうかな?」 「顔が?」 真央に父親だと知られないように、顔を隠すということか? 「それは、着ぐるみを着たりすればわからないかもしれないですけど…そんなもの、急には用意できないし…靖章さん…」 由香は、言おうとした言葉を唐突に止めた。 靖章にすれば、娘に父親だと認識してもらえずに一緒に過ごすのって、かなり微妙なんじゃないだろうか。 でも… 早紀との関係を悪化させたくはないはずだし…きっと納得してくれるんじゃ… それでも、さすがに着ぐるみを着てくれなんて、ちょっと言えないかも。 それに、着ぐるみだって…リースというのはあるだろうけど、明日の朝では用意できないんじゃないだろうか? 「着ぐるみまでは…顔がわからなければ、それで充分じゃないかな」 それって? 「覆面みたいなの被るってことですか?」 プロレスラーの覆面が頭に思い浮かび、由香は瞬間的に込み上げた笑いで、頬をひくつかせた。 「覆面…? 高知さん、いったいどんなものを想像しているんです?」 「ど、どんなって…トラとか?」 吉倉がくっくっと声を上げて笑い出した。 「だ、だって、覆面って言ったら…」 「私は覆面などとは言っていませんよ。口にしたのは高知さんの方でしょう?」 あきらかに、吉倉の口調にはからかいが混じっていた。 由香は顔を赤らめて、吉倉をぐっと睨んだ。 確かに、自分が口にしたのだったが…そう言わせたのは吉倉だと思う。 「だって…顔を隠すって言ったら…」 「他にもありますよ。場所は遊園地です。遊園地に相応しい被り物とかがよくないですか?」 被り物? そ、そうか、覆面って考えたからおかしな想像をしてしまったのだ。 被り物っていうなら、遊園地らしい可愛いものをイメージできる。 クマとか、うさぎとか、パンダ… 「あっ、それいいかもしません。そういうの、遊園地でも売ってたりしますよね? 遊園地のキャラクターみたいなのとかで…」 あの遊園地のキャラクターなら、可愛いし… 「顔全部が隠れるものが、遊園地で売っているんですか?」 すでに解決したと感じられて、テンションをあげて口にしていた由香は、そんな問いをもらい口ごもった。 顔を隠すのは難しいかも… 遊園地にあるのは、たいがい帽子みたいなやつだ。 「靖章さんだと絶対に気づかれないようにしなければならないが…真央さんにすれば父親です。…目とか口など、一部分が隠れているぐらいでは…」 「けど、遊園地に行ってみないと、そんな希望通りのものがあるか…」 サングラスにマスクなんてのが頭に浮かんだが、それじゃあ怪しすぎて、真央が引くだろう。恐がって泣くかもしれない。 「インパクトのあるものが望ましいな」 「インパクトですか?」 「たとえば…そうだ、サンタクロースとか、どうです?」 吉倉のアイディアに、由香は目を見開いた。 「よ、吉倉さん、それいいです。ナイスアイディアですよ!」 思わず吉倉の手を掴み、由香はぶんぶん振りながら興奮して叫んだ。 「明日はクリスマスですもの。サンタクロースの被り物なら、遊園地でも、もう全然違和感ないと思います」 「ですが、まだ問題がありますよ」 「問題?」 「ええ。自分で言っておいてなんですが、サンタクロースの被り物など、どこで手に入れられるのか…」 「大丈夫です!」 明るい笑顔で、由香は力いっぱい答えた。 「大丈夫? サンタクロースの被り物、高知さん、まさか持っていると言いませんよね?」 「持ってはいません。けど…」 笑みを浮かべた彼女は、もったいぶるように、吉倉に顔を近づけた。 由香の行動にびっくりしたようで、吉倉は少し身を引きつつ、戸惑いを込めて「け、けど?」と問い返してきた。 「作るんです」 「作る? サンタクロースの被り物をですか?」 「はい」 「ですが、作れますか? 一晩しかないんですよ。明日の朝までに出来上がらないと…」 「実は私、縫いものはプロと言ってもいいくらい、とっても得意なんです」 由香がわざと澄まして言った途端、吉倉が吹き出した。 笑い声を押し殺すようにして彼は笑い続ける。 彼女は、少年のような吉倉の笑顔に思わず見入った。 「では、早く帰らないといけませんね」 「はい。頑張らないと」 由香は決意を込めた目で、頷きつつ答えた。 絶対に完成させる。真央と靖章のために… 「あの、高知さん?」 「はい? なんですか?」 「手を…」 手? 吉倉に言われ、由香は自分が吉倉の手をずっと握り締めていたことにようやく気づいた。 「あ、あ、…ごごっ、ごめんなさい」 ぎょっとした由香は、パッと手を離し、握り締めた手で口元をぐっと押さえた。 いったいいつから彼の手を握っていたのか? まったく思い出せない。 「いえ。ずっと握り締めていてもらいたいくらいですが、残念ながら運転ができないので」 彼女に恥ずかしい思いをさせないようにと気遣っての吉倉の言葉には、心から感謝しつつも、恥ずかしすぎて顔が上げられない。 真っ赤になった由香が俯いていると、車が動き出した。 はぁ〜。 私ってば、ほんと、バカ… 「高知さん」 「は、はい?」 先ほどの事を気にして、由香は気まずく返事をした。 「材料などはあるんですか?」 「ああ、はい。工房で材料が余ったりすると、主任さんがくださるんです」 「ああ、そうですか。とすると、綾美ももらってくるのかな?」 「彼女はどうかしら? 私は、新しいぬいぐるみのイメージが浮かぶと、もらってきた材料を使って家で試しに作ってみたりするので…。綾美ちゃんは、まだデザインまでは任されていないんです」 「そうか。…高知さん、私も手伝わせてくれませんか?」 「えっ? そ、そんないいですよ」 「明日のことを考えてみたんだが…」 「明日のこと?」 「四人で遊園地で遊ぶことになるわけですが、靖章さんひとりがサンタクロースの被り物を被るのは、抵抗感があるんじゃないかと」 「それは、まあ、嫌かもしれないですけど…」 「だから、私も被れば、少しは彼の抵抗感も薄れるのではないかと思うのですが」 「よ、吉倉さんも、サンタクロースの被り物を?」 「サンタクロースはひとりでいいでしょう。そうだな、サンタクロースとくれば、トナカイかな? 高知さん、トナカイの被りものは作れますか?」 「それはまあ、作ろうと思えば作れなくはないと…まさか、吉倉さん、トナカイの被り物を被るつもりなんですか?」 「ええ。そのつもりですよ」 「で、でも…そんなこと、吉倉さんにさせられません。それだったら、私が被ります」 「貴方が被っては、真央さんが戸惑うでしょう。貴方は顔を隠す必要はないし、隠さないほうがいい」 真面目に語る吉倉に対して、由香は言う言葉が見つけられない。 確かに、靖章ひとり、被り物を被らせるより、仲間がいたほうが、靖章も嬉しいに違いない。でも、だからって、吉倉にそこまでやらせてしまっていいのだろうか? 「教えてもらわないと作れないが、貴方に教えてもらいながらなら作れると思うし…」 考え込みながらの吉倉の言葉を聞き、由香はぽかんとした。 「吉倉さん、自分で作るつもりなんですか…? それ、ほ、本気で言ってるんですか?」 「本気ですよ。トナカイは私が被るんですからね、自分で作りますよ」 「縫い物ができるんですか?」 「やればできないことはないと思いますよ。手先は器用なほうですし」 運転しながら、吉倉は楽しげに言う。 縫い物をしている彼を、頭の中で思い浮かべてしまい、由香は我慢できずに、派手に吹き出した。 「高知さん、なんで吹き出したんですか?」 「い、いえ…別に…」 「否定しても、高知さん、わかっていますよ」 吉倉から横目で睨まれ、由香は笑いで誤魔化した。 「まったく失礼だな」 仏頂面の吉倉の発言に、由香の笑いはさらに大きくなった。 |