笑顔に誘われて…
第73話 おかしな説明



うーん、これからどういう風に進めよう?

どういう風に進めたらいいんだろう?

紅茶を飲みつつ、思案する。

佳樹さんが今夜泊まることになったから、時間的余裕はできたわけだけど……

コスチュームを着ることも、決意したのだが……

実際にコスチュームを着て、佳樹に見せる場面を想像したら、口の端がヒクついた。

やっぱり、恥ずかしいーーーっ!

決意が小さくしぼんでゆく。

と、とりあえず、バレンタインデーの贈り物を渡した方がいいわよね?

それで、お風呂に入ってもらって……

あっ、わたしが先に入った方がいいかも。

風呂上りにコスチュームを着て、風呂から上がってくる佳樹さんを待つ。

う、うん。流れ的に、それが一番いいみたい。

「由香」

呼びかけられ、眉を寄せて真剣に計画を立てていた由香は、ハッとして佳樹に目を向けた。

「は、はい?」

「どうしたんだ?」

「えっ? ど、どうって?」

問い返した由香を佳樹はじっと見つめてくる。

その眼差しに、もじもじしてしまう。

「いや……」

そう口にした佳樹は、何を考えたのかふっと微笑み、由香の手を取ると、そっと握り締めた。

「あ、あの、佳樹さん?」

彼の態度が気になり、問いかけたらすっと顔が近づいてきて、キスされた。

唇はすぐに離れ、由香の頬はうっすら赤らんだ。

なんだか、急に甘い空気になっちゃったような……

握り締めている由香の手を、佳樹は慈しむように撫で始めた。

心臓がバクバクしてきて、全身の血管もドクドクと脈打ち始める。

こ、この流れって……もしや、このまま……?

だ、だって、まだお風呂に! それに、まだバレンタインデーのプレゼントも……

それからコスチュームも……

肌を重ねてしまったら、そのあとあれこれ普通にできるほど由香の精神は強くない。

朝を迎えて気持ちをリセットするのが、精神的に一番よくて……

ぐるぐると考え込んでいたら、手が自由になった。

えっ?

「それじゃ、先に風呂に入らせてもらってもいいかな?」

「あっ、は、はい。どうぞ」

テンパっていたものだから、思わずそんな返事をしてしまう。

佳樹は立ち上がり、風呂場に行ってしまった。

ひとりになり、ようやく頭が冷えた。

わたしってば、あのままベッドに行くものと、早合点して……恥ずかしぃ。

あっ、そんなことを考えてる場合じゃない。

佳樹さんより先にお風呂に入ったほうがいいって、考えてたのに。

だが、すでに佳樹は風呂に行ってしまった。

まだバレンタインデーのプレゼントも渡せてないのに……

おろおろしはじめた自分に、由香は呆れてため息を吐いた。

冷静になろう。それで、いまの状況からもう一度、これからの流れを計画しなきゃ。

佳樹さんがお風呂からあがってきたら、プレゼントを渡すでしょ?

コスチュームは、やっぱりお風呂の後にしたいけど……

あっ、そうだった。

試着してないんだから、一回着て確認しないと。

でも、それも身体を綺麗にしてからよね?

つまり、佳樹さんがお風呂から上がってくるまでにやることはないってことか……

あっ、そうだ。カップを洗っておこう。

カップを洗った由香は、そわそわしつつ佳樹が風呂から上がって来るのを待った。

佳樹が風呂から上がった気配がしたところで、ハッと気づいた。

風呂上りにコスチュームを着るのなら、洗面所に持ち込んでおかなきゃいけないんだ。

慌ててクローゼットに飛んで行き、コスチュームを取り出す。

もちろんそのままでは洗面所に持ち込めない。

あたふたと大きな紙袋を探し、その中にコスチュームを押し込んでいたら、「由香」と佳樹の声がした。

「は、は、はいっ!」

仰天したものだから、ありえない音量で返事をしてしまう。

「……」

すぐ後に佳樹はいると思うのだが、彼は何も言ってこない。

手元を見たら、紙袋に押し込んでいる途中のコスチュームが。

あわわっ!

慌ててはみ出ているコスチュームを押し込む。

「いったいどうしたんだ?」

耳元で佳樹の声がした。

ドック―ンと心臓が跳ねる。

肩越しに覗き込んできた佳樹は、由香の手元に視線を向けようとする。

由香は必死に紙袋を胸に抱え込んだ。

「それは?」

「え、えーっと……」

正直には口にできず、少々涙目になる。

まったく、わたしときたら。

自分に呆れていたら、ふわっと背後から抱きしめられた。

ボディソープのいい香りがして、胸がきゅんとしてしまう。

「あの……佳樹さん」

「……それ、もらってもいいのかな?」

えっ? もらって?

あっ、これを、バレンタインデーのプレゼントだと思われた?

「あの……プ、プレゼントではあるんですが……その」

うわーっ、なんて説明しよう?

「こっ、このまま……手渡しはできないというか」

「うん?」

どうしよう? おかしな説明になっちゃった。

佳樹は由香を抱き締めたまま、彼女の口にした言葉の意味を考えているようだった。

「あ、あの……お風呂に入って来ます」

ぼそぼそと口にすると、佳樹が離れた。

おずおずと振り返って佳樹を見ると、その視線は由香が抱えている紙袋に向いている。

いまいち、よくわからないという表情だ。

そんな佳樹を見て、笑いが込み上げてきた。

くすっと笑ったら、それと気づいた佳樹が顔を上げてきた。

「それじゃ、急いで入って来ますね」

由香は口にして、すぐにお風呂場に駆け込んだのだった。





   

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