] ハッピートラブル happy trouble 続編 |
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第24話 本気で、赤っ恥 杏子の屋敷に着いた。 駐車場に両親の車が停まっているのを見て、思わず緊張してしまう。 「蓬」 呼びかけられて、蓬は柊崎と目を合わせた。 「はい」 はっきりとした返事をしたら、柊崎がほっとしたように微笑んだ。 ひとりじゃないんだもの。圭さんと一緒なのだ。たとえ、何を言われてもわたしは大丈夫。 吉野が出迎えてくれ、応接間に案内される。 部屋の中には蓬の両親と杏子がいて、蓬は三人と視線を交わした。 すると、柊崎がすっと前に出て、蓬の両親に向けて深々と頭を下げる。 「お久しぶりです」 「……圭様」 どう言葉を返せばいいのかわからないようで、蓬の父の政志は、呟くように口にした。 そんな政志に、顔をしかめた杏子が、駄目駄目というように両手を振る。 「政さん、依ちゃん、この子のことを、圭様なんて畏まって呼ぶ必要はないわ」 「奥様」 政志は困ったように言う。 「わたしのことも杏子さんで充分。まあ、呼び名については、おいおいでいいけど……」 そう言った杏子は、柊崎に向く。彼は杏子に頷き返し、蓬の両親に歩み寄った。そして神妙な顔で姿勢を正す。 「小さかった蓬さんに、ひどい怪我を負わせてしまったこと、ずっと悔いていました。姫野さん、本当に申し訳ありませんでした」 柊崎は、深く深く頭を垂れる。 両親は返す言葉が見つからないようで、困った顔で黙ったままだ。 「お父さん、お母さん」 蓬は返事をしないふたりに気が揉めて、思わず呼びかけた。 なんでもいいから、柊崎に返事をしてほしい。 「わかってる」 父が言い、気難しい顔で柊崎に向く。 「圭様。もし、あのとき、この子が死ぬことにでもなっていれば、我々は貴方を一生許さなかったでしょう」 「お、お父さん!」 驚いて前に出ようとしたら、柊崎に制された。 「だ、だって……」 「いいんだ」 柊崎にそう言われては、黙るよりない。 蓬は、恨めしげに父を見るしかなかった。 父は、そんな蓬と柊崎を見ていたが、またおもむろに口を開いた。 「だが、九死に一生を得た」 九死に一生と言う言葉に、蓬は目を丸くした。 そ、そんなことだったなんて、聞いていないんだけど…… 焦って柊崎を見ると、彼は歯を食いしばり、身を硬くしている。 「け、圭さん?」 柊崎に呼びかけた蓬は、父に怒りが湧いた。 「もおっ、お父さん、いまさらどうしてそんなことを言うの?」 「アルプリちゃん」 杏子が肩に手を置き、呼びかけてきた。 蓬が振り返ると、杏子は宥めるようにポンポンと彼女の肩を叩く。 「胸にあることを吐き出してしまわないと、この先、遺恨を残すことになるわ。そんなことになっては、アルプリちゃんも嫌でしょう?」 そ、それは…… 蓬は唇を噛みしめ、黙り込んだ。 「この子が助かって、どれほど神に感謝したか……」 母が同意するように頷き、父に続いて話し出す。 「わたしたちは、蓬がとても懐いていた貴方に、あんな形で拒絶されたことで、心にひどい傷を負うのではないかと心配しました。けれど、この子は何も覚えていなかった。圭様、あなたのことは、綺麗に記憶から消えていたんですよ」 母の言葉に、柊崎の表情が苦痛に歪む。蓬の胸もキリキリと痛んでならなかった。 杏子は、遺恨を残すことにならないようにと考えているようだけど……わたしは、こんなふうに、過去を蒸し返して、柊崎さんに辛い思いなんてさせたくない。 だいたい、わたしは何も覚えていないし、こうしてピンピンしているっていうのに。 けれど杏子は、蓬に黙っているように目で注意してくる。 「神様が、蓬のためを思って、そうしてくれたのだとわたしたちは思ったんです。だから、貴方とは、二度と関わらせないようにすべきだと思いました」 母が口を閉ざし、しばし静まり返る。 「圭さん」 この静けさがいたたまれず、蓬は柊崎に呼びかけた。柊崎は蓬に顔を向け、何も言わずに頷いてくれた。 柊崎の瞳には、強い意志がこもっていた。その目を見て、蓬の心は不思議と落ち着いた。 大丈夫なんだ。圭さんを信じて、任せればいい。 するとまた、父が口を開いた。 「圭様。この子が助かり、もう私たちに貴方を責める気持ちはなかった。蓬だけでなく、貴方のためにも、蓬は貴方の前から消えたほうがいいと思ったんです。それで、ここを出ることにした」 「けれどわたしは、アルプリちゃんと圭さんの絆を絶つべきではないと思ったのよ」 杏子が落ち着いた声で自分の考えを述べる。 「私の身体が、彼女には拒否反応を起こさなかったからですか?」 柊崎が杏子に尋ねた。 「ええ。もちろんそうよ」 杏子が身もふたもなく肯定し、部屋におかしな空気が漂う。 すると杏子が顔をしかめて話を続ける。 「いいこと、拒否反応を起こさなかったから、これらのことが起こったのよ。そうでなかったら、圭さんとアルプリちゃんは親しくなってなどいないでしょう?」 杏子の言葉にどきりとし、蓬は息を止めた。思わず母と視線を合わせてしまう。 「拒否反応は起こらず、ふたりは自然に親しくなった。けれど、思春期に入った圭さんは、もともと自分の体質に悩んでいたのが、もっと苦悩するようになった」 「そして私は……アルプリを……」 「ええ、そうね」 「私は、犯してはならない過ちを」 「圭様!」 突然、父が叫び、蓬は驚いて父を見た。 「我々はそんなふうには思っていない。あれは仕方のないことだった。そう思っているんです。……圭様、私たちは、貴方を幼い頃から知っているんですよ」 「それは……ええ」 「私と依子は、この屋敷で出会ったんです。私が働き出して二年後に、彼女が入ってきた」 父が、突然過去のことを話し始め、蓬は面食らった。これまで聞かせてもらったことのない話だ。 「ここで雇ってもらえる条件は、圭様、貴方の拒否反応があまり出ないということだった」 「えっ、そ、そうなの?」 両親がこの屋敷で出会い……しかも、この屋敷で働かせてもらえたのが、柊崎の体質が関係していたなんて…… 「つまり、我々が出会えたのは……圭様、貴方のおかげなんですよ」 なんと言っていいかわからないようで、柊崎は首の後ろに手を当てて、困っている。 「わたしも政志さんも、あなたにとても感謝していました。それに、小さい頃の貴方は、とても可愛くて、わたしたちに懐いてくれていたし……」 その頃の柊崎を思い出しているのか、母はやわらかに微笑んでいる。 「それに私達は、貴方が小さい頃から、その体質のせいで、ひどく苦しむ姿を目にしてきた」 その父の言葉に、蓬は胸がいっぱいになった。 父の、柊崎に対する愛情を感じ、喜びが込み上げる。 「私が、あんな過ちを起こしさえしなければ……」 視線を落とし悔やむように呟く柊崎に、父が「圭様」と呼びかけた。 柊崎が顔を上げると、父は笑みを見せて頷く。 「だが、この子は助かったんです。貴方を恨む気持ちも私たちにはない。ただ、私たちは……圭様、貴方に、娘に対して加害者意識など持っていただきたくない。そして、拒否反応が起きないからという理由から、娘と結婚してもらいたくないんです。貴方のために、そして私たちの娘のためにも」 話が重大な局面になり、蓬は緊張から喉の渇きを覚えた。 みんなが柊崎の返事を待っている。蓬も息を詰めて彼が何か言うのを待った。 「私は……ずっと罪の意識を背負っていました。それは、一生背負い続けなければならないと思っていました。だが……」 柊崎は、身体ごと蓬に向いてきた。蓬も柊崎を見上げた。 「君はすでに私を許してくれている……」 「は、はいっ」 蓬は焦って肯定した。 「そして、君のご両親も許してくださった。……蓬、この罪の意識はもう、必要のないものだと思っていいかい?」 「はい、もちろんです。必要ありません」 「うん」 柊崎は嬉しそうに蓬に頷き、また両親に向く。 「加害者意識など、もうありません。そして私は、彼女を心から愛しています。拒否反応がどうとか気にする必要のないくらいに……」 柊崎は言葉を止め、ひたむきに両親を見つめる。 「信じてもらえませんか?」 必死に言葉にする柊崎に、苦しいほど胸に熱いものが込み上げる。 彼に愛されていると感じる。それが嬉しくてならなかった。 「お父さん、お母さん」 蓬は、両親に向け、おずおずと話しかけた。 「なあに?」 「お父さんとお母さんが出会えたのは、圭さんの体質のおかげだったんでしょう?」 「え、ええ」 「それで、わたしが生まれて……」 胸に中にある言葉を、口にしていいものか物凄く迷ったが……自分を見つめている柊崎を見て、彼女は心を決めた。 「あの、それで、わたし思ったんだけど……」 柊崎は蓬が何を言い出すのだろうと、食い入るように見つめてくる。 見れば、両親も杏子も同じように彼女を見ている。 決心したはずが、ちょっと心が揺らぎそうになる。が、蓬はぐっと踏ん張った。 「わたし、圭さんと出会いたくて、お父さんとお母さんの子どもとして、生まれてきた気がするの」 「は?」 心の底から湧いてくる思いをそのまま吐露したのだが、柊崎は呆気に取られた顔になった。 他の人ならいざ知らず、柊崎のこの反応に、気まずくなる。 顔が燃えてるんじゃないかと思えるくらい熱くなった。 は、恥かしいこと言っちゃった? でも……そう思ったんだもん。 「ありえるわ、アルプリちゃん。きっとそうなのよ」 杏子が大声で叫んだ。そして、唖然としたままの柊崎をじろっと睨み、肘で彼の脇腹を突く。 「あ……」 柊崎は我に返ったように声を出し、それから蓬を見つめて大きく笑みを浮かべた。 「そうか。蓬、君は私と出会うために、この世に生まれてきてくれたんだな」 柊崎の言葉を聞き、強烈に恥ずかしくなった。 「ま、まあ、蓬ったら」 母は顔を赤らめ、恥かしそうに言う。父も苦笑いだ。 本気だったのにぃ~、赤っ恥かいちゃった! ……そこらへんに穴があったら、迷いなく飛び込みたいくらい、追い詰められた蓬だった。 |