笑顔に誘われて…
第42話 唐突な質問



車はアパートのほうに向かっている。
このあとどうするか話し合ってはいないが、吉倉は、このままアパートに送ってくれるつもりでいるようだ。

アパートに上がらせてもらえないと先ほど言ったのだから、わたしの勧めがあれば、上がるつもりでいるはず。

午後からは、姉夫婦がやってくるから……それまでは一緒に……

なら、昼食も一緒に食べてくれるってことよね?

けど、それだと食料品が……

「ねえ、吉倉さん」

「……なんですか?」

運転しながら何か考え事でもしていたのか、呼びかけから少し間を空けて吉倉は返事をする。

「あの、何か気にかかることでも?」

「はい? ああ……色々と……ですが、私事ですよ」

「そうですか」

「それで?」

吉倉が話すように促してきて、由香は「ああ、はい」と答えて話を切り出した。

「アパートに帰る前に、買い物をしたいんですけど……食料品とか」

「ええ、別に構いませんよ。どこに行きますか?」

「イブの日に……」

それだけ言ったら、吉倉は理解したようで、「ああ」と言う。

「あのショッピングセンターですね」

「はい」

「了解しました」

吉倉はハキハキと返事をし、車をショッピングセンターへと向ける。

前方にショピングセンターの建物が見えると、由香は自然と口元が緩んでしまった。

イチゴサンタちゃん、ちゃんといるかしら?

もうイチゴサンタちゃんじゃないのだろうけど……

宝飾店の店員さんなのだし、きっと普通にスーツとか着ているのだろう。

うーん、まるでイメージできないわ。イチゴサンタじゃないイチゴサンタちゃんなんて……

「ふふ」

「どうしました?」

問いかけられて、由香は我に返った。

「は、はい?」

「いえ……いま笑ったから」

「あ……ごめんなさい」

顔を赤らめて、思わず謝ってしまう。

無意識に思い出し笑いをしてしまったとは……

「謝ることは……それで、どんな楽しいことを考えていたんですか?」

「イチゴサンタちゃんです。わかります?」

「ああ。宝飾店の?」

「はい、そうです。もうイチゴサンタちゃんじゃないんだなあって……クリスマス過ぎてしまったから。けど、イチゴサンタちゃんじゃない姿が、まるでイメージできなくて」

「あの宝飾店は、行きつけの店というわけではなかったんですか?」

由香は首を横に振り、口を開いた。

「今月になって、姉のクリスマスプレゼントを買ったのが初めてです」

「そうだったんですね」

「はい」

うーん、考えてみたら……

「普通にスーツ姿の店員さんになったイチゴちゃんに会うのも、やっぱり楽しみかも」

どんな姿であれ、きっと、あの笑顔は変わらない。

「イチゴちゃん、ですか?」

小さく笑って言った吉倉が、笑いを収めて「少し残念だな」と呟く。

「残念って?」

「いや、貴方がそんなに気に入ったというから……いったいどんなサンタだったのか、知りたくなった」

「イメージなら、説明できますよ」

由香は勢い込んで言った。

イチゴサンタちゃんの話題なら、どれだけでも話したい。聞きたいと言ってくれるのであればなおさらだ。

そういえば……イチゴサンタちゃんのこと、両親や姉には話していない。

クリスマスまでは、とてもそんな和やかな話題を持ち出せる雰囲気じゃなかったから……

でも、いまなら……

「高知さん?」

どうかしましたかというように呼びかけられ、由香は首を振り、彼に顔を向けた。

「吉倉さん」

「はい」

「不思議です」

「えっ?」

「ほんと、不思議です。不思議で不思議で……」

「うん? えーっと……?」

「イブに会ったんですよね、わたしたち。あの日が初対面……」

「……」

運転している吉倉は、ことさら返事をしなかったが、由香は気にしなかった。

「二十四、二十五……」

指を折って、日にちを数えてみる。

「そして今日が二十八……五日、まだ五日間。わあっ、一週間経ってないんですね?」

吉倉とは、あれ以来毎日会っているから、もうずいぶん前から知っているように感じてしまう。

「私は……」

吉倉が呟くように口にし、由香は彼の横顔を少し覗き込んだ。

「私のほうは、貴女のことを……ずっと前から知って……」

「あ、ああ。綾美ちゃんから、わたしのこと、聞いてたとかって……」

「……ええ」

交差点を曲がりながら吉倉は返事をする。

自分からその話題をふってしまい、いささか後悔した。

由香のことを、綾美はどんな風に兄に話したのか……

綾美ちゃん、わたしのことを買い被っているから、ほめ過ぎている気がする。

直接会って、想像していたのと違うなと思われていなければいいけど……

魔法の手の持ち主とか、赤面するようなことまで話していたようだし……

ありがたいことに、すぐにショッピングセンターの敷地に入り、この会話はそこまでになった。

開店したばかりだけど、すでに車がいっぱいだ。

吉倉とふたり、空いている駐車場を探して車を停める。

車を降りて、ショッピングセンターの入り口に向けて吉倉と歩きながら、由香はおずおずと彼を見上げた。

「あの……」

「うん?」

「この服、かなり派手ですし、吉倉さん、わたしと一緒に歩くのが恥ずかしいとか……ないですか?」

吉倉は苦笑し、首を横に振る。

「貴女は、どんな服でも似合いますよ」

真面目な顔で、そんなことをストレートに言われて、思わずドキリとさせられる。あげく、頬がカッと燃えた。

由香は熱い頬に手のひらを当て、顔をしかめた。

吉倉さんって、シャイな感じのひとなのに……時々、いまみたいに、女心を上手にくすぐるようなセリフを口にする。

朴念仁だと思わされたりもしたけど……実は結構、女性に慣れているんだろうか?

いまは彼女はいないらしいが……これまでたくさんの女性と付き合ったりしてきたのかも。

それも当然か……彼は二十七才なんだもの。

「高知さん?」

「は、はい?」

知らぬ間に眉を寄せたうえ、唇を噛み締めていた由香は、吉倉に呼びかけられ、ハッとして返事をした。

「先に、宝飾店にゆきますか?」

「はい。そう……します」

エスカレーターのほうに視線を向けながら答え、宝飾店のほうに足を向ける。

わたしってば……もう吉倉さんのことは、恋愛対象から外したはずでしょ?

こんなにもモテそうな彼が、年上のわたしなんかを恋愛の対象として見るはずがないのよ。

ほんと、わたしってば、愚かなんだから……

そんなことより、イチゴちゃんよ、イチゴちゃん。

エスカレーターを降りると、目の前に宝飾店が見えた。

口元に笑みを浮べ、由香はイチゴちゃんの姿を探す。

なんだ……いないみたい。

彼女らしき姿は店内のどこにもなく、由香は気落ちした。

濃紺のスーツ姿の男性店員さんがふたりいるだけ……由香が話しをした中性的な店員さんもいない。

今日は、お休みなのかしら?

イチゴサンタちゃんのお休みの日を聞いておけばよかった。

それでも、お正月にはいるはず。そう聞いたし……

「入らないんですか?」

吉倉から問われて、由香は首を横に振った。

「なんか、お休みみたい」

「店員に聞いてみましょうか? 午後から出勤なのかもしれませんよ」

そうか……そうなのかも。

「それじゃ、聞いて……」

「ここで待っていてください。私が聞いてきましょう」

そう口にしたときには、吉倉は店に入っていた。そしてすぐに一番近くの店員を捕まえて話しかける。

「休みだそうですよ。今日から三日間ほど」

戻ってきた吉倉の報告にがっかりする。

「そうなんですか?」

クリスマスまで、かなり忙しかったようだから、ここのところずっと、休みなしで頑張っていたのかもしれない。

「それじゃあ、もうお正月ですね。お正月にまた来ることにします。吉倉さん、ありがとうございました」

「いえ。それでは、あとは?」

「食料品を買って帰りましょう。お昼はアパートで食べるのでいいですか?」

「私は嬉しいんだが……いいんですか? なんでしたら、レストランにでも……」

「お昼を作るつもりで、ここに食料品を買いに来たんですよ。何か食べたいものってあります?」

それから一時間、由香は吉倉と食料品売り場を回って買い物をした。

男性と連れだって食料品の買い物なんて初めての由香は、緊張もしたけれど、ドキドキして楽しかった。

吉倉のほうは、食料品売り場そのものがあまり馴染みがないらしく、そのためか、由香以上に楽しんでいたようだった。

ふたつのレジ袋に大量の食料品を詰め込み、ふたりはショッピングセンターを後にした。

「ずいぶんと買い込んじゃいましたね」

買い物の支払いは由香が自分でするつもりだったのに、昼食を作ってもらうのだからと吉倉に押し切られ、彼に出してもらうことになってしまった。

「吉倉さんには、昨日も、美味しいお寿司をご馳走していただいたのに……ほんと……すみ……」

払ってもらったことを申し訳なく思いながらそう口にしていると、吉倉が言葉を遮るように「高知さん」と声をかけてきた。

口を閉じて、吉倉を見つめる。

「男として……貴女にいいところを見せたいんですよ」

冗談のように言った吉倉は、さっさと自分の車に歩み寄ってゆく。それに続きながら、由香はまた吉倉に話しかけた。

「吉倉さんってば……吉倉さんのいいところは、もういっぱい見せてもらってます」

「そうかな?」

「ええ。吉倉さんにいっぱい感謝したいのに……なかなか感謝を表せなくて、残念です」

後部座席に荷物を積み込んでいる吉倉に向けて由香は言った。そして自分も、吉倉とは反対側の後部座席のドアを開けて荷物を積み込む。

「私は……こうして貴女と買い物が……」

小声で言った吉倉は、ドアを閉めた。
彼の言葉の最後のほうは、ドアを閉める音のせいで、由香には聞き取れなかった。

「はい?」

返事をしながら、由香もドアを閉める。

車を挟んで、ふたりは見つめ合った。

「……高知さん」

なにやら、吉倉はひどく考え込んだ様子で話しかけてきた。

どこか真剣な響きを聞き取り、鼓動が速まる。

「は、はい」

「貴女は、恋愛というものをどう考えていますか?」

気難しい顔で口にされた、あまりに唐突な質問に、由香はきょとんとしてしまい、目を瞬いた。





   

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