] ハッピートラブル happy trouble 続編 |
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第19話 味方の約束 「那義さん、遅いですね」 食後の紅茶を出しながら、蓬は柊崎に言った。 食事を終え、片付けも終えた。すでに九時を回ったのに、那義はまだ戻らない。 「そのうち帰って来る。ほら、蓬、ここに座って」 自分の隣に座るように促されたが、ちょっとためらいを感じる。 「蓬?」 催促されて、蓬は緊張しつつ彼の隣に座った。 すると待っていたかのように、柊崎の腕に包み込まれる。 ぴったり身体を寄せ合っている状況に、思わず息を止めてしまう。 「蓬、身体を固くして……私が怖いのか?」 「そ、そんなことは……」 蓬は慌てて首を横に振った。恐いとかそういうことじゃない。ただ…… 「そ、その……き、緊張して……し、しまうというか……ま、まだ、やっぱりその……な、慣れなくて……というか」 しどろもどろに伝えると、柊崎が抑え込んだ笑いを漏らす。 「わ、笑わないでください」 顔を赤らめ、むっとして言うと、柊崎は蓬の腕をなだめるようにやさしく叩く。 「いや、違う。君のことを笑ったわけじゃない」 そう言った柊崎の目は、真剣な色を帯びる。 「こういう触れ合いに慣れていないのは、私も同じだ。いや……君以上に慣れていない。私は、ひとと触れ合うのを極力避けてきたからな」 柊崎はあっさりと口にしたが、蓬の胸はひどく痛んだ。 「蓬、そんな顔をしないで……単に事実を語ったまでで……君にそんな顔をさせたくて話したわけじゃない」 柊崎は笑顔を浮かべ、蓬の目元に親指を当て、顔を覗き込む。 「こうして心地よく触れ合える相手がいて……それが本当に嬉しいんだ」 蓬は頷いて、柊崎に笑顔を返した。 彼がとてもしあわせそうで、蓬もそれが嬉しい。 「蓬」 見つめ合ったまま名を呼んだ柊崎は、蓬の顎に指をそっと当てた。 このあとの流れを予想して、思わずごくりと喉を鳴らしてしまい、どうにも顔が熱を持つ。 ……で、でも、だいたいこういうタイミングで、那義さんか弥義さんが現れて…… いつものパターンを頭に思い浮かべた蓬だが、そうはならなかった。 柊崎の唇は、予想した流れの通りに蓬の唇に重なり、心臓がドクンと跳ねた彼女は、ぎゅっと目を瞑った。 重ねられた唇がすっと離れた。 そうなると、そのまま目を瞑っているわけもゆかず、蓬はそろそろと瞼を開けた。 すると、柊崎の顔が、十センチという至近距離にあり、蓬はぎょっとした。 そんな彼女の反応を見て、柊崎は愉快そうに笑いながら、顔を離す。 「もおっ、ひどいです」 柊崎を睨んで文句を言った蓬は、頬を膨らませて俯いた。 こんな風にからかわれて、さらに顔は真っ赤になったに違いない。 そんなみっともない顔を、彼に見られたくない。 「ほら、顔を伏せていないで、上げてほしいな」 頼み込むように言われたが、はいそうですかなんて、素直に顔を上げられない。 「嫌ですっ!」 頑なに言うと、頭を両手で掴まれた。 びっくりした瞬間、無理やり顔を上げさせられる。 柊崎と目が合い、蓬は慌てた。 「な、何するんですか? は、離してください」 頭を掴んでいる手をなんとか引き剥がそうと試みるが、もちろん力で対抗などできない。 「もおっ」 怒って頬を膨らませると、柊崎は嬉しそうに笑う。 「拗ねた顔が見られて嬉しいな」 はあっ? こっちはちっとも嬉しくないんですけど。 「柊崎さんってば」 「ごめん」 柊崎は、ようやく頭を離してくれた。 「でも、君のいろんな表情が見たいんだ」 苦笑しつつ言った柊崎は、どうしたのか急に顔を曇らせた。 「柊崎さん? ……あの?」 気になって問いかけると、柊崎は蓬の耳に顔を寄せてきた。 「ふたりきりなんだ、圭と呼んでほしい」 唇が触れそうな距離で囁かれる。 そのセクシーな響きの声に、蓬は耳たぶにチリチリした刺激を食らった。 「あ……は、はい。圭さん」 ようやく治まり始めていた顔の熱が、また復活してしまった。 心臓もバクバクしすぎて、身体から飛び出してしまいそうだ。 「あ、あの……それで、どうしたんですか?」 爆走状態の動悸をなんとか落ち着かせようと、蓬は両手で胸を押さえつけ、改めて尋ねた。 彼が顔を曇らせた理由が気になる。 「うん? あ、ああ……いや、君のご両親のことを考えてしまって……」 「わたしの?」 明日、ふたりで両親のところに行くことになっているから、それで……? 「おふたりが……私のことを受け入れられないのは、当然のことなんだが……」 蓬は、柊崎に返す言葉が見つけられず、黙り込んだ。 両親は、遠い昔、柊崎が自分に怪我をさせたことを、いまだに許せないのだろうか? そのことがあって、杏子の家を出ることになったようだが、両親はそのことを恨んだりしていないはずだ。 だって、あのペンションでの暮らしを両親は楽しんでいる。 まあ、建物が古くなって、お客様が激減し、経営不振に陥ったわけだけど……いまは、そのペンションも改装中。 両親に謝罪したいという柊崎の求めに応じて、ふたりして電話をかけた。 まずは蓬から、柊崎とのことを必死に伝えたのだが……そのとき自分が、どんな風に伝えたのか、あまり覚えていない。途中で柊崎と代わり、彼は誠心誠意、両親に謝罪してくれた。 もしかすると、そのときの自分の説明が不適切で、両親に悪い印象を与えてしまったのかもしれない。 それ以後も、両親とはひんぱんに連絡を取り合っているのだが、柊崎のことを話題にすると、途端に両親の口は重くなる。 彼のことをなんとか取り成そうとしても、聞く耳を持ってくれないというか……蓬の思いと、両親の思いに、おかしなズレがあるのを感じる。 「すみません」 蓬は、眉を寄せてひどく考え込んでしまっている柊崎に、思わず頭を下げて謝った。 自分の両親のことで、柊崎の心に負担をかけていることが申し訳ない。 「蓬、君が謝ることじゃない」 「でも……。わたしも、両親の気持ちがよくわからなくて……」 娘に怪我を負わせた相手だとしても、ずいぶん昔のことだし、謝罪も受け入れずに相手を拒み続けるなんて、両親らしくない。 「明日、直接お会いするわけだし……なんとか、君との交際を許していただかないと」 「わ、わたしがついてますから!」 思わず元気づけるように言ってしまう。 すると、柊崎の表情が明るくなった。 「ああ、そうだな。君が私の味方でいてくれる」 「は、はいっ」 蓬は返事をし、思わず柊崎の手を取った。そして、力づけるようにぎゅっと握りしめた。 |