笑顔に誘われて… | |
第51話 特別に 酔いつぶれたかに見えた母は、除夜の鐘が鳴り始めるころ、見事復活した。 そして、年越しのカウントダウンを、真央を巻き添えにして大声で叫び、新しい年を迎えた。 みんなして、「おめでとう」と言葉をかけ合い、由香は部屋に引きとった。 数日前まで物置のようだった部屋は、かなり片づいている。 広々とした部屋の真ん中に敷いている布団に座り込み、由香はぼおっとしたまま部屋を眺め回した。 その目が、あるものを目に入れて止まる 由香は立ち上がり、綺麗にラッピングされた箱を手に取った。 サンタのイチゴちゃんが包んでくれた、自分への贈り物。 あ、開けちゃおうかな。 大晦日の夜に開けるのならいい区切りだし、何より……こんなにもしあわせないま、開けたい。 またイチゴちゃんに会いに行きたいし。 今度はブレスレットとかイヤリングとか買って、ラッピングしてもらってもいい。 次はもう、サンタなイチゴちゃんじゃないだろうけど……お正月はお正月で、また素敵に変身しているかもしれない。 口元に笑みを浮かべ、由香は丁寧にラッピングを解いた。 そして蓋を開けて、ネックレスをつけてみた。 うふふ、なんだかしあわせが、さらに膨らむみたい。 つけたまま寝ちゃおうかな。いい夢が見られそう。 布団に潜り込み、すっぽりと布団にくるまる。 眠りを待つが、いっこうに眠くならない。 「佳樹さん、もう寝たかしら?」 そう口にした途端、頭の中が吉倉でいっぱいになる。 電話では話していたけど、この三日間会えてない。 年末でアパートの大掃除もしなければならなかったし、このマンションの掃除も手伝い、買い出しやおせち作りも手伝った。暇な時間があったわけではない。 それでも、吉倉が会いたいと言ってくれれば…… 由香は唇を噛み締めた。 わたしってば、何を勝手なことを言ってるんだろう。 彼と会うと、どうしていいやらわからなくなるから、もし会いたいと言われても、喜び勇んでなんてわけにいかなかったくせに…… それでも、いま、会いたい…… それが駄目なら、声だけでも聞きたい。 電話すればよかった。年を越してすぐ…… 明けましておめでとうと告げて、明日の初詣のこととか話して切れば…… 佳樹さん、かけてきてくれなかったな。 そう考えたところで、由香はハッとした。 わたし、携帯をバッグに入れままじゃない。 由香は慌ててバッグを取り上げ、携帯を取り出した。 ああっ! 着信がある。 相手を確認した由香は、力が抜けてへたり込んだ。 佳樹さん、かけてくれたのに……それも、年が明ける一分前…… 「もおーっ!」 自分の落ち度に憤り、それ以上にがっかりしすぎて、真夜中だというのに大声を上げてしまう。 せっかくかけてくれたのに……せっかく…… わたしって、なんて馬鹿! たっぷり、自分を責めた由香は、脱力して携帯を見つめた。 もう寝てしまっただろうか? もしかすると、まだ起きてるかも…… 電話……かけていいのかな? かけようとしてみるが、迷いが湧いてなかなかかけられない。 もう明日でいいか……どのみち明日会うんだし…… せっかく電話してくれたのに気づかなくてごめんなさいと、顔を見て謝ろう。 そう決めて携帯を置き、布団に潜り込んだが、眠れない。 頭の中も胸の中も吉倉でいっぱいだ。 布団を勢い良くはいで起き上った由香は、携帯を取って迷う前に吉倉にかけた。 だが、呼び出し音を聞いているうちに、また弱気が頭をもたげる。 寝ているところを起こしてしまって、迷惑がられたら? ど、どうしよう? 「はーい」 間延びした声が聞こえた。 こ、これって……吉倉さん……じゃ、ないみたいだけど? 「誰ぇ? 清水だけどぉ……」 清水? 「あ、あの……」 「うん? あれっ、こいつは俺の携帯じゃ……」 ああ、清水って、綾美ちゃんの…… 「政充、ほら、ウーロン茶持って来たぞ」 突然吉倉の声が聞こえてきて、ドキリとする。 まだ寝ていなかったようだが、ドキドキしすぎて切ってしまいたくなる。 「おお、サンキュー」 「ああ。 うん? おい、それ、俺の携帯だぞ。お前のは、そっちだろ。同じ機種だからって間違えるな」 「佳樹とお揃いがいいんだもーん」 「気持ち悪いぞ。もういいから、それ飲んで寝ろ」 吉倉は淡々と答える。 ふたりの温度差に、由香は噴き出しそうになった。 しかし、ふたりの会話を聞き続けることになってしまい、どうしていいやらわからない。 清水というひとは、電話がかかってきていることをすっかり忘れ去ってしまっているようだ。 大声で、呼びかけてみるべきかもしれないが、そんな大それたこと、この小心者にはできそうもない。 こ、困った。 気づかずに切られてしまったら、もうそれでもいいかも、なんて情けないことを考えてしまう。 着信があったことに気づいたら、かけ直してくれるかもしれないし…… 「明日は初詣に行くんだろ? 俺もついてくからね」 「ついてくるな! 迷惑だ、この酔っぱらい」 「つれないなぁ。飲ませたのは、佳樹なのにぃ」 「いい加減にしろ、殺すぞ!」 まさに、殺気を含んだ声で、笑っていいのか、恐がるべきなのか、わからない。 なんだか、吉倉さんの新しい一面を垣間見たかも……なんか、さっきとは違ったドキドキが…… それにしても、清水というひと、かなりおもしろいひとのようだ。 「うわーっ、やめろ! 抱き着いてくるな、唇を寄せてくるな。気色悪い!」 吉倉の慌てた声のあと、なにやら鈍い音がした。そして、不穏なほど静まり返った。 な、なに? 佳樹さん、まさかほんとに? 「い、いってぇ。佳樹殿、酔いがさめましたぜ。あっ、そうだった。……ほい」 「なんだ? ……えっ?」 「電話かかってきたんだ。そういや、女の声だったぞ。こんな時間に? ……えっ、まさか……」 「話したのか⁉」 吉倉が、鋭く問いかける。 「え? ……話しちゃいない……と思う。ねぼけてて、自分の携帯じゃないこと気付いたところで、お前が戻っ……」 バタンと大きな音がし、そのあと静まり返った。 おかしな展開に、どうしていいかわからず携帯を耳に当てたままでいたら、「もしもし」とひどく緊張した吉倉の声が聞こえてきた。 「はい」 返事をしたら、また数秒静まり返る。 「あのぉ、佳樹さん?」 「すみませんでした、ずいぶんな失態を……。まさか、貴女がかけてきてくれるとは思っていなくて……」 「わたしこそ、佳樹さんがせっかくかけてくれたのに、気づかなくて……」 「話しながら年を越せたらなと思ったら、かけずにいられなかったんだ」 佳樹さんってば、なんて嬉しいことを言ってくれるんだろう。なのに、わたしときたら…… 「もう電話に気づけなかった自分が許せないです。わたしも佳樹さんと話しながら、年を越したかったのに……」 がっかりしすぎて、ため息が零れる。 「……ため息が、こんなにも嬉しく聞こえることもあるんですね」 笑い交じりの嬉しそうな声に、胸がジンジンする。 由香にとって、吉倉の声はとんでもなく特別になりつつあるようだった。 |