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ハッピートラブル
happy trouble

続編


第25話 この瞬間から……



「蓬……あの」

赤っ恥中のところに、柊崎がおずおずと話しかけてきた。

顔がカッカと燃えている現状の蓬は、視線を逸らし気味に、「はい」と呟くように答える。

「庭に……出てみないか?」

何やら、覚悟を決めたような声で、蓬は戸惑いつつ視線を柊崎に向けた。

「庭に?」

「ああ」

柊崎は固い声で返事をする。

そこで気づいたが、何やらみんな表情が硬い。

な、なんなの、急に?

よくわからなかったが、柊崎が立ち上がったので、蓬も腰を上げた。

ドアに向かう柊崎について行くが、両親も杏子も不自然に黙り込んでいる。

柊崎がドアを開けて外に出るのを追いながら、どうにも気になり、蓬は両親と杏子に振り返った。

三人して、蓬をじっと見つめている。

「あの?」

「行ってらっしゃい」

杏子が笑顔で声をかけてきた。

蓬は、「はい」と答え、もう一度両親を見てから、部屋の外に出た。

柊崎は立ち止まって彼女を待っていたが、すぐに歩き出した。

玄関のほうではない。

そちらから庭に出られるのだろう。

いまの部屋から庭は見えたのだろうが、レースのカーテンの向こう側を気にする余裕はなかった。

「あの……なんかいま、みんなの雰囲気がおかしくなかったですか?」

肩を並べて歩きながら、柊崎に聞く。

「それは……私が君を、庭に行こうと誘ったからだろう」

「それが?」

蓬は問い返すように言い、眉を寄せてしまう。

「わからないか」

苦笑するように言われた。

問いなのかと思ったけれど、独り言のようにも聞こえた。

「わからないですけど……お庭って、広いんですか?」

柊崎は眉を上げ、何か言おうとしたが、口を閉じてしまう。

「圭さん?」

呼びかけたが、柊崎は答えず、立ち止まった。

目の前に外に出られるドアがある。

この家は洋館のような造りなのだが、そのドアも洒落ている。赤いおさげにそばかす、エプロン姿の少女が、このドアをパッと開けて飛び込んできそうだ。

そのドアノブに手をかけ、柊崎が蓬を見る。

射ぬくように見つめられ、蓬はどうしていいかわからなくなる。柊崎の目は蓬を見ているのに、違うものを見ている気がした。

「圭さん?」

「うん」

「どうしたんですか? さっきから変ですよ」

そう言ったら、柊崎が少し悲しそうな顔になる。

「えっ? あの?」

「ごめん。そうじゃないんだ」

「そうじゃないって?」

「君は……憶えていないのだな。……そう思うと……苦しくてね」

蓬は目を見開いた。

そ、そうか……わたし、この庭を見るの、初めてとしか思ってなかったけど、そうじゃないんだ。

わたしはここで暮らしていて、この庭で遊んでいたんだ。

もし記憶を失くしていなかったら……

わたし……この家のことをおぼろげにでも覚えているはずなんだ。

そして、圭さんのことも……

「もしかして……こんなふうに一緒に、このドアを出たことがあったり?」

蓬の問いかけに、柊崎が頷く。

そうなんだ。……なんだか、もったいない気分になってしまう。思い出せたらいいのにって……

「あの頃の君は……このくらいだった」

柊崎が、腰の辺りに手をかざす。

いま、圭さんの中では、小さな自分がそこにいるんだ。

胸にじわじわと込み上げてくるものがあり、蓬は泣きそうになった。

蓬は柊崎の手を両手で握り、ぐっと引っ張り上げて自分の頭に載せた。

突然の行為に柊崎は驚いている。

「ほら、こんなに大きくなりましたよ」

冗談めかして宣言するように言う。

蓬を見つめていた柊崎が、ふっと笑みを浮かべた。

その笑みに、胸がきゅんとする。

「本当だ。こんなに大きくなった。そして……いままた、私の前にいる」

「はい。もう、ずっと一緒にいますよ」

柊崎が唇を噛む。その唇が微かに震えているのを見て、蓬は衝動的に柊崎をぎゅっと抱きしめた。

「蓬」

「散歩しましょう。昔みたいに」

蓬は柊崎の手を引っ張るようにして、ドアを大きく開けた。

履物が何足か用意してある。それに履き替え、蓬は柊崎と外に出た。

「わーっ!」

庭を見渡し、思わず歓声を上げてしまう。

なんとも、素敵な庭が眼前に広がっていた。

「こんなに素敵な庭だなんて、思いませんでした」

「泰山木が……大きくなっているな」

「泰山木? どの木ですか?」

「あれだ。行ってみよう」

柊崎が手を差し出してきた。

蓬はその手を握り返し、彼の促がすほうに歩いて行った。

「わあーっ、圭さん、すっごい大きな花が咲いてますよ」

蓬の手のひらより大きい。
花びらは、まるでままごとのお椀のようだった。

思わず笑い零れてしまう。

「かわいいですね。おままごとの器にしちゃいそう」

小さな花びらや葉っぱを入れて……楽しいだろうな。

そう思った瞬間、頭の中で何かがフラッシュした。

白とピンク……手にしているものを覗きんでいる……

えっ? ……いまの?

「蓬?」

「あ、はい」

「どうかしたのか?」

顔を見つめて心配そうに問われ、蓬は首を横に振った。

「ちょっと……思い出せたみたい」

柊崎がひどく緊張した面持ちで、ごくりと唾を呑み込む。蓬は笑って柊崎の手を取り、大きく振った。

「そんな顔しないでください。思い出せるなら思い出したいんです」

「……そうか」

「不安?」

「ああ……」

「でも、わたしは全部思い出したいです。圭さんとの思い出……。わたしの頭の中には、いっぱい詰まってる」

蓬は泰山木を見上げた。

「この木との思い出とか、この庭のあちこちに思い出があるはずで……。きっと素敵な思い出でいっぱいな筈だもの。その中には圭さんもいっぱいいて……」

蓬は口を閉じ、柊崎に向いた。

「どこですか?」

柊崎の目を覗き込むように蓬は問いかけた。

柊崎は蓬の言いたいことを理解したようで、一瞬、びくりと身を震わせたが、自分の手を握り締めている蓬の手を見つめ、そして歩き出した。

「……ここだ」

足を止めてそう口にした柊崎は、記憶に苛まれているかのように、顔を歪める。

「ここですか」

蓬はその場にしゃがみ込んだ。

「えっ?」

衝撃を受けたように柊崎が身を引く。

「そんなふうに驚いたら、お化けみたいじゃなでいすか? わたしはお化けじゃないですよ」

「蓬」

怒ったように柊崎が名を呼ぶ。蓬はくすくす笑った。そして彼に手を伸ばす。

『シュウケイ……大好き』

ふっと頭の中に浮かび上がった言葉……

わたし……そう呼びかけていたんだろうな。

にっこり笑っている、いまよりずっと若い柊崎がぼんやりと浮かぶ。

これはわたしの想像? それとも……

でも、そんなことはもうどうでもいいよね。

過去の記憶を、現在で塗り替えたい。

「ずっと一緒にいてもいいですか?」

お願いするように言ったら、柊崎は痛いほど強く手を握った。

立ち上がせてくれるものと思ったのに、自分もしゃがみ込む。

「えっ?」

「たぶん、窓から見られてる」

「あ!」

くすっと笑った柊崎は、笑みを消して蓬を見つめる。

その眼差しに、心臓がトクトクと鼓動を速めた。

「こんな日がくるなんて……」

囁きとともに、首の後ろに柊崎の指が触れた。

肌の感触を味わうように指先が動く。

彼の指が触れたところがじわじわと熱を持ち始め、頬に伝わってきた。

すると、ゆっくりと柊崎の顔が近づいてくる。

ここはふたりの思い出の庭。たくさんの思い出がここには詰まってる。

それらを思い出せないことに、もどかしさは感じなかった。焦らなくても、いずれ思い出せる気がする。

それに、ここでの思い出は、いまここから積み上げて行けばいいよね。

……唇が触れ合った。

植木に隠れて、秘密のキス……甘いトキメキ。


そう、この瞬間から……





End




プチあとがき

「ハッピートラブル」続編、ここでエンドです。
蓬の記憶、少しずつ戻ってきていますね。
柊崎は、気持ちに整理をつけられたけれど、やはり思い出すと辛いかな。

けど、ふたりはこれから思い出の庭で、いっぱいしあわせな思い出を作って行くことでしょうね。

なんて、もうすべて終わった的な感じでございますが……

まだ終わりません。すみません。笑


続編ではなく、番外編のように、思いつくまま書いてくつもりです。

丸美そっくりの、ハヤテも登場させてないし。那義関係とか、ユールは蓬を男だと思い込んだままだし……思い残しいっぱいなので。


というわけで、ハッピートラブル。続編。
完結までお付き合いくださってありがとうございました!!(*^。^*)


fuu(2014/4/14)


  

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