笑顔に誘われて…
第17話 正直なサンタ



「それでは、由香。貴方と真央さんは、ここで待っていてください」

遊園地の正門前まで歩いてきたところで、吉倉は言い、チケットを購入してくれている靖章のところに歩み寄って行った。

ふたりともまだ被り物をしていない。普通の吉倉と靖章だ。

サンタとトナカイの被り物は、いま吉倉が持っている袋の中。

由香は、真央が父親に気づかないように気を付けつつ、吉倉が戻るのを待った。
幸いなことに遊園地を目に入れた真央は、あれほど執着していたぬいぐるみのことが頭から消えたようだった。

そうと気づいて、由香は、真央の視界に入らぬようにぬいぐるみを隠し、真央を車から連れ出した。

あとで思い出して怒り出したり泣かれたりしたら、車まで取りに戻るとしよう。
その可能性は高そうだが、初めから抱えてゆくことになるよりずっといい。

「ユカバン、行くのぉ、はーくー」

真央は門の向こうの遊園地に早く行きたくてならず、由香の腕を握りしめて門のほうへと引きずってゆこうとする。

この調子なら大丈夫かしら?
由香は、笑いを堪えながら、口を開いた。

「真央ちゃん、チケット買わないと中には入れないのよ、もうちょっと待っててね」

「やーだあー」

チケットの必要性など、いまの真央にはまだ理解不能。
ぷーっと唇を突き出して、ダダをこねる。

もう靖章たちがチケットを購入したのか、視線を向けて確かめたいが、それをすれば由香の視線につられ、真央までも靖章を目にする可能性がある。

「真央さん、お待たせしました」

改まった口調で声をかけられ、由香は真央と一緒に振り返った。

きりっとした立ち姿のサンタがいた。そしてサンタから一歩離れてかしこまって立っているのは、トナカイ。

思わず吹き出しそうになった由香は、パッと手で口を押さえつけ、込み上げてくる笑いを必死に抑え込んだ。

「サ、サンタしゃんだぁ♪」

驚きと感激をいっしょくたにして、真央が叫んだ。

真央の反応に、由香は盛大に安堵した。

ここで怖がられて、真央に泣かれたら、今日の作戦は失敗、すべて意味がなくなる。

周囲の目は、すでに四人に集中していた。
想像していたとおりの反応をもらっているわけだが、思わずこの場からトンずらしたくなる。

もちろん、由香以上に、サンタとトナカイの方が、この場から退散したいだろうが。
いや、被り物をしているから、やっぱり、素顔をさらしている由香のほうが恥ずかしいだろうか?

まあ、いい。
今日は真央のため、靖章のため、ひと肌もふた肌も脱いでやろう。

だいたい、なんの関係もないといってもいい、吉倉がこんなにも親身に協力してくれているのだ、自分は彼以上に頑張らなければ。

け、けど…
知っているひとに会わないといいなぁ。

そんな願いを強烈に抱きつつ、由香は真央の手を握りしめて、サンタとトナカイに正面から向き直った。

「き、今日は、真央のために来てくださってありがとうございます。サンタさん、トナカイさん」

そう早口に言った由香の顔の熱は、急上昇してゆく。
真っ赤になりつつ、由香は真央をふたりの前に出した。

「この子は、真央です。ほら、真央ちゃん、サンタさんとトナカイさんにご挨拶」

真央に挨拶をせっつきながら、由香はトナカイの靖章を窺った。

被り物で見えない靖章の顔、彼はいま、どんな表情をしているのだろうか?

「サンタしゃん、真央よ」

真央はサンタだけを見て、これ以上ないほどの笑顔を向けている。

吉倉サンタは、跪くようしてしゃがみ込み、真央と視線を合わせて、自分に差し出されている小さな手を取った。

「真央さん、今日は一日、私たちと一緒に遊んでくれますか?」

「うんっ」

首が折れそうなほど激しく、真央は頷く。
思わず由香は、真央の身体を支えてしまった。

真央の仕草と由香の行動が笑いを誘ったのか、吉倉サンタはくすっと笑ったようだった。

「真央さん」

吉倉サンタは、真面目な声で真央に呼びかけた。
真央はサンタの顔をマジマジと見つめる。

「こちらは、トナカイです。彼は言葉を話せませんが、貴方によろしくと言っています」

幼い真央相手に、どこまでも丁寧に語りかける吉倉サンタ。
由香は込み上げる笑いを堪えた。

「あい」

真央はまた勢いよく頷いた。
そして、タタッとサンタの後ろにいた靖章トナカイの足元にゆき、その足に手をかけた。

突然のことに、靖章は驚いたようで、思わず身を引こうとしたが、すでに真央の小さな手でがっちりと掴まれてしまっていた。

真央は真上を見上げ、トナカイに向けて手を伸ばす。

「とーたん」

由香は、その呼びかけにびっくりした。

「とーたん」

一生懸命手を伸ばしながら、真央が繰り返す。

靖章は身がすくんだように、身動きしない。

真央のほうは、爪先立ちになってまで、右手を差し出し続けている。

それを見かねてか、吉倉サンタは靖章トナカイに歩み寄り、肩にふれた。

「トナカイさん。手を」

「はっ」と喘ぐような声を上げた靖章は、息苦しそうに息を吸い込み、おずおずと小さな手に向けて手を差し伸べた。

小さな手がぎゅっと靖章トナカイの手を握りしめた。

「とーたん」

真央は小さな声で甘えるように呼びかけてから、サンタに顔を向けた。

「あーとう」

輝くような喜びの笑顔だった。

由香は、胸にドンと衝撃を感じた。

真央は靖章トナカイの手を握りしめたまま、トコトコと遊園地の入口に向かって歩き出した。

「由香さん?」

問いを込めた呼びかけとともに、吉倉が彼女に寄り添ってきた。

由香は、吉倉サンタに頷き、前を行く真央と靖章についていった。

「聞いていいかな?」

前を向いて歩きながら、サンタが話しかけてきた。

すぐ前を歩く真央と靖章の背中を見つめて胸をいっぱいにしていた由香は、「はい」と返事をした。

「真央さんが私に向けていった、『あーとう』という言葉を通訳してくださいませんか? それと」

「それと?」

「貴方が泣きそうなわけも…」

声を潜めた吉倉の問い。

由香は大きく息を吸い、そして、吉倉向いた。

「あーとうは…ありがとうです」

「ありがとう?」

「はい。貴方に、ありがとうって言ったんです」

「なぜ?」

「貴方に…感謝したんです。サンタの貴方が…真央がなによりも欲しかったものをくれたから」

「それは…まさか!」

ハッとしたように吉倉は小声で叫んだ。

「被り物の意味はなかったということかな。私たちは、作戦を失敗してしまったのか」

顔をしかめて言う吉倉の腕に、由香は手をかけた。

「いいえ」

サンタ吉倉が振り向き、由香は被り物から見える吉倉の瞳を見つめた。

「由香?」

「真央は…クリスマスの特別だと思ってるんじゃないかしら」

「それは…どういう意味かな?」

「パパだけど、パパじゃない。うーん、どう伝えればいいのかしら…。トナカイになったパパ? サンタクロースは、パパをトナカイにして連れてきてくれた…そんな感じに受け止めてるんだと…」

「そうなんだろうか?」

「ええ。本当の父親だと思ってるなら、あの被り物を取ろうとすると思うんです。けど、真央はそれをしない」

「そうか。そう考えていいのかな?」

「サンタの役目は十分に果たしてくれてますけど…今日真央は、ずっとパパトナカイさんにくっついているかも」

「由香、貴方はどうして、そんな憂い顔を? 我々の作戦以上の結果が出たということだと思うが…最後までばれないだろうかと不安なんですか?」

「そうじゃないです」

「それなら、なぜ?」

「だって、吉倉さん、今日はそれを被ったまま過ごしてもらわなくちゃならないんですよ。…いいですか?」

「良いも悪いも、そういう約束ですが?」

「真央が、トナカイさんにべったりじゃ、サンタの吉倉さんとしては手持無沙汰じゃないですか? それに寂しいんじゃないかって…」

サンタがクックッと笑い出し、由香はサンタの吉倉を見つめた。

「確かに、手持無沙汰だし…寂しいな」

吉倉は言葉どおり、寂しそうに言う。けど、どうもそれは演技のようだ。

「吉倉さん?」

呼びかけた由香の前に、サンタが手を差し出してきた。

「寂しいサンタに同情してくださる気持ちがあるなら、真央さんの代わりに、貴方に手を繋いでいてもらいたいな」

少し戸惑ったが、由香は笑みを浮かべ、サンタ吉倉の寂しい手を握り締めた。

「うん。これで寂しくはないな」

「良かった。何でも言ってください。寂しいサンタさんのためなら、私、なんでもします」

「ほんとうに?」

「はい」

「とーたん、とーたん」

その声に、由香は姪っ子に視線を向けた。

靖章トナカイの足を両手で持ち、真央はひっぱっている。

「どうしたの? 真央ちゃん」

「ぞうたんよ。ぞうたん」

「ああ。そうか。真央さんは、乗り物に乗りたかったんだね。トナカイさん、すみませんでした。貴方が言葉を話せないのに、うっかりしていた」

「そうでしたね。ごめなさい」

靖章は、ほっとしたようにうなずき、ぞうの乗り物を指で示す。

「はい。私たちも一緒にゆきます。乗りましょう。サンタさん、かまいません?」

「もちろん、私に依存はありません。今日は真央さんのための日ですからね。真央さんが望むままに」

笑いのこもった言葉に由香は頷き、四人揃って、ゾウの乗り物に乗り込んだ。

二人乗りだから、真央と靖章トナカイ、そして由香と吉倉に自然とわかれる。

ゾウの乗り物は、かなり狭く、おとなふたりで乗り込むと、互いの身体はかなり密着した。

「こ、こんな小さな子が乗る乗り物なんて、初めてですよね。ごめんなさい」

ゾウの乗り物がスローに動き出し、由香は申し訳なさいっぱいで言った。

普通ならば、吉倉はこんな乗り物になど絶対に乗らないだろう。

由香だって、真央がいなければ絶対に乗らない。

ジェットコースターとか、もっとスピードのある、乗っていて爽快感のある乗り物に、吉倉は乗りたいに決まっている。

「謝ることはない。それより、貴方とこんなにも密着できて、役得というやつだな」

愉快そうに、吉倉は由香をからかってくる。

由香の気を楽にしてやろうという、吉倉のやさしさから出た言葉なのだろうけど…

正直、吉倉の言葉にはドキドキした。
だって、女として見てくれていると感じられるのは、やっぱり嬉しい。

「サンタさんらしくありませんよ」

由香は冗談っぽく返した。

「サンタも男ですよ」

今度は一転、とても真面目な口調だった。

驚いた由香は、言葉を返せなかった。

「正直すぎては、いけませんでしたか?」

真面目な口調で続けて言われ、由香は顔が赤らむのをどうしようもない。

吉倉の被り物を取り上げて、自分が被りたいくらいだ。

ぞうが不意に浮き上がり、くるっと回転した。

「きゃっ」

子どもの乗り物なのに、かなりのスピードで、由香は吉倉の身体にぎゅっとくっつく。

「ご、ごめんなさい」

謝ったところで、遠心力のなせる業、由香にどうこうできることではないのだが。

「真央さん、楽しそうですよ」

吉倉に言われて、由香は真央と靖章の乗っているゾウに顔を向けた。

確かに、真央はぞうがふわっと浮いたり回転したりするたびに、キャッキャッと楽しげな声を上げている。

そんな真央を守るように抱きしめている靖章。

ふたりを見つめ、由香は胸がじーんとした。

涙が湧き上がってきて、由香は慌てて涙を拭った。

「被り物は役に立つな」

ぼそりと吉倉が言った。

「吉倉さん?」

「いまはサンタですよ」

吉倉は、被り物の中に手を差し込んでいて、小さく鼻を啜った。

その彼の様は、由香の胸を打った。

ぞうが大きく回転した。

湧き上がる至福感が由香を包み込む。

遠心力に身を任せ、由香は吉倉に寄り添い、彼の手を強く握りしめていた。





   

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