笑顔に誘われて…
第55話 疲れを帯びたため息



「混んでますね」

元旦の神社。混雑していて当たり前なのだが、ひしめき合っているという表現がぴったりの参拝客を目にしては、ついつい口に出てしまうというもの。

車を降りた由香は、周囲の視線が自分に集まっている気がしてならず、車の中に逆戻りしたくなった。

吉倉さんが嫌でないのなら、他人がどう思おうと構わないと思ったんだけど……

やっぱり、恥ずかしい。

この振袖、わたしには派手なんだってばぁ。

どうにも自分が浮いている気がして、いたたまれない。

「由香?」

「は、はい」

呼びかけに返事をし、焦って吉倉に視線を戻す。

「ほら、行こう」

手を差し出され、その手を見て、由香は思わず嬉し泣きそうになった。

由香は、吉倉の手をぎゅっと握り返した。

彼と繋がれて、いたたまれなさが薄まってゆく。

吉倉と手を繋ぎ、境内を歩く。

振袖の女性はそんなにいないようだ。

もっとたくさんいてくれれば、悪目立ちせずにすむのに……残念だ。

「君を……」

吉倉の声に由香は顔を上げて、彼と目を合わせた。

彼は照れくさそうな顔をしている。

「佳樹さん?」

呼びかけると、彼ははにかんだような笑みを浮かべた。

その表情に、胸がきゅんとする。

「こうして君を連れていることに……優越感を覚えるなんて恥ずかしいことだと思うんだが……」

ゆ、優越感?

「はい?」

恥ずかしい? って……

「あ……あの?」

吉倉が何を言っているのかわからず、由香は戸惑って聞き返した。

「ずいぶん注目を浴びてるな。君にとってはいつものことで……あまり気にならないのかな?」

そ、そんなに注目を浴びてるの?

「気にならないわけないですよ。……そんなに見られてます?」

由香は顔をしかめ、そっと周囲を窺いながら尋ねた。

確かに数人と目が合い、顔が引きつりそうになる。

「……この振袖が派手すぎるから」

「振袖?」

「すごく派手だから」

わたしが着るには……とは、惨めで続けられなかった。

「いや……まあ、派手と言われれば、そうかな」

正直すぎる吉倉に、由香は多大なショックを受けた。ずーんと気が落ちる。

「そ、それなら、マンションを出る前に言ってくれればよかったのに……」

「うん? 由香?」

「も、もう帰ります!」

由香は叫び、いま来た道を引き返す。

気持ちは駆け足で戻りたかったが、着物では思うように走れない。

「ゆ、由香? 急にどうしたんだ?」

吉倉が繋いでいる手に力を込め、引き止められる。

「気にしないでおこうと思っていましたけど……吉倉さんまで派手だと思っているなら、もうここにはいられません」

「ど、どうして?」

「どうして? それはこちらの台詞です」

「いや、だから、ここにはいられないって……どうしてなのか、さっぱりわからないんだが……」

本当にわからないらしい吉倉に、由香は戸惑った。

「だから、この格好が派手だからですよ」

「君はどうして、派手という言葉を、そんなにも嫌そうに言うのかな?」

そんなふうに問い返されて、由香は困惑した。

「だって、派手って言葉は、褒め言葉じゃないですよ」

「いや……私は褒め言葉として、口にしているんだが……」

「……意味がわかりませんけど」

「なんだか、見解の相違があるようだな」

由香は吉倉を訝しく見つめた。

「こんなところで、見解の相違について話し合いをするというのもなんだし、ここはともかく、初詣をすませよう」

ひとりで結論を出した吉倉は、由香の了解を取らず、彼女を強引に引っ張っていく。こうなると、逆らうこともできず、由香は渋々彼に従った。

お参りを終え、吉倉に連れられてお守りを選んだりおみくじを引いたりしているうちに、先ほどのことを気にしていたことも頭から消えさり、由香はすっかり神社での初詣を楽しんでいた。

車に乗り込み、楽しい気分で帰途につく。

「由香」

車が走り出したら、吉倉が迷いのある呼びかけをしてくる。

「はい?」

「このあと、ふたりきりになれるところに行きたいんだが……」

その大胆な発言に、由香は目を見開いた。

「え、えっとぉ……その……」

心臓がバクバクする。

ふ、ふたりきりになれるところって……それって、それって……

「話したいことがある。できれば誰にも邪魔されないところで……先ほどの見解の相違についても話したいし」

吉倉の言葉を聞き、由香はカッと顔が燃えた。

わ、わたしってば……何を考えて……

恥かしいっ!

「由香?」

「は、はい。……ど、どこでも……吉倉さんの好きなところに」

「それじゃ……君のアパートでも構わないかい?」

「ええ、構いません」

明らんだ顔を吉倉に見られないように微妙に顔を背けつつ了承した。だが、しばらく走ったところで、「あっ」と声を上げた。

「どうした?」

「ごめんなさい。わたしのアパートは無理でした。部屋の鍵を持ってきてないんです。このバッグに入れて来てなくて……一度、両親のマンションに寄ってもらえますか?」

「いや……それなら……私のマンションでいいかな?」

彼のマンションに行けるのか?

今度は別の意味でドキドキしてきた。

好きな人が暮らしている家に行くというのは、特別なことのように感じる。

「わたしは、それで構いませんけど……」

すると吉倉は、何やら決意を固めたような表情を見せ、頷く。

「あの、佳樹さん?」

「うん。すまない。私の反応が気になるんだろう?」

「はい。まあ、そうですけど……佳樹さんのマンションだと、何かまずかったりするんですか?」

「清水が来るかもしれない」

「あ、ああ」

なんだ、そうか。清水さんがきて、邪魔されるんじゃないかと気にしていたのね。

「そういえば、清水さん、わたしの名前を口にしてましたけど……」

そのことを思い出し、首を捻って言うと、吉倉が顔を強張らせた。

どうしてか、吉倉は清水のことになると、異常に反応する気がする。

そこで、ふいに思い出した。

佳樹さん……もう話すしかないとかって、口にしてたけど……

話があるって、そのことなのかな?

過去のことを話してくれた佳樹さんだけど……まだ何かあるのだろうか?

「もう気づいているかもしれないけど……清水は……君を知ってる」

「はいっ?」

「あいつは、中学の頃からの友人なんだ。一緒に通学していた」

あ……それって、つまり……

「え、えっと……清水さんも、高校の頃のわたしを?」

吉倉は黙って頷き、ひどく疲れを帯びたため息をついたのだった。





   

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