笑顔に誘われて…
第63話 不安に揺れる瞳



夕暮れ時の景色を眺めながら車は進み、間もなく空は暗くなった。

星が一つ二つと瞬き始める。

そして車は山道へ入り込んだ。

道幅は細いし、ずいぶんうねうねと曲がりくねった上り坂の道だ。

「すごいところですね」

「うん。ナビはちゃんと進む道を表示してるし……間違ってはいないはずだ」

「綾美ちゃん、こういう道だって教えてくれました?」

「いや、道については、何も言っていなかった」

「そうですか。けど、ナビが大丈夫なら、このまま進めば到着できますよ」

由香は、吉倉を元気づけるように言った。吉倉が苦笑いを見せる。

「そんな顔しないで」

くすくす笑いながら言ったら、吉倉が不服そうな顔をする。

「君は……」

「なんですか?」

「いや……とにかく進むしかないな……」

「はい」

由香は返事をし、走っている周囲を見回す。

外灯もなく、頼りになるのは車のライトだけだ。

真っ暗な中を進むばかり。

けど、不安はまったく感じなかった。

だって、佳樹さんと一緒なのだ、不安になんてならない。

「あっ」

吉倉が叫び、急ブレーキを踏んで停まる。

「わっ」

由香は遅れて叫んだ。

「すまない。大丈夫かい?」

「はい。大丈夫ですけど……どうしたんですか? 野生動物でも横切りました?」

「いや、看板があった気がしたんだ」

「看板?」

「ああ、小さいやつ」

そう言いながら、吉倉は慎重に車をバックさせる。

「あっ、やっぱりこれだな」

吉倉が言い、由香もようやく看板らしきものを見つけた。

「わっ、さりげない看板ですね」

「ぷっ!」

吉倉が噴き出し、それから怖い顔をして由香を睨む。

「なんで怖い顔するんですか?」

「君が、笑いたくないのに、笑わせるからだ」

「すみません」

真面目に謝ったら、吉倉はくすっと笑い、由香の頭を拳で軽く小突いた。

愛情たっぷりで、照れくさく思いながら笑い返す。

「さあ、とにかくこれで到着できそうだ」

吉倉は車をさらに細い道へと進ませた。

看板があったのに、まだレストランらしきものは見つからない。

それからまた数分走り、前方にようやく明かりが見えてきた。

「あれのようだ。まったく、綾美ときたら……とんでもないところを」

「でも、お勧めなんでしょう。楽しみですよ。それに、ここまでの道のりも、わたしは楽しかったですよ」

「そうか。君がそう思ったのなら、いいか。綾美を咎めるのはやめるとしよう」

「佳樹さんったら」

ふたりして笑い、車は駐車場に入った。レストラン自体は、もっと高台にある。

整備された駐車場ではないけれど、外灯は必要なだけついていて、足元は明るかった。

車を下りて、レストランに続いている階段に向かう。

階段は丸太で作ってあった。右回りに登って行くようになっている。

「昼間はまた違うんだろうな。だが、夜の方が、雰囲気がありそうだ。それに……ほら」

吉倉が腕を差し伸べ、由香はその方向へ視線を転じる。

「わあっ」

思った以上に上がってきたようだ。

目の前に地上の光が点々と広がっている。

田舎だから、光の数はそんなに多くないんだけど……

逆にそれがいいというか……

「素敵ですね」

ため息をつきつつ、由香は言った。

「ああ」

短い返事をした吉倉の手が肩にかかり、そっと引き寄せられる。

由香は顔を赤くしつつ彼に寄り添った。

「もっと見ていたいが……寒いな。それにいい匂いもするし……由香、そろそろ店に入ろうか?」

正直な吉倉の言葉に由香は笑いながら頷いた。

レストランに入り、吉倉が名を告げると、すぐにテーブルに案内された。

テーブル席は、空いているところもあったが、どこも予約席とプレートが置いてある。

「予約してたんですね?」

「ああ。もちろん」

なんだ、そうだったのか。

窓際の一番いい席だ。

先ほどレストランの外で見た夜景が、ここからも見渡せた。

料理はどれも最高で、由香はしあわせ気分を満喫した。

素敵な恋人と、素敵なレストランでディナー。

ねぇ、由香、あなたはなんて素敵な人生を手に入れたの。

夢のようだ。頬を抓って確認してみたくなるくらい。

由香は、デザートをスプーンですくって口に入れながら、同じようにデザートを食べている吉倉を見つめた。

「佳樹さん」

「うん? なんだい?」

「……ありがとう」

「え?」

思わず口に出てしまった感謝の言葉は、吉倉を驚かせてしまったようだ。

恥ずかしくなり、由香は顔を伏せた。

「い、言いたくなったの」

「ありがとうと言うべきは……私の方だ。あの……由香」

「は、はい」

顔を伏せたまま、視線だけ吉倉に向けたら、吉倉が左手を差し出してきた。

少し戸惑うも、由香は右手を出しておずおずと吉倉の左手に載せた。

ぎゅっと握りしめられる。

いまさらだけど、ロマンティックな音楽が小さな音で流れている。

周りには、他のお客たちもいるのだが、みんな小声で会話しているので気にはならなかった。

「……私と……コホン」

口にした吉倉は、軽く咳をした。そして、ごくりと唾を呑み込む。

「佳樹さん?」

「……結婚してくれますか?」

「は?」

「私と、結婚してください。これからの人生……貴女に、ずっと側にいてほしい」

由香は大きく息を吸い込んだ。

驚きに見開いた目で吉倉の目を見つめ返し、それから自分の手を握りしめている吉倉の手を見つめる。

いま、プロポーズ……されたんだよね?

自分に確認を取ったその時、吉倉が、掴んでいる由香の手のひらを、上に向けた。

そしてその上に、上品にラッピングされた小さな箱を置いた。

「受けとって、くれますか?」

こ、これ……これ……まさか、指輪?

「由香?」

呼びかけられ、由香は顔を上げて吉倉を見つめた。

吉倉の瞳はひどく不安そうに揺れていて、由香の胸は切なく疼いた。

由香は手のひらの箱を握りしめた。

「もらっても……いいんですか?」

涙声で口にすると、吉倉がハッと息を呑み、そのあと表情を固くして頷いた。

そんな吉倉を見つめ、由香は涙が込み上げてならなかった。





   

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