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ハッピートラブル
happy trouble

続編


第20話 なぜか予定変更



「アルプリ、アパートまで送って行こう」

抱き締めている腕を解き、柊崎が言った。

「でも……那義さん、自分が戻るまでいて欲しいって……」

「そのことは気にしなくていい。すでに十時だし、明日は君のご両親に会いに行くので朝が早い。君を送って行ったら私もすぐに休む。寝不足で運転するわけにはゆかないからね」

「そ、そうですよね。……でも、那義さん、どうしたんでしょう?」

立ち上がった柊崎に手を取られて、蓬も立ち上がる。

急用のようだったけど……かなり余裕がなさそうだった。

あんな那義は珍しいから、気になってしまう。

エレベーターに乗り込んですぐ、柊崎の携帯に、那義から電話がかかってきた。

「ああ、那義、どうした? 問題は……うん?」

那義が何を言ったのか、柊崎が眉をひそめた。

そのあと、相槌を打ちながら耳を傾ける。

そうしている間に、エレベーターが止まった。

扉が開き、携帯で通話中の柊崎と一緒にエレベーターから出る。

「馬鹿を言うな!」

突然柊崎が大声で怒鳴り、マンションの駐車場に声が大きく反響した。

蓬はぎょっとして足を竦ませた。

「あっ、すまない! アルプリ」

柊崎は慌てて謝罪し、携帯に意識を戻した。

「そんなことはできない。私は……」

気を取り直したように柊崎は言葉を返し、那義の話を聞いている。

「いいか、私はこれから彼女をアパートに送って行くところだ。すでに駐車場にいる。もう切るぞ」

柊崎は、言葉通り通話を打ち切った。

「さあ、行こう」

携帯をポケットに戻した柊崎は、蓬の肩に手を添えて車に向かう。

「よかったんですか?」

「ああ。気にしなくていい」

気にしなくていいと言われても……気になるけど……

柊崎の様子を気にしつつ歩いていると、駐車場内にバイクが入り込んできたらしく、大きなエンジン音が聞こえた。

気にせずに柊崎の車に乗り込もうとしていたら、「若ぁー!」と大きな声がする。

驚いて振り返ると、すぐにバイクが近づいてきて、ふたりの側で止まった。

すっぽり頭を覆っていたヘルメットを脱ぐと、弥義の顔が現れた。

「弥義さん」

「やあ、姫野君」

にっこり笑顔で挨拶した弥義は、すぐ柊崎に向く。

「若、なんか、那義にすぐに帰るように言われて……これから姫野君を送るところですか? それなら俺が……」

「いや、私が送ってくる」

「そう言わずにぃ。せっかく間に合ったんだし、俺に運転させてくださいよ、若。じゃないと、バイクすっ飛ばして帰ってきた意味が……」

「スピード違反は、していないだろうな?」

「ギリギリしてません!」

宣言するように答えながら、弥義はバイクを柊崎の車の一つ向こう隣りのスペースに停めた。

そして、すぐに駆け戻ってくる。

今日の弥義のジャンバーは真っ黒だ。

背中には金糸で般若が描かれていた。

相変わらず派手だなぁと感心してしまう。

「ほんじゃ、若、姫野君も。後部座席に、どうぞどうぞ」

後部座席のドアを開けて、弥義はふたりを促がしてくる。

柊崎は抵抗を諦めたようで、蓬を先に乗せ、自分も乗り込んできた。

車はすぐに駐車場を出て、あっという間にマンションから遠ざかる。

「それにしても……姫野君、泊まるんじゃなかったんですか? 那義からそう聞いたんですけど」

泊まる?

「弥義、口を閉じろ!」

鋭い声が弥義に向けて飛んだ。

弥義は命令に従い、そのまま黙り込む。

柊崎さん、急にどうしたのだろう? そんな風に、弥義さんを叱るなんて?

「あの?」

「なんでもない」

気になって聞いてみようしたら、柊崎は先回りするように言う。

二の句を告げさせない空気を漂わせていて、蓬も黙り込んだ。

「蓬、明日は七時には出発しよう。アパートにまで迎えに行くから、支度を整えて……」

「あれっ、七時って……若、明日は大奥様の家に、二時くらいにって話になったんでしょう?」

「杏子さんの? そんな話は……」

眉を寄せた柊崎は、しばし考え込んでから、改めて口を開いた。

「私は、那義からは何も聞いていない。弥義、どういうことだ?」

「ああ、そうなんですか? なんか、姫野君のご両親は、明日の朝、杏子さんのところにいらっしゃるんだそうですよ」

その話に面食らい、蓬は目を丸くした。

「ええっ? あ、あの、弥義さん……わたし、両親から、そんなこと聞いてませんけど」

「俺も、詳細がわかってるわけじゃなくてさ……なんか、大奥様と姫野君のご両親の間で、そんな話になったらしくて……」

「それでは……私たちは明日の午後、杏子さんのところに行けばいいのか? 弥義」

「そうだと思いますよ。若、すみませんが、詳しいことは那義に聞いてください」

「わかった」

柊崎は気難しい顔で腕を組んで座席にもたれた。

蓬は柊崎を見つめて口を開いた。

「圭さん、わたし、両親に電話して、話を聞いてみます」

柊崎は黙って頷き、蓬の右手を取って握りしめてきた。

アパートに到着し、蓬が車を降りると柊崎も下りてきた。そして、何も言わずに、蓬と肩を並べて部屋に向かう。

部屋の前にやってくると、柊崎はひどく真面目な顔で蓬を見つめてきた。

「場所がどこになろうと同じことだ。君のご両親に、ちゃんと話をしてわかっていただく。だから、君は何も心配しないで……今夜はゆっくりおやすみ」

「は、はい」

頷いた瞬間、唇が重なった。

眩暈がしそうな甘いキスを残し、柊崎は帰って行った。





   

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