] ハッピートラブル happy trouble 続編 |
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第23話 頼りになる友人 「ほらほら、早くぅ。早くかけないと、柊崎さん寝ちゃうよぉ」 丸美からせっつかれ、蓬は顔をしかめた。 お風呂から上がってきたら、丸美が柊崎に電話をしろと勧めてきたのだ。 今夜、両親が来たことを告げ、何を話したかも伝えろと言うのだ。 どんなことも、彼に伝えるようにしたほうが、絶対いいと。 そう言われると、そうかもと思い、電話をかけようとしたのだが、いまの時刻を考えると、ためらってしまうわけで……。 だって、もう深夜零時を回るところなのだ。 「もう夜遅いから……」 「はあっ? あんたたちって、そういう間柄なわけ?」 「えっ?」 「あんたと柊崎さんは恋人同士なんだよ。何を遠慮してんのよ」 呆れたように言われ、蓬は唇を突き出した。 「丸美、柊崎さんが恐いくせに」 そう指摘すると、丸美が一瞬ひるむ。 「な、何言っちゃってんの。わたしじゃないんだよ。柊崎さんの彼女はあんたでしょう。わたしは恐いわよ。だって、会えばきつい説教ばっかり食らってる気がするし……」 憤慨しつつ丸美が言い、蓬はどうにも堪らず噴き出してしまった。 「蓬、笑うなんて失礼だねっ!」 「ご、ごめん、ごめん」 笑いながら謝った蓬は、真面目な顔に戻した。 「かけた方がいいと思う?」 改めて聞くと、無言で大きく頷く。 蓬は思い切って電話をかけた。 しばしコール音が続く。 「……出ないの?」 「う、うん。やっぱり寝ちゃってるみたい」 もう数回コール音を聞き、蓬は電話を切った。 かけるのをさんざん渋ったけれど、出てもらえなかったいまは残念だった。 「まあ、相手が寝てたんじゃ仕方ございませんよ。それじゃ、わたしらも寝ましょうかねぇ、蓬さんよ」 わざと年寄りめいた口調で言い、丸美が「よっこらしょ」と立ち上がる。 蓬も笑いながら立ち、ふたりは居間を出て、それぞれ自分の部屋に向かう。 「丸美、おやすみ。……あの、ありがとね」 「あい、あい」 軽い返事をよこし、丸美が部屋に入ったのを見届け、蓬も自分の部屋に入った。 電気を消し、すぐにベッドに横になる。 今夜のことは、明日、杏子さんのところに行く前に、圭さんに話そう。 ……どんなことも伝えておいた方がいい……か。 丸美って、大事なポイントをわかってるんだよね。 普段、ちゃらんぽらんなのに…… すると、丸美のどじっぷりが芋づる式に思い出され、蓬は堪らず噴いた。 くすくす笑っていたら、隣の部屋にいる丸美に聞こえてしまったのか、トントントンと壁を叩く小さな音がした。 『何を笑ってんのよ』と言いたいのだろう。 蓬は、「なんでもないよ」と口にしながら、壁を軽く叩き返した。 しばらく壁を叩き合いながら、たわいもない会話をする。 そんなことをしている間に、蓬は眠くなってきた。 欠伸をし、トトンと叩きながら、「もう寝るね」と伝える。 「あーい」という返事とともに、同じ合図が返され、静かになった。 暗い天井を見上げ、またこうして丸美と暮らせることに、じんわりとした喜びを感じてしまう。 もちろん、柊崎の家での暮らしよりも、こちらがいいとかじゃない。 どちらとは選べない…… 瞼を閉じた蓬は、いつの間にか眠り込んでいた。 ……う、うん? この音…… 蓬は薄く目を開け、ハッとした。 これって、携帯の着信音だ。 ガバッと起き上り、急いで携帯を取り上げる。 確認したら、やはり柊崎からだった。 慌てて電話に出る。 「は、はいっ」 「アルプリ……もしや、寝ていたか?」 「い、いえ……寝てたと言うほどでは……」 「そうか……やはり起こしてしまったんだな。すまない」 「い、いいんです。わたしが電話したから、かけてくださったんですよね?」 「ああ。仕事をしていて……いましがた風呂に入ったところで、上がってきたら、君から電話がかかっていたので、かけたんだが……電話がかかってから、どのくらい時間が過ぎていたか、確認を怠った」 「かけてもらえて、嬉しいです」 「……そうか?」 「はい」 きっぱり返事をすると、嬉しそうな笑い声が聞こえてきて、しあわせな心持ちになる。 「話したいことがあってかけたのか? それとも、私の声が聞きたくてかけてくれたのか?」 後者ならいいなという含みが伝わってきて、蓬は笑みを浮かべつつも、ちょっと返事に困った。 「も、もちろん、圭さんの声も聞きたかったんですけど……実は……両親がここに来てて」 「ああ。……やはり」 「えっ、あの、圭さん? 両親が来ていたことを、知っているんですか?」 「弥義が気づいた。駐車場に停められていた車のナンバープレート、君の実家の地域のものがあると……」 「あ、ああ」 「それで、ご両親は、今夜はそこに泊まっておられるのか?」 「いいえ。今夜は、杏子さんの家に泊まると、二時間くらい前に帰りました」 「そうか……」 「そ、それで、あの……両親とどんな話をしたか、圭さんに話しておきたいと思って……電話したんです」 そう告げたら、柊崎が黙り込んだ。 「あの……圭さん?」 「いや……ごめん。嬉しくてね」 その言葉に蓬も胸がいっぱいになる。 「圭さん」 「うん。それで?」 「は、はい」 蓬は、両親との会話を思い出せるだけ正確に、柊崎に話して聞かせた。 蓬が大学を休学しなくてもすむように、杏子が援助の手を差し伸べてくれたのだと両親は思っていたということ。 いまの大学に進学することを、両親は賛成してはいなかったと、いまになって聞いたこと。 そして、両親の杏子に対する思い…… 「両親は、杏子さんのことは親のように思っている。……けど、譲れないものもあるんだと……」 「譲れないもの?」 「はい。杏子さんは、ずっと親身になってくれていて……それとは別に、いずれわたしを圭さんに引き合わせるつもりだったって……」 「ああ……そういうことか。……アルプリ、そのことは私も知っていた」 「えっ?」 「あの当時、私はすでに高校生だったのだからね。……杏子さんは、君を、私の結婚相手の候補として見ていた。ただ、君ら家族とずっと付き合いを続けていたことについては、私は知らなかった。だが、弥義と那義は知っていたようだ」 淡々と話す柊崎の言葉を聞いていて、蓬はあることを思い出した。 そ、そうだ。圭さん、わたしに言ったんだった。 結婚相手を、拒否反応の有無だけで決められるなんて、我慢ならなかったって…… だからこそ、小さかった私を拒絶して…… それに、圭さんは、お姉さんにも同じことを言っていた。 拒否反応が大きいか小さいかなんてことで、結婚相手を決めたくないと…… それって、つまり、拒否反応が起きないからってだけで、わたしのことを好きになってくれたわけじゃないってことなんだ。 わたしってば、こんな大事なことを忘れてるなんて…… 嬉しいからなのか、安堵からなのか、胸が熱くなり、涙が込み上げてきた。 「アルプリ?」 「は……はい」 「どうしたんだ? 泣いているのか?」 「ち、違うんです。嬉しくて……」 「嬉しい?」 思わずこくんと頷いてしまい、それでは柊崎には伝わらないことに気づく。 蓬は、笑って「はい」と口にした。もちろん、そんな返事だけでは、柊崎は理解できないだろう。 「母が言ったんです。もしわたしが、圭さんに受け入れられない体質だったとしたら、それでもわたしを愛してくれたと思うかって」 「……」 柊崎は返事に困っているのだろう、黙り込んだままだ。 それでも不安にはならなかった。 「わたし、ショックを受けちゃって……心配した丸美が、理由を聞いてくれて……それで、彼女に話したら、叱られちゃいました。それはちょっと違うよって。それに、問題視する必要も感じないって……それから……」 「それから?」 柊崎が先を促がしてくる。蓬は一拍置いて、言葉を続けた。 「拒否反応が起きなかったことが、始まりだとしても、別にいいじゃないかって」 「君の友人を、私は少々見直さなければならないようだね」 柊崎の声に笑いが混じっているのが聞き取れ、蓬も笑みを浮かべた。 「普段は、ちゃらんぽらんなんですけど、ここぞというとき、頼りになったりするんです」 「頼りに “なったりする”のか? 頼りに“なる”のではなく?」 「はい」 即答したら、柊崎がくすくす笑い出した。彼の笑い声で、蓬の胸はふんわりする。 「いや、実に頼りになる友人だ。いまようやく、彼女の良さを理解できた気がするよ」 「できた“気がする”ですか? ……できた“よ”ではなく?」 柊崎の言葉を真似て言うと、彼は先ほどより声を張って笑い出した。 「蓬……」 「はい」 「私は君のことが愛しくてたまらない。もしも……君のことを、この体質のせいで受け入れられなかったとしたら、今頃私は、不幸のどん底にいるだろうな」 その言葉に、胸がいっぱいになり、涙が頬に零れ落ちる。 「もし、そうだったら。わたしも……不幸のどん底にいます」 受け入れてもらえない体質だったら、そもそもふたりは出会っていなかったに違いない。 けれど、そんなことは問題ではないのだ。いま、ふたりはこうして繋がれている。 そして、互いに心惹かれている。 「蓬、こうして離れているのは辛いな」 「わ、わたしもです」 わたしも圭さんの側にいたい。ずっと一緒にいたい。 「……結婚しないか?」 「は、はいっ?」 「結婚してほしい。なるべく近いうちに」 突然のプロポーズに、蓬は目を見開いて固まった。 |