ハッピートラブル happy trouble 続編 |
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14 敵わない相手 「どうした? おとなしいね」 運転している弥義がからかうように声をかけてきて、後部座席に座って考え込んでいた蓬は彼に意識を向けた。 「まあ……ちょっと、色々と……というか……。うーん、色々ありすぎて……何から考えたらいいのかわからないと言うか……」 心にあるまま正直に口にすると、弥義があははと軽い感じで笑う。 いつもだと柊崎がアパートまで送ってくれるのだが、今夜は杏子がいたので弥義に送ってもらうことになった。 もちろん歩いてだって帰れる距離なのだが、柊崎が、暗くなってから蓬にひとり歩きさせられないと言うのだ。 男の子っぽい服装をしているのだから心配いらないと思うが、気にかけてもらえるのはやっぱり嬉しい。 「どんな色々があって悩んでいるのか、俺でよかったら相談に乗ろうか? ああ、丸美ちゃん言うところの、超失礼な濡れネズミの青年については、何も語れないけどね。……那義には、彼について聞いたのかい?」 「それが聞けずじまいなんです。あのひと、同じ大学の学生なんですよね?」 何も語れないと言われたのは承知で問う。 すると、弥義はくすくす笑い出した。 「返事をしてやりたいが……君のポイントを減らすことはしたくないんでね。やめておくよ」 ポイント? 「弥義さん、ポイントを減らすって? 答えを聞くと、所持しているポイントがマイナスになるんですか?」 「ああ、そうじゃないよ。彼についてのなんらかの情報を自分で見つけだせれば、君は那義からポイントをもらえる。俺が教えることで、せっかくポイントをもらえるチャンスを失うことになるってことを言ったのさ。ポイントをもらうチャンスはなかなか与えられないようだからね」 「そうなんですか」 けど、わたしは別にポイントをもらいたいと、切望してるわけじゃないし…… もらってしまったバッジとかも……別にいらなかったし…… 蓬は鞄を開けて那義にもらったバッジを取り出した。 指に挟んで、しげしげと見る。 安っぽい品ではないし、宝物にしてもいいかなという感じではあるけど…… 「悪いこと言わないから、ポイントは貯めた方がいいぞ」 「えっ?」 バッジを見つめていた蓬は、その言葉に顔を上げた。 バックミラー越しに、弥義と目が合う。 「那義は、絶対に君が欲しがるものをくれる。いまの君が欲しくなくても、未来の君が欲しくなるものだったりすることもあるしね」 「未来のわたしですか?」 「うん。まあ、これまでのことを考えての意見だけどさ」 「那義さんは、いったい何をくださるんだと思います? これまでみなさんは、どんなものをいただいたんでしょうか?」 「何をあげるつもりかは見当がつかないな。これまで、皆が何をもらったかについては……」 そこで弥義は言葉を止めてしまう。 つまり、答えられないということか…… 「品物、写真、情報など、様々だな」 もらえないと思っていたのに答えをもらい、ちょっとびっくりした。 しかし、品物はわかるけど、写真とか情報って……? 「写真と情報って?」 「もちろん、もらう者が欲しがっているものさ」 「情報は、なんとな~くわからないではないですけど……写真っていうのがちょっと」 「なら君は?」 「はい? わたしが……なんでしょう?」 「欲しい写真はない?」 欲しい写真? 「いえ別に……特別欲しいと思うような写真なんて、ありませんけど」 絵葉書に使ってある美しい風景なんかを思い浮かべながら答える。 「そうかな?」 窺うように聞かれ、蓬は首を傾げた。 「はい」 ためらいなく返事をすると、弥義は「そうか」と言い、あっさり引き下がった。 会話が途切れてしまい、ちょっと落ち着かない気分になる。 何か、気づかなければならないことに気づけないでいるような…… 「だ、だって……わたし、那義さんからご褒美にって、これをいただいたんですけど……」 蓬は、手にしていたバッジを、座席の間から腕を伸ばし、弥義に見せた。 「これだって、欲しいわけじゃなかったですし……」 運転していた弥義は、さっとバッジに視線を飛ばしてきたが、目にした途端「えっ!」と叫んだ。 その叫びにドキリとする。 な、なんなの? 「そ、それ? ほんとにもらったのか?」 弥義の驚きは普通ではなかった。おかげで蓬はドキドキしてきた。 「ど、どうしてそんなに驚くんですか?」 「どうしてって……それ、那義の宝物だぞ」 「はい?」 宝物? 那義さんの? 目をパチパチさせたあと、蓬は眉をひそめた。 「でも……簡単にくれましたよ。宝物みたいな大事な物って感じじゃ……」 「うーん。姫野君、悪い。これについては、もう俺、口出ししない」 「えっ? で、でも……これ、どうすれば?」 「まあ、いいから。いま考えることはないさ。ただ……」 「ただ?」 「失くさないでやってくれとだけ、言っとく」 「ええーっ!」 どうにも、物凄い重荷を背負った気分になり、蓬は叫んだ。 「それで、ほかに聞いておきたいことはないのかい?」 「弥義さん、話題を変えないでください。バッジのことがまだ処理できないのに」 「ごめんごめん。ついしゃべりすぎたな。ほら、もうアパートに着くけど、ほかに聞きたいことはないのかい?」 重ねて聞かれたことで焦らされ、蓬は何かなかったかと慌てて考えてみた。 「な、なら、あの超失礼な濡れネズミ青年さんの名前を教えて下さい。ポイントとか、わたしはいらないですから」 「やれやれ、君、絶対に後悔するぞ」 「いえ、絶対に後悔しません」 蓬はきっぱり言った。 那義さんは、わたしのことを、自分が養成している部下のひとりとして扱うけれど、わたしは扱われたくない。 「そうか……未来の君をここに連れてこられないのが残念だ」 「弥義さん?」 「いや……那義を敵に回すというのは……勧められない」 敵に回す? 「そんなつもりないですけど……」 「君はすでに、那義に深く関わってしまっている。そのバッジも手にしている。彼をがっかりさせると……まあ……あまりよろしくないぞ! と、俺は忠告するしかない。で、超失礼な濡れネズミ青年の名を、君は聞くの?」 この話の流れで、もちろん頷けるわけもなく、蓬は黙り込んだ。 「ついたよ」 車をアパート近くに止めて、弥義が言った。 「送ってくださってありがとうございました」 蓬はお礼を言ってドアを開けた。そして、片足を踏みだしたところで弥義に顔を向けた。 「弥義さん」 「うん?」 「あなたは、那義さんなんでしょう」 反抗心が湧いてならず、蓬は決めつけたように言った。 「……」 弥義は無言で蓬を見つめ返す。 返事をしないと言うことは……やっぱりふたりは同一人物? 「そうかもな。……やる気も出たみたいだし、まあ、頑張れ」 にやりと笑い、弥義は去って行った。 遠ざかる車を見つめ、蓬は肩を落とした。 弥義も那義も、蓬の敵う相手ではない。 |