笑顔に誘われて…
第74話 ポップで可憐?



あまり佳樹を待たせないようにと、由香は急いで風呂から上がった。

そして、部屋にいる彼の気配を物凄く気にしつつ、コスチュームを袋からこそこそと取り出す。

広げて、改めてコスチュームのデザインを眺める。

う、うーん。

こうして見ると、このデザイン、やっぱりやり過ぎだわ。

もう普通にプレゼントだけ手渡したほうが、いいんじゃないかな?

佳樹さんが引いちゃったら、今夜が台無しになってしまう。

……。

無言で悩み続けた由香だが、とにかく試着してみようという結論に達する。

コスチュームを頭から被り、背中のファスナーを閉めようとしたが、これに結構手こずった。

着られないことはなかったが、身体のラインにぴったりさせすぎたようだ。

さらにひとつ問題が発覚する。

首元を大きく開きすぎたようで、ブラが見えてしまう。

ブラが見えないよう、コスチュームに押し込もうとしたが、無理だった。

これは駄目だ。ブラジャーを取るしかない。

ううう、どうしよう?

顔を歪めて頭を抱える。

こんな格好をしたあげく、ノーブラとか……佳樹さん、さらに引くんじゃ?

やっぱり、止めよう。

コスチュームを脱ぎかけた由香だが、そこでまた迷いが湧く。

もおっ、せっかく佳樹さんを驚かせようと思って作ったのよ。ほんとに、やめちゃうつもり?

消極的な自分に苛立つし、哀しくもなる。

佳樹さんは、引いたりしない。そうよ、きっと楽しんでくれる。笑ってくれる。

真剣な顔で頷いた由香は、ブラを取り去り、一度鏡を見て自分の姿を確認すると、迷う前に洗面所から出た。

気を張り詰めて、佳樹を探して部屋を見回したら、ベッドの上に仰向けになっている彼がいた。

登場とともに、佳樹が驚くことを想定していたため、気が抜けた。

どうも寝ているようだ。

由香は及び腰で、佳樹に近づいて行った。

「あの、佳樹さん?」

目を閉じている佳樹に呼びかけるが、彼は目を開けない。

ほんとに寝ちゃったなんて……

まだ、プレゼントも渡せてないのに……

起こす?

揺り起こそうと手を伸ばすが、躊躇って手を引く。

この格好でいるのを見たら驚くわよね?

でも、驚かせるつもりで着てるんだし……

よ、よしっ!

バレンタインデーなんだもん。

もういっそ劇的に!

ぐぐっと決意を固めた由香は、「佳樹さん」と呼びかけた。

呼びかけに反応して、閉じた瞼がピクピクッと震える。そして、彼はうっすら目を開いた。

由香は思い切って、ふたりの唇を重ねた。

「ゆ……あ……ん」

一瞬驚いた佳樹だが、すぐに口づけを受け入れる。

始め由香にあったキスの主導権は、すぐに佳樹へと移る。

横になっている佳樹に、自分が覆いかぶさるようにキスしていることを、キスが濃厚になるにつれて強烈に意識されて、由香は顔を真っ赤にして唇を離した。

「最高だな。寝起きに、君からキスしてもらえるなんて……うん?」

とろけそうな笑みを浮かべていた佳樹が、急に眉をひそめた。

由香が着ているコスチュームが、目に飛び込んだらしい。

途端に、全身にぎゅっと力がこもる。

「あ、あのっ……」

佳樹の表情を見て、決まりが悪くなる。

離れようとした由香は、腕を掴まれた。

「驚いたな」

佳樹は目を大きく開き、由香の全身を眺める。

その口元が、驚きから徐々に笑みに変化してゆく。

少しほっとした由香は、焦って口を開いた。

「そ、その……イチゴサンタちゃんのコスチュームに似せて作ってみたんです。イチゴサンタちゃんのはイチゴ柄でしたけど……」

一気に説明したものの、不安から佳樹の反応を窺ってしまう。

そのとき、佳樹が勢いよく起き上った。そしてベッドから下りて楽しそうに由香を見つめてくる。

「最高だ! ポップな衣装なのに、君の可憐さが際立って見える」

か、可憐?

佳樹の言葉に戸惑っていると、彼は由香の腕を取って、ゆっくりと一回りさせた。

そんな風に全身をじっくりと見られたら、恥かしいのに……

でも、嬉しそうだし、いいか。

とにかく、引かれなかったんだもの。よかった。

そのあと、ベッドに連れて行こうとする佳樹を制し、由香はバレンタインデーのプレゼントを渡した。

バレンタインデーのチョコを好きな人にあげるなんて初めてで、胸がときめいてならなかった。

佳樹は、ポップなコスチュームでプレゼントを手渡されるのが愉快だったらしく、終始くすくす笑っていた。

佳樹の笑う声は、由香の心を温かく膨らませる。

「由香、ありがとう」

ベッドに仰向けになった由香に、佳樹が囁くように言う。

サプライズ、成功させられたのよね。

何度も決意を鈍らせちゃったけど……最後には勇気を出せて良かった。

これからもっと自分を変えたい。変えていこう。

佳樹さんの楽しそうな笑顔を、もっともっと見たいから……

「わたしこそ、ありがとう」

目尻に涙の粒が膨らむ。

大好きでたまらないひとの肩に手を添え、由香はそっと自分に引き寄せた。





   

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