笑顔に誘われて…
第43話 仰天するような事実



アパートに向かう道々、由香は落ち着かない気分を味わっていた。

吉倉はいったい何を考えて、あんな質問をしてきたのか?

恋愛というものをどう考えているか……?

驚いたけど……吉倉は、口にしたことをなかったことにするように、流してしまった。

どうしていいかわからず、促されるまま車に乗り込んだ。

質問の意図を聞きたい気持ちがないこともないんだけど……口にできないわよね。

話を蒸し返す勇気はない。

吉倉が黙り込んだままなのは、質問したことを気にしてだろうか?

昨日、吉倉が口にした言葉も、気になっているのに……

わたしに話さなければならないことがあると、彼は言った。

……それについてなら、聞いてみてもいいのかしら?

けど、いますぐは話せないって言っていたから……

「どうして……」

色々考え込んでいたら、ふいに吉倉が口にし、由香は驚いて顔を上げた。

「なんですか?」

「……付き合ったことがないと、言いましたよね?」

「えっ?」

「あれは、本当ですか?」

それって、恋愛経験がないという話のことよね?

頬が赤らんだ。

吉倉さんってば、なぜ急に、そんな話を……?

ちょ、ちょっと待って……

もおっ、わたしってば、何をドキドキしてるのよ? まさか、期待していないわよね?

い、いやいやいや、期待ってなによ?

「高知さん?」

自分に突っ込んでいた由香は、呼びかけられて慌てた。

「はい」

呼びかけに応えての返事をしただけだったのだが、吉倉はそれを先ほどの返事と取ったようで、小さく頷いた。

「どうして、誰とも付き合わなかったんですか?」

「吉倉さん、急にどうしたんですか?」

「……どうもしていませんよ。だが……こんなことを聞いて、不躾だったかな……すみません」

申し訳なさそうに謝罪され、由香は困った。

「別に謝らなくても……。付き合うような相手が現れなかったんです。恋愛はひとりではできませんから」

「申し込まれた数は、少なくないんじゃありませんか?」

「そ、そんなことは……」

「ずっと好きなひとがいたとか? それとも……」

「吉倉さん!」

答えづらい質問の応酬に嫌気がさし、由香は思わず声を張った。

吉倉が黙り込み、由香のほうもむっとして押し黙った。

「貴女が……」

そう口にした吉倉は、大きく息を吸った。そしてゆっくりと息を吐き出し、ちらりと由香を見る。

「うまくないな。まったく、自分が嫌になる」

「吉倉さん?」

「……すみません」

「昨日からおかしいですよ。何かあったんですか?」

吉倉は急にくすくす笑い出した。

由香は顔をしかめた。

「人生がかかっているものだから……頭を冷やすべきだな」

「人生?」

眉をひそめて口にすると、吉倉が「ええ」と言う。

「面と向かって話す勇気がないものだから、顔を合さなくて済む車の中で話を切り出したんですよ。……情けないな」

「あの、いったいなんの話を?」

「そう聞くんですか? 本当にわかっていない?」

聞き返されて、由香は口ごもった。

恋愛の話だ。人生がかかっているとか……

自分にとって、恥かしいくらい都合のいいことを考えてしまいそうになる内容で……

けど、都合のいいことを考えたくない。

都合のいいように取ってしまって、もしそうじゃなかったら、恥ずかし過ぎて死んでしまいたくなる。

「私は、中高とエスカレーター式の私立校に通っていたんです」

「そう……なんですか」

突然話が替わり、戸惑いながら由香は言葉を返した。

「星陵ですよ」

星陵高校?

それなら由香も知っている。
彼女の通っていた高校に近いところなのだ。
由香の方は、高校、大学とエスカレーター式だった。

そうか、彼は星陵に通っていたのね。

星陵の制服を思い浮かべ、ちょっと口元が緩みそうになる。吉倉に似合っただろう。

濃紺のブレザー……見てみたかったなぁ〜。

「あの付近は、学校ばかりですよね」

少し胸を弾ませて由香が言うと、吉倉が「ええ」と頷く。

「学生だらけ……電車の乗客も学生ばかりで……」

「吉倉さんも電車通学だったんですね?」

実家があの辺りなら……そのはず。

そこまで考えた由香は、ある可能性に気づいて、眉を寄せた。

同じ電車に乗っていたかもしれない?

彼は由香より三つ年下だけど、中高とも星陵ならば……

「気づいた?」

「えっ? 気づいたって……?」

「ずっと前から、私は貴女を知っていると言ったでしょう?」

「まっ、まさか?」

目を丸くして吉倉を見ると、吉倉は前を見つめたままこくりと頷いて肯定する。

ええーっ!

思わず叫びそうになり、由香はパッと口を押さえた。

「そのまさかです。知っているんですよ、私は……高校生の貴女を……」

由香が仰天するような事実を、吉倉は淡々と口にしたのだった。





   

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