笑顔に誘われて…

後日談



第2話 不思議に満ちて



「わあっ、綺麗」

車の助手席から見える沿道の見事な桜に、由香は思わず歓声を上げていた。

佳樹の車の前には、靖章の運転する車が走っており、その助手席に由香の父が座り、後部座席に母と早紀と真央が座っている。

「本当に見事だな。人出も凄いが……」

佳樹が延々と続いている車の列を見つめて言う。

「ほんとですね。車、停められるかしら?」

車を停められないのでは、せっかくの花見弁当も食べられない。

そんなことになったら、お花見の場で手作りのお弁当をみんなに振る舞うのを楽しみにしていた母は、がっかりするだろう。

「心配しなくていい、ちゃんと停められるさ」

佳樹がずいぶんと自信満々に言うので、由香は首を傾げて運転している彼に目を向けた。

「どうして停められるってわかるんですか?」

「これまで何度か試してみた結果……停められないんじゃないかと心配していると、まず停められなかった。だが、停められると確信を持っていると、不思議と停められたんだ」

佳樹の言葉に、由香は唖然とした。

「それって……単なる偶然とか、思い込みとかってことじゃなく?」

「うん、そうだな。つまりは、思い込みってことなのかもしれない。けど……思い込んでることで、実際にそうなるんだ。僕が思うに、ひとの想いに、状況は従おうとするものなのかもしれない」

「状況が従ってくれるんですか?」

由香は、いまいち佳樹の発言が腑に落ちず、不思議そうに言ってしまう。

「この世は、不思議に満ちてると思うんだが……君はそう思わないか?」

「……う、うーん、そう……ですね。考えてみたら、不思議なことはけっこういっぱいあるのかも……」

「だろう?」

佳樹は嬉しそうに言う。

「ふふっ。きっと、佳樹さんが不思議を引き寄せてるんですよ」

そう口にした由香は、心の中で、自分の言葉に納得してしまった。

佳樹さんは、確かに不思議を引き寄せるひとなのかも。しかも、素敵な不思議ばっかり。

なんだか嬉しくなって、微笑んだ由香は、ふと、今朝の真央とのやりとりを思い出した。

聞き取れなかったあの言葉、妙に気にかかってるんだけど。

あのあとも思い出しては、真央はなんと言ったのだろうと考えたけど、やっぱり思い付けなくて……

佳樹さんに話してみようかしら?

「あの、佳樹さん」

「うん?」

「今朝、佳樹さんに電話するちょっと前のことなんだけど……真央ちゃんが何か言ったんですけど……わたしぜんぜんわからなくて」

「そうなのか? 君は真央さんの言葉を、的確に聞き取れると思っていたんだが……」

「言いたいことがわかってると、はっきりと聞き取れるんですけど……言いたいことがピンとこないと、まったくわからなくて……」

「それで、真央さんはなんと言ったんだい?」

「えーっと……『とーと、くうって』……って」

「来る? とーとってなんだろうな?」

「くうって言ったつもりだったんですけど……来るって聞こえました?」

「ああ。僕はそう聞き取ったけど……」

「とーと、来る?」

言葉にしてみたものの、『とーと』がなにやらわからない。

「そのあと、今度は『はーく、はあくって……とーと、くうのよ』って、続けたんですけど……『はーく』は、『早く』なんじゃないかと思ったですよね」

「ふむ。わかったところを当てはめると……『早く……はあくって……とーと、来る』……か」

わかったところを当てはめてみたところで、まるで呪文のようだ。

「やっぱり、さっぱりわかりませんね」

幼子の口にしたカタコト言葉を真剣に論じ合っている自分たちがおかしくなり、由香は笑いが込み上げた。

だが、佳樹は真剣に考え込んでいる。

「佳樹さん、そんなに真剣にならなくても……」

「あっ、もしかすると」

佳樹は何か思いついたようだ。

「はい? もしかするとって?」

「『とーと』と言うのは、『弟』じゃないのか? もしかして、早紀さんが第二子を授かったとか?」

「えっ?」

だ、第二子?

「『とーと』というのが、『弟』であるならば、真央さんは、『弟、来る』と言ったことになる」

「それは……でも、ええっ!」

弟、来る?

真央ちゃんは、どうやってかその情報を得たってこと?

「ま、まさかぁ」

「わからないぞ」

佳樹が愉快そうに言う。

由香は噴き出した。

「ほんとにそうだったら、驚愕しちゃいますよ」

「これが現実になって、生まれてきたのが男の子だったら……」

「うっ……よ、喜ばしいことですけど……さすがに、それが本当になったら、震えちゃうんですけど」

恐々口にしたら、佳樹がくすくす笑い出す。

その反応に由香は頬を膨らませた。

「も、もおっ! からかったんですね。本気にしちゃって、ぞぞっとしちゃったのに」

「僕はからかってなどいないぞ。それに、これが現実になったら最高じゃないか」

「それはそうなんですけど……う、うーん……でも、どうなのかしら? 本当にそう言ったんだと思います?」

「それは、真央さんでないとわからないことだな」

「ですよね。でもいまさら尋ねても、真央ちゃん自身が、そんなことを口にしたことすら忘れちゃってるかも」

「かもしれないが……一応、確認してみたらいいんじゃないか?」

「そうですね」

確認するだけなら……

「だいたい、『弟、来る』というのも、僕らが勝手にそうじゃないかと考えたに過ぎない。本当は、真央さんはまったく違うことを言ったのかもしれないぞ」

「確かにそうでした」

なのに、勝手に決めつけて、ぞぞっとしちゃったりして……

わたしってば。

「とにかく、真央ちゃんに確認してみます」

「ああ、そうしてくれ。僕も気になるから」

佳樹はそう言って、右にハンドルを切る。

どうやら、おしゃべりしている間に目的地に到着したようだった。





   

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