笑顔に誘われて…
第57話 罵倒は留守録で



日本人形だ? 美しいだ?

ストレートにそんなことを言われて、どう返せと言うのだ。

は、恥ずかし過ぎるっ!

「こ、困ります」

「困る?」

「困りますよ。そんなふうに……だいたい買い被りです。わたしは……佳樹さんが言うほど……その……」

恥ずかし過ぎて、必死になって口にするが、口にしていること自体、恥かしくなってきた。

「も、もういいです。あ、あの。それで話したいことっていうのは?」

話題を変えたくて、急いで聞く。

吉倉は眉を寄せ、それから仕方なさそうに頷いた。

「話すためにここにきてもらったんだから……話すよりないな」

「佳樹さんが話したくないことなら……」

「いや、話しておきたい」

ため息交じりに言った吉倉は、改めて口を開いた。

「中学のとき、清水のほかにもうひとり仲の良い奴がいて、そいつもいつも一緒につるんでた。市原浩次という名でね」

吉倉はそこまで話し、由香の目を見つめる。

「市原は、君に夢中だった」

話しの成り行きに、由香は困惑した。

「清水は、市原の恋が実るように応援していて……私も初めは応援していた。……だが、君を見る機会が増えて……いつの間にやら、私も君が好きになっていた。……もちろんふたりには本心を告げられない。……私は表向き、市原を応援する素振りを続けた」

吉倉は、ひどく表情を固くしている。

「貴女の高校卒業間近、市原は貴女に付き合いを申し込んで……断られた。けれどあいつは、そのあともなかなか諦められずにいてね……」

由香は俯き、黙って聞いているしかなかった。

友人のことを語る吉倉の内面では、複雑な感情が渦巻いているようだ。

由香の窺い知れないことがたくさんあるのだろう。

それでも、こうして由香に話すことで、吉倉の心は楽になれるのかもしれない。

「私の本心をまるで知らずにいた清水は、つい先ほど知ったわけなんだ。それで……まあ、あんなにも憤っていた」

そういうことだったのか……

それでも、すでにかなり昔のことだ。

市原というひとが吉倉のように、いまも由香を……などということはまずないだろう。

吉倉は、ただ過去に、友人ふたりを欺いていたことに罪悪感を抱いているのだ。

清水は驚いたかもしれないが、もう今頃は落ち着いているに違いない。

そういえば……綾美ちゃん。

由香は綾美のことが気になってきた。吉倉がとんでもない爆弾発言をしたまま……

いったいいま、どんな心境でいるのだろうか?

まだ彼女は清水と一緒にいるのだろうか?

「あの、綾美ちゃんに電話してみようかと思うんですけど」

「うん? ……まあ……ああ」

吉倉は言葉を濁し、最後に頷いた。

由香は携帯を取り出し、綾美にかけた。

「た、高知さん?」

慌てた声がした。

「綾美ちゃん、あの、いまどこ? もう初詣は終えたの?」

「初詣はしましたけど……清水さんが、いきり立ってて……」

い、いきり立ってる?

なんと、まだ落ち着いてはいなかったのか。

目の前には、由香を見つめている吉倉がいるわけで……その眼差しは、問いを向けてきている。

「いきり立ってるそうです」

そう伝えると、吉倉が苦笑いする。

「あの、高知さん。本当にうちのお兄ちゃんと結婚するんですか?」

「え、ええ。そのようなことになったというか……ごめんなさい」

思わず謝罪が口をつき、吉倉が眉をひそめる。

「いったい、いつから兄と知り合ってたんですか?」

「それは……」

こ、これは……顔が引きつる。答えづらい質問だ。クリスマスイブとは言いづらい。

「清水は、まだ妹と一緒にいるんですね?」

「あっ、お兄ちゃん!」

電話越しに兄の声が聞こえたらしい、綾美が大声を上げる。

「あ、あの、綾美ちゃん。清水さんは、まだあなたと一緒にいるのね?」

「は、はい。それで、携帯の電源を入れるよう、兄に強く求めていらっしゃいます」

携帯の電源?

「佳樹さん、清水さんが携帯の電源を入れるよう、求めていらっしゃるそうですけど……切ってるんですか?」

「ええ。邪魔されないように」

吉倉は苦笑して肯定し、携帯を取り出して電源を入れた。

「綾美ちゃん、お兄さん、電源入れましたよ」

「清水さん、電源入れたそうです」

連絡が由香から綾美、そして清水へと回り、数秒して吉倉の携帯が着信音を響かせた。

だが、吉倉は出ない。

「出ないんですか?」

吉倉は意味深に微笑む。すると、携帯は留守番電話で対応する。

ピーッという音が止んだ途端、

「このっ、このっ、糞ボケ野郎っ!」

と、激しく罵倒する叫びが飛んできたのだった。






   

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