笑顔に誘われて… 後日談 |
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第4話 一時騒然 桜の木の下での食事は、とても美味しかった。 父や靖章とお酒を飲みながら楽しそうに語り合っている佳樹。 彼の隣に、こうして寄り添うようにして座っていることに、じわじわとしあわせな気持ちが込み上げてくる。 真央は大人六人の間を行ったり来たりし、さらにネコのまーしゃんともどもシートの上に寝転がったりしている。 大人ばかりでなく、小さな真央がひとりいるだけで、お花見がもっと楽しいものになっている気がした。 わたしもいずれ、真央ちゃんみたいな子どもを授かれるのかしら? 真央と同じ女の子もいいけど……佳樹さんに似た男の子も…… 自分の腕に我が子を抱いているところを想像してみようとしたが、なかなかうまくいかない。 わたしってば……結婚すらまだなのに…… 自分と佳樹さんとの子どもを想像しようだなんて。 そろそろ式場を見に行こうと、言われてるけど…… 佳樹さんと結婚式場を見に行ったら、結婚するんだってことを、実感できるのかしら? 「由香」 「は、はい?」 ふいに呼びかけられて慌てた由香は、佳樹に向いて返事をした。 「いや……君が、何か考えごとをしているようだったから……何を考えているのかなと気になってね」 え、えーっと…… 結婚式場を見に行くことを考えていたとは口にしづらい。 な、なんて答えよう? あっ、そうだ…… 「しゃ、写真を……みんなで写真を撮りたいなって……」 思いついたまま口にする。 すると、缶ビールを美味しそうに味わっていた男性陣が、合わせたように真顔になる。 な、なに? 「そうだった」 と父が叫ぶ。 「ビールと弁当が美味くて……この雰囲気を楽しんでたら……すっかり忘れてた」 父の言葉に靖章が顔をしかめて同意する。 「僕もですよ。写真を撮ろうと思って、勇んでデジカメを持ってきたのに……僕も、酒と花見弁当に気を取られて忘れていました」 さらに佳樹も…… 「僕も同じですよ」 顔を見合わせて苦笑いした三人は、ほぼ同時にデジカメを取り出した。 そして、それぞれに写真を撮り始める。 そんな三人を見て、母が呆れたように声をかけた。 「もおっ、三人一緒に撮り始めることはないでしょうよ。ひとりずつ撮ったら?」 母の提案に、三人はまた顔を見合わせ、一緒に噴き出した。 しばし、花見の場は笑いで満ちる。 そんなわけで、まずは父が写真を撮ることになり、姉夫婦と真央の三人を被写体に収めた父は、今度は由香と佳樹に向いてきた。 「ほら、由香、佳樹さん、一緒に撮ってもらいなさい」 「え、ええ」 母に促され、顔を赤らめつつも由香は佳樹と寄り添う。 佳樹さんと、ツーショットの写真。 こんな風に、佳樹との思い出の写真が増えることが、嬉しくて仕方ない。 写真を撮るのに満足した男性陣は、ようやく落ち着いて弁当を食べ始めた。 わたしも佳樹さんを撮りたいな。できればカメラを意識していない自然体の佳樹さんを…… 佳樹の側のシートの上に置いてあるデジカメを見て、しばらくためらっていたものの、由香は思い切って彼に話しかけた。 「佳樹さん、そのデジカメ、ちょっと貸してください」 「ああ、どうぞ」 佳樹は気軽にデジカメを借してくれる。 即座に佳樹にデジカメを向けては、自然体の彼を撮れない。 まずは……と、由香は自由気ままに遊んでいる真央や、桜を撮りつつ、佳樹を窺う。そしてチャンスだとみるや、あれこれ食べ物を口に頬張っている佳樹や、自然な笑顔を浮かべている佳樹を、なんとか気づかれずに数枚撮った。 隠し撮りした画像を確認し、胸を弾ませる。 今度から、思い出のアルバムとか作っちゃおうかしら? 出掛けた時の写真だけじゃなくて、何気ない日常の写真とか……そういうのも入れて…… そんなことを考えて楽しんでいたら、真央が由香の膝に抱かれてきた。 あっ、そうだ。あの言葉について、真央ちゃんに聞いてみようかしら? やっぱり気になるし…… まあ、真央ちゃん自身は、自分が口にしたことすらすっかり忘れているかもしれないけど…… それならそれでいいか…… 「ねぇ、真央ちゃん」 話しかけたら、何かもぐもぐ食べている真央が「う?」と口にし、由香を見上げてきた。 「まーしゃん?」 何を思ったのか、真央はネコのまーしゃんを由香に差し出してくる。 どうも、まーしゃんを貸してほしいのだと思われたようだ。 一応、まーしゃんをお借りして、尋ねてみる。 「今朝、真央ちゃん、言ってたでしょ。『とーと、くうの』って……」 「うん」 真央がきっぱりと頷く。 どうやら、憶えているらしい。 「由香? なんなの?」 早紀が気にして尋ねてきた。 「う、うん。今朝ね、真央ちゃんが口にしたんだけど、わたし、どうしても意味が分からなくて……」 「とーと、くうの? って言ったの? 真央」 早紀は、由香から真央に向き、問いかける。 「言った。もうすぐくうのよ。とーと、真央好き。いい子いい子」 そう口にする真央の目は、早紀の腹部に向いている。 こ、こ、これは! 「よ、佳樹さん!」 驚愕してしまった由香は、思わず佳樹に取り縋った。 「ゆ、由香」 佳樹は、血相を変えている由香の様子に焦っていたが、急に噴き出した。 「これは楽しみだな。現実になるのか、ならないのか」 「なって欲しいような、欲しくないような……」 「あなたたち、何をふたりだけで盛り上がってるのよ?」 母が呆れたように言って笑う。 「ベ、別に盛り上がってるわけじゃ……」 由香が顔を赤くしてしどろもどろになっていると、佳樹が説明に回ってくれる。 「実は、真央さんが、『弟が来る』と言うのですよ。……もしかして、弟の誕生を予知されたのではないかと」 佳樹が説明すると、早紀は「はい?」と面食らう。 「えっ? 早紀、ほんとか?」 靖章が驚いて早紀に返事を迫る。 早紀は面食らったままだが、靖章は興奮しきりだ。 「あら……まあ、あんたたち、やったじゃないの」 そして母は、事実として受け止めて大喜びし始めた。 「ちょっとお母さん、まだほんとかどうかわからないのよ」 由香が言うと、母は「何言ってるの」と笑う。 「真央ちゃんが、弟が来るって口にしたんでしょう?」 母は真央に向き話しかける。 「真央ちゃん、真央ちゃんの弟が、ママのお腹にやってくるの?」 「うん。おとーと、くるって」 今度ははっきりと聞き取れ、由香は唖然とした。 「お、真央、ほんとなの?」 「うん」 母に聞かれて、真央はきっぱりと頷く。そして可愛らしく小首を傾げて、言葉を続ける。 「真央、はやく、はやくおいでって言ったの……そしたら、おとーと、すーぐ、くるって」 真央の言葉に、花見の場は一時騒然としたのであった。 |