笑顔に誘われて… | |
第2話 イチゴサンタの店員さん 「高知さん、何かあったんですか?」 仕事を終え、由香と並んで駐車場へと歩いている綾美が唐突に問いかけてきた。 姉が倒れて入院したなんて私的なこと、他人に話す気にはなれない。 「…まあね。色々あって」 由香は車に歩み寄ってゆきながら、少し笑みを浮かべて答えた。 「あ、あの…」 車のドアを開けて乗り込もうとしていた由香は、呼びかけてきた綾美に振り返った。 「はい?」 「クリスマスイブ、わたし、ちょっとしたパーティみたいなのに誘われて行く事にしてるんですけど…高知さん、よかったら一緒に参加しません?」 「とんでもない。若い人の集まりに、私なんて邪魔になるだけよぉ」 「邪魔だなんてそんなことないですよぉ。来てもらえたら、大歓迎です。参加費用もいらないです」 由香は笑いが込み上げた。 タダより怖い物はないという言葉を、頭に思い浮かべた自分がおかしかったのだ。 もちろん、綾美は好意で言ってくれているとわかる。 彼女と一緒のパーティなら楽しめるかもしれない。 それでも、年齢差が酷く気になる。 若い人ばかりの集まりでは、由香はどうしたって浮いてしまうだろう。 なにより、いまは、自分だけパーティに参加して楽しむなんて出来ない。 「家族とパーティをすることになってるから」 「家族とですか? も、もしかして、恋人とか?」 おずおずと聞かれ、由香は笑いながら大きく手を振った。 「ないない。純粋に家族よぉ」 「そうなんですか?」 あけっぴろげに安堵したような様子をみせる綾美に、由香は苦笑した。 「綾美ちゃんは? 彼氏はいないの?」 「いませんよぉ。実は…片思い中です」 そう言って、ペロッと舌を出す。 「そうなの? 告白…してみないの?」 「そんな勇気ないですよぉ。振られちゃったらおしまいですもん」 綾美の言葉に、由香は同意を感じて頷いた。 綾美は由香の目から見ても、女の子らしくてとってもかわいい。 それでも、恋には臆病になるのだろう。 「実は、今度のパーティにその人も参加するみたいなんです」 「そうなの」 「はい。怖いけど…あ、あの。ドレスどんなの着て行こうかと…いま、必死に探したりしてるんです」 はじめにぼそりと口にてしまった「怖い」という言葉を誤魔化そうとしてか、綾美は明るく語る。 「ドレス。綾美ちゃんならピンクがいいと思うわ」 「そ、そうですか?黒もいいかなぁなんて思ったりしてるんですけど…く、黒は似合わないと思います?」 不安そうに聞いてくる。 どうやら、綾美は黒のドレスが着たいらしい。 「もちろん、黒も似合うと思うけど…ただ、綾美ちゃん若いし、いまだけよ、ピンクのドレスが着られるのは」 「そんなことないですよぉ。だって私、高知さんがピンクのドレス着たら、絶対似合うと思うの」 ありえない話に、由香はくすくす笑い、綾美に向けて手を振り、車に乗り込んだ。 まだ何か言い足りなさそうな表情でいる綾美に小さく会釈し、由香は車を発進させた。 綾美は本当にいい子だと思う。 彼女から告白されて断る男がいたら、その男に見る目が無いのだ。 「怖い…か…」 だからこそ、綾美は由香をパーティに誘ってきたのだろう。 ひとりで、思いを寄せている男性と対面するのが心細いのだ。 付き合ってあげても良かったかも。 綾美はそう思っていないだろうけど、彼女の引き立て役になれるかもしれない。 彼女の恋が実るよう、少しはお手伝いだってしてあげられるかもしれないし… けど…もし好きな彼と付き合えるようになって、果たして綾美はしあわせになれるのだろうか? 由香はきゅっと眉を寄せて、自分のネガティブな考えを振り払った。 まったく…こんなこと考えてるなんて…綾美ちゃんに失礼だわね。 帰宅の途中、由香は姉の病院に顔を出し、十分ほど話をして早々に出た。 見舞うにはすでに遅い時間で、看護師に長居は駄目だとたしなめられたのだ。 それでも、いまは忙しくて、姉を見舞えるのは、この時間だけだ。 車に乗り込んだ由香は、ベッドの上で遠い目をしていた姉を思い浮かべ涙が出そうになった。 姉のしあわせそうな笑顔など、この最近まったく目にしていない。 来週はもうクリスマスだし… 姉の喜んでくれそうな贈り物、なにかないだろうか? 明日は残業はやらずに、近くにある大型スーパーに行ってみようか? あそこなら、なんでも揃っていそうだし、店を巡っていたら、ピンとくるものがあるかもしれない。 もちろん両親にも。 姪っ子の真央への贈り物は、すでに決まっている。 由香の渾身の作である、新作のぬいぐるみだ。 大型スーパーに来たのは初めてではないが、クリスマスの色に染まった店内は、それだけでウキウキと心を弾ませてくれるようだった。 両親へのクリスマスプレゼントはすぐに決められたが、姉に贈るものがどうにも決まらず、由香は途方に暮れて店の通り道で立ち尽くしてしまった。 姉の心がパッと華やぐようなもの… そう考えながら、由香は周りの店を眺めつつゆっくりと一回りした。 由香の目に、ずいぶんとキラキラ輝く宝飾店が飛び込んできた。 高いよね。 敷居が高い感じだけど…けっこう人が入ってる。 みんな近寄り難いお金持ちそうなひととかじゃなくて、十代くらいの子たちがきゃいきゃい騒ぎつつ、飾られているピアスを見ていたり、彼女たちから少し離れたところでは、普通のおばさんのようなひとたちが店員さん相手に楽しげに笑い合っている。 由香はそろそろと近づいていき、ガラスの中を覗きこんでみた。 えっ、五千円? あまりにリーズナブルな値段に、由香は目が点になった。 こんなに安いとは…本物なんだよね? 驚きの目で、五千円のネックレスを眺めていた由香は、淡い紫色の宝石がついた 高級なイメージのデザインのネックレスに目が引かれた。 これ、お姉ちゃんに似合うかも。 精神的に疲れ果てたかのように暗い表情ばかりしている姉だが、妹からネックレスなんてもらったことないし、意外さにびっくりして少しは笑ってくれるかも。 由香は頷いて、顔を上げた。 手の空いていそうな店員さんを探して見回すと、ひとりの店員さんと目が合った。 自然な笑みを浮かべ、店員さんは由香に歩み寄ってきた。 目を見張るほど綺麗なひとだ。 「お客様、お気にいるものがありましたでしょうか?」 「あ、はい。こ、これ。紫のを」 このひと、女のひと? それとも男のひと? あまりに中性的な雰囲気で、まったくわからない。 背の高さからゆくと、男性のようだが… スカートを履いていないし、スーツだけど…女性だってスーツは着る。 「お客様、こちらでよろしいでしょうか?」 ソフトな笑みとともに問われ、由香は思わず同じような笑みを浮かべて頷いていた。 「では、レジの方へ…」 「は、はい」 男の人でも女の人でもいい。ずいぶんと感じのいいひとだ。 出来すぎた容姿なのに、由香はこのひとにたいして、まるで気後れを感じない。それが不思議だった。 誰に対しても、一歩踏み出せない彼女なのに… このひとの持つオーラって、まるごと包み込んでくる感じがする… そうか…受け入れてくれてるんだ。壁がない。だから緊張しないし、私、任せて安心という気持になれてる。 「こちらの品は、ご自分用の? それとも贈り物でしょうか?」 「あ。…クリスマスの贈り物なんだけど…」 出来すぎた容姿のひとは、由香の言葉を聞いて、素敵な笑みを浮かべて頷いた。 「包装紙とリボンの色をお選びいただけますが」 包装紙とリボン… 「ラッピングの方は、こちらのラッピング担当の者が承りますので」 店のカウンターの上に並べてある包装紙とリボンに目を奪われていた由香は、その言葉で顔を上げた。 いままで気づかなかったのが不思議なくらいだ。 レジのカウンターの向こう側に、赤い衣装を身につけた女の子がちょこんと座っている。 由香と目が合った女の子は、かわいらしく姿勢を正し、頭を下げてきた。 「あら…イチゴ?」 すでに目に入っていた事実だったが、由香の脳は少し反応が鈍くなっているようだ。 驚きのせいだと思う。 「は、はい」 由香の言葉に、イチゴサンタの服装をした女の子は驚いたように返事をし、顔を赤くした。 どうもイチゴと言われたのが、恥ずかしかったようだ。 イチゴ柄のサンタ衣装は、確かにちょっと派手なものだし、女の子はそれが恥ずかしいのかもしれない。 女の子は、カウンターの中に手を入れ、包装紙とリボンの見本帳を開いて見せてくれた。 「この中から、お好きなものをお選び下さい」 なんともぎこちない対応だった。けど、それがなんともふんわりとした親しみを感じさせる。 由香は見本帳に目を向け、姉の喜ぶイメージを想像しつつ、悩みに悩んで包装紙とリボンを決めた。 決めるのにかなり時間がかかったというのに、出来すぎた容姿の店員さんは嫌な顔ひとつみせず、イチゴサンタの店員さんにいたっては、迷っている由香を嬉しそうに見守ってくれていた。 な、なんか、この店…いいかも… イチゴサンタの店員さんがラッピングしてくれている間、容姿の出来すぎな店員さんは由香の相手をしてくれていた。 普通のたいして意味もない、世間話なのに心がウキウキして楽しかった。 「あ、あの、お待たせいたしました」 容姿の出来すぎな店員さんのジョークに思わずくすくす笑っていた由香は、その声が耳に入らなかったが、容姿の出来すぎな店員さんがレジに振り返り、自分も目を向けた。 イチゴサンタの店員さんの手元に、由香の目は釘付けになった。 「あら、す、素敵!」 とんでもなく素敵に包まれた長方形の箱。 「ありがとうございます」 イチゴサンタの店員さんは、嬉しげな笑顔を浮かべている。その笑顔に由香は魅入った。 この子…綺麗だ。 さっきまで、かわいらしいイメージしかなかったのに… よくよくみると、めちゃくちゃ綺麗だ。…というか、光り輝いて見える。 由香はふっと息を吐き、知らず笑みを浮かべてラッピングされたものを手に取っていた。 「こんな凝ったラッピングみたことないわ。ねえ、これ、いったいどんな風に結んであるの?」 「お客様のイメージで、手が動くまま包んだので…」 「あ、あら、まああ〜、これ、私のイメージなの?」 淡い紫とグリーン、そして細い金色のリボンが効果的に結ばれている。 普通なら、リボンで飾るのは一ヶ所なのに、くるくるになったリボンが下へと続いていて、もうひとつ小さなリボンが結んであるのだ。 これが私のイメージ? こんなかわいいのに? でも、イチゴサンタの店員さんは、お世辞とかそんな気持ちで言ってない。 それがわかるから、わたし、こんなにも嬉しいんだ。 「姉に贈るのが惜しくなっちゃったわ。このまま飾っておきたいくらいよ」 由香は思わずそんなことを口走っていた。 だが、正直本心だったりする。 「お姉様へのプレゼントですか? 喜ばれますよ。素敵なネックレスでしたもの」 「ふふ。イチゴちゃん、そう思う?」 由香は知らずイチゴサンタの店員さんをそう呼んでいた。不思議としっくりくる。 「はいっ」 元気な返事に、由香は胸いっぱいのしあわせを感じた。 「また来るわね」 イチゴサンタの店員さんに向けて、由香は思わずそう言って手を振っていた。 私、きっとまた、ここに来ちゃうだろうなぁ。 あの、本物の笑顔に誘われて… |