笑顔に誘われて…
第5話 意外な呼び戻し



「いるかしら?」

イチゴサンタの店員さんの姿がありますようにと祈りつつ、由香は宝飾店へと近づいて行った。

店のレジの辺りが目に入った途端、なんと、イチゴサンタの店員さんは、まるで由香がやってくるのを知っていたかのように、嬉しげに手を振ってきた。

あ、あれって、この私に手を振ってるのよね?

私のこと、ちゃんと覚えてくれてるなんて…

由香は、しあわせいっぱいで、イチゴなサンタちゃんに向かって、まっすぐに歩み寄って行った。

「あっ、いらっしゃいませぇ」

ああ、この笑顔だ。

由香は、満ち足りた気分で微笑み返した。

イチゴちゃんは、ものすごくハンサムなひとと一緒にいた。

中性的な店員さんとは、まったく違うタイプのひとだ。

この店員さん、この間、この店にいただろうか?

イチゴちゃんと、中性的な店員さんしか覚えがない。

「イチゴちゃん、こんにちは」

「お客様、またご来店くださって嬉しいです」

由香はふふっと笑い、首を横に振った。

「実はね、何度か来たんだけど、イチゴちゃんいなくて。今日は仕事早引けして、やって来たの」

「そ、そうなんですか? せっかく来て下さったのに、いなくてすみません」

「ううん、いいのよぉ。私、どうしてもイチゴちゃんにラッピングしてもらいたくて」

「それで、今日はどなたへの贈り物を?」

イチゴサンタちゃんの側に立っている超ハンサムな店員さんが、ソフトに声を掛けてきた。

由香は思わず小さく笑った。

自分への贈り物だと答えることがおかしかったからでもあるけど、この店の店員さんたちに、脱帽の思いが湧いたからでもある。

「実は、私に」

「ご自分への贈り物ですか? 素敵ですね」

その言葉にこもる温かさに、由香は嬉しくなった。

「そう思います?」

由香はイチゴサンタちゃんに視線を戻して話しかけた。

「しばらくはそのまま飾っておいて、何か自分にご褒美あげたくなったり、なぐさめたりしたくなった時に開けようかなって思ってるの」

イチゴサンタちゃんは、嬉しそうにこくこくと頷いてくれ、由香はしあわせな心持ちになった。

「イチゴちゃんにラッピングしてもらえたものを飾っておいたら、それだけでも、いいことありそうな気がして…」

「ほんとに、ほんとに、ありがとうございます!」

お礼を言いたいのはこっちなのに、イチゴサンタちゃんは、感激したように頭を何度も下げてくる。

「ではお客様、ご褒美となさる品を探すお手伝いを、私にさせていただけますか?」

超ハンサムな店員さんの申し出に、由香は頷いた。

本当は、イチゴサンタちゃんに選んで欲しかったが…
どうやら、イチゴちゃんはラッピング担当のようだ。

カウンターのところには、ラッピング途中のものと、ラッピング待ちらしい品物が山のように置いてあった。

あのイチゴちゃんのラッピングに魅せられているのは、由香だけではもちろんないだろう。

「イチゴちゃんは、ラッピング担当なんですか?」

「はい。いまはそうです」

「あのイチゴサンタの姿は、今日までなんですよね?」

「はい」

「でも、バイトさんとかじゃないんですよね?」

「ええ。ここの社員です」

それを聞いて、由香は心底安堵した。

「そうですか」

ここに来れば、また会えるのだ。

その時は、イチゴなサンタちゃんじゃないだろうけど…

由香は超ハンサムな店員さんの助言をもらいながら、自分への贈り物のネックレスを選んだ。

「わあっ、とってもいいです。とってもお似合いですよ」

「ありがと」

超ハンサムな店員さんが勧めてくれたネックレスは、とっても可愛らしいデザインのものだった。それも淡い桃色の石。

私には、ちょっと可愛すぎるデザインかも…
ついついそう口にしそうになったが、由香はネックレスを見つめ、「これにします」と答えた。

恥ずかしくて、とても身につけることはできないかもしれない。けど、これを目にするだけで、しあわせな気持ちになれそうだ。

由香はリボンも包装紙も、全部イチゴちゃんにお任せした。

ラッピングが出来上がるまで、かなり時間が掛かりそうだから、閉店間近か、明日受け取りにくるのでもいいと言われ、由香は閉店間近に取りにくることにした。

イブの夜に手にしておきたい。

「イチゴちゃん、頑張ってね」

「はい。お客様、ありがとうございます」

イチゴちゃんの笑顔を最後に目に納め、由香は宝飾店から出た。





さて、あとはケーキを買って…

由香は、大型スーパーの中にある、気に入りのケーキ屋さんの前へとやってきた。かなりの人だかりだった。

ケーキは山ほど積んであるようだし、予約が無くても買えそうだが、もしここが駄目なら、ほかを当たろう。

あっ、でも、どこかで夕食を済ませて行かないといけないんだわ…

ひとりでイブのディナーか…。それもちょっと侘びしい…

両親と真央は、この時間ならまだ家にいるのではないだろうか?
電話を掛けて、三人と合流しようか?

由香は、バッグの中から携帯を取り出そうとしたが、もう数人で由香の番がくる。

ともかく、ケーキを買ってからだ。

予約はしていないと伝えると、残っているのは一種類しかないと言われた。
考えていたより大きなサイズのケーキだったが、由香はそれを買うことにした。

かなり残ってしまうだろうけど、これを見た瞬間の真央は喜ぶに違いない。

大きなケーキの箱はそう軽くはなく、それを持ちながら電話を掛けるのはちょっとばかし大変だった。

店内の通路はそんなに狭くないのだが、混みすぎていて、周りを良く見ていないと人とぶつかりそうになる。

歩く人の邪魔にならない場所を探していると、手に握り締めている携帯が鳴り出した。

相手を確かめてみた由香は、眉をひそめた。

主任の、弘子だ。

まさか、何か仕事で手落ちがあったのだろうか?

「は、はい。主任さん、何かありました?」

「ああ、高知さん、一度戻ってこられない?」

「はい? やっぱり、何かありましたか?」

「お客様なの、あなたに」

ずいぶんと潜めた声で弘子が言う。

「は? お客様?」

「待ってるから、それじゃ、急いでね」

「えっ、あの?」

通話は切れていた。

お客様? わたしに? いったい誰が来たというのだろう?

戻らなきゃ駄目だろうか?

両親への電話はどうしよう?

由香は、ともかくスーパーの出口へと向かった。

こんな風に、立ち止まって迷っていても仕方がない。

お客様が誰か、さっぱり見当もつかないが、ともかく、店に戻ってみるとしよう。

店の裏口から中へと入った由香は、事務室に入ってみた。

「あら、思ったより早かったわね」

弘子が笑顔で声を掛けてきたが、由香は事務室にいた男性に視線を向けていた。

この人は誰なのだろう?

椅子に座っていた男性が、ゆっくりと立ち上がった。

ずいぶんと背が高い。
スリムな体系でスーツがとても似合っている。

黒いコートを手にし、改まった表情で上から見つめられ、由香はドギマギした。

相手を意識してしまって、頬が赤らむのが恥ずかしくてならない。

「綾美ちゃんのお兄さんよ」

「えっ? 綾美ちゃんの?」

可愛らしい雰囲気の綾美とはまったく似ていない。だが、端整な顔立ちのハンサムなひと。

けど…かなり、とっつきにくい感じだ。

顔を強張らせているからそう思うのだろうか?

「少し、お付き合いいただきたいのですが」

ずいぶんとかしこまった口調で言われ、戸惑った由香はなかなか返事が出来なかった。

「湯川さん、ありがとうございました」

「いえいえ、どういたしまして。それじゃね、高知さん」

弘子から、なんとも楽しげに声を掛けられ、由香の戸惑いが深まる。

このまま、綾美の兄だと名乗るこの男性と、彼女はここを出ることになるのか?

彼は由香の腕に軽く手を添え、出口へと促してきた。それにどうにも逆らえず、由香は店の裏口から外へと出ていた。





   

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