ハッピートラブル
happy trouble

続編


第4話 意外な面



「悠樹、送ってくれてありがとねぇ」

一緒に並んで歩いてきた丸美は振り返ってかわいらしいポーズを取り、蓬に向って手を上げた。

蓬が自分の彼氏であるとの設定を存分に楽しんでいる丸美に、思わず苦笑する。

ここはコスプレ喫茶『エンジェルカフェ』だ。
丸美の兄夫婦がやっている店で、丸美と蓬のふたりのバイト先でもある。

丸美はこれからバイトだ。蓬の方は、日曜日だけバイトをしている。

「はいはい。バイト頑張りな」

丸美に付き合い、男の子っぽく返してやると、裏口のドアノブに手をかけていた丸美は、こちらに振り返り、「はーい、ダーリン」と言いながら、おどけてくるりんとターンした。

「あわっ!」

「おっと」

突然ドアが開き、ターンの途中だった丸美は、出てきた相手にぶつかりそうになる。

「ま、丸美っ!」

片足立ちだった丸美が転びそうになり、慌てて手を差し出したが、ぶつかった相手が支えてくれた。

「ユ、ユールさん!」

丸美が声を上ずらせて叫び、蓬はどきりとして相手を確認した。

エンジェルカフェのチーフ、ユールだ。

いつものように、隙のない完璧な制服姿。凛々しいったらない。

このひとが高校生だなんて、誰が思うだろう。

それにしても、丸美ときたら……

ユールを見つめるその目、ハート型になっているし。

実は丸美、このユールに憧れているのだ。とはいっても、那義にも同じくらい憧れているようなのだが……

丸美は、ユールが高校生で、蓬が名を借りていた大島悠樹そのひとであることを知らない。

そういえば……と、いまになって気づいたが、こんな風に三人が顔を合せたのは初めてなんじゃないだろうか?

場の悪さにいまさら不安になり、ちょっと冷や汗が滲む。

何も知らない丸美が、何気なしに、蓬が女であることを口にしてしまったら……

那義から、ユールに対しては引き続き男の子の振りをしろと指示を受けているというのに……

バレたところでなんてことないのならいいのだが……那義から、何かしらのペナルティーを科されそうで怖い。

だ、大丈夫だろうか?

蓬は思わず、ユールを見つめて頬を染めている丸美を凝視した。

「ふっ」と、小さく笑ったような声が耳に届いた気がして、蓬はユールに顔を向けた。

どうしたというのか、彼はひどく意味ありげな目を向けてくる。

「ユールさん、どうしたんですか? 店の外に出ていらっしゃるなんてぇ」

丸美は嬉しそうにユールに話しかける。

「ああ。ちょっと野暮用があってね。そうか……君とこんな風に外で顔を合せたこと、これまでなかったね、山本さん」

なんというか……言葉がない。

営業用の微笑みを浮かべたユールは、大人の男性としか見えず、その物腰には品格と余裕が窺える。

高校生じゃないかなんて疑いなど、もたげようがないな、こりゃ。

「は、はいっ。ほんとですね。ほぼ毎日なくらい、ユールさんとはお店で顔を合せてるのに」

「そうだね」

丸美を見つめて微笑むユール。

微笑みかけられた丸美は、蓬が見ていられないほどぽーっとした顔をしてる。

だ、だめだこりゃ。

まったく、頭を小突いて、正気に返らせてやりたい気もするけど……

恋する乙女の気分を味わっている友を、蓬はそっとしておくことにした。

「そうそう、山本さん、君の新キャラコスプレ……えーと、ムンムだったかな?」

ユールが考え込みながら口にし、丸美は途端に気まずそうな顔になった。

その反応に、蓬は首をかしげた。

どうしたというのだろう? ムンムのコスプレ、丸美はとっても気に入って楽しんでいたようなのに……

「あ、ああ……は、はい」

顔をさらに赤らめた丸美は、それを隠すように俯き、もごもごと返事をする。

あらら?

ああ、そうか。ムンムのコスプレは、乙女からはかけ離れたイメージだ。それが憧れのひとに話題にされるのは、恥ずかしいってことか。

丸美、言っとくけど、彼は高校生でわたしたちより年下なのよ。

しかも、素は超最悪性格少年なんだからね。と、心の中で叫んでやる。

このユール、ムーン・ティーラに扮した蓬にはとんでもなく愛想がいいが、実際の蓬には……

「いい感じじゃないか。あのキャラ、君にぴったりだと思うよ」

「そ、そうですかあ」

ぴったりと言われて、嬉しくはなさそうだ。

まあ、気持ちはわからないでもない。

「ああ、とてもかわいい」

ユールは、効果を狙ってじゃないのかと疑いたくなるくらい、やさしい声で付け加えた。

蓬は、かわいいという言葉をもらった丸美の瞳から、ハートがポポンと飛び出たのが見えた気がした。

「そ、そうですかぁ」

先ほどとまったく同じ言葉なのに、甘味の強い丸美の声に、蓬は思わず、うっと詰まった。

それはそれは嬉しそうに、丸美ははにかんでいる。

ちょいと、ま、丸美さん?

だ……駄目だ。この子、完全に彼に魅了されている。

「ああ。……ところで」

ユールはふと思い出したというように、蓬に顔を向けてきた。

「山本さん、彼は君の……?」

「あっ、ち、ち、違うんですよっ!」

ユールから問いかけられた丸美は、突然テンパったように慌て始め、両手を顔の前でブンブン振りながら、否定を込めて叫んだ。

「うん、違うとは……?」

かなりの興味をみせてユールが丸美に聞き、蓬も焦った。

これはまずいんじゃ。

丸美、蓬は女ですから、と真実を暴露しそうだ。

「ま、丸美!」

蓬はユールの側にいる丸美の腕を掴み、自分の方に引き寄せた。

「なっ、ど、どうしたのよ、急に」

「僕ら友達ですよ。なっ、丸美」

「う、うん。そうなんですよ。ユールさん、わたしたち友達なんです。さっき、ふたりでふざけてたのユールさん聞いちゃったかもしれませんけど、あれはごっこ遊びみたいなもんなんです。ねっ、悠樹」

「ああ、うん」

なんとか誤魔化せたようだ。

一難去り、ほっとしていると、身長の高いユールが、すっと蓬に近づいてきた。

真ん前に立たれて戸惑っていると、上から覗き込むように見つめ「姫野」と、急に呼びかけてきた。

「な、なんですか?」

嫌な予感に、またまた冷や汗が吹き出す。

「えっ? な、なんでユールさん、蓬の名を?」

ユールがこれからどうでるのかと、びくついていると、目を丸くした丸美がユールに問い返した。

「ああ、私たちはちょっとした知り合いなんだよ。そうだね、姫野」

ユールは蓬に向けて、ふっと微笑んでみせる。

挑戦的な目だ。

確かに知り合いといえば知り合いだけど……

ユールはいったい何を思って口にしているのだろう?

「ちょっ、……蓬、どういうこと?」

眉をひそめた丸美から問い質され、蓬は顔をしかめた。

「那義さん関係。あとで話すよ」

「あ……な、那義さん? それって……ユールさんも、那義さんを知ってるんですか?」

「もちろん知っているよ」

「へーっ、そうなんだ」

納得したというように丸美は頷く。

「丸美、そろそろお店に入らないと、まずいんじゃないか?」

蓬は丸美をさりげなく促した。

「あっ。ほ、ほんとだ。着替える時間がなくなっちゃう」

慌てて時間を確認した丸美は、一度ユールに顔を向け、「それじゃ、ユールさん、また後で」と声をかけると、裏口に飛び込んでいった。

ふたりきりになり、沈黙が落ちる。

き、気まずい……

「え、えーっと、そ、それじゃ……」

蓬は背後を気にしながら、後ろ向きに二歩下がり、この場からさっさと立ち去ろうと踵を返した。

だが、ぐいっと腕を掴まれる。

「な?」

まだ解放してくれないというのか?

「ユ、ユールさんも、もうお店に戻ったほうがいいんじゃありませんか?」

おずおずと勧めるように言うと、ユールがクックッと笑い出す。

「な、何がおかしいんですか?」

「俺が高校生だって知ってんのに、お前が……ああ、悪い。年上だったっけな……あんたがユールさんなんて呼ぶからさ」

「そ、それは……その格好だと……年上にしか見えないし……高校の制服着てれば、また違うと思いますけど……」

説明している蓬を、何を考えているのかユールはじーっと見つめている。

視線が居心地悪く、もじもじしてしまう。と、ユールが不機嫌そうに眉を寄せた。

「おい、もっとしゃんとしろよ。そんなんだから、彼女にあんなぞんざいな扱いされるんだぞ」

「はい?」

「だから彼女、山本丸美」

裏口の方に、くいっと顎を向けて言う。

「あ、ああ……」

そんなに言うほど、わたし、丸美にぞんざいに扱われているように見えたのかな?

けど、それってつまり、ユールはわたしが男だと信じて疑ってないってことの証明だよね。

「親友以上、恋人未満ってとこか。なあ、お前さ、……じゃない。あんたさ、もう少し頑張らないと、他の男に彼女を取られるぞ」

お、おや、意外。わたしの心配をしてくれるとは……

まあ、勘違いなんだけど……

しかし、憧れの人に誤解されたままってことになるんじゃ、丸美が可哀想だ。

うまくいく可能性があるかは別として、ここは、すっぱり否定しといてやるか。

「丸美は、ほんとに彼女とかじゃないんで。恋人未満とかないです」

「なんだ、そうなのか。……つまんねぇな」

つ、つまんねぇ?

「あの、それはどういった意味で?」

「いや、山本さんにちょっかいかけて、あんたをヤキモキさせてやろうと企んでた」

そ、それはまた……

驚いたものの、蓬は笑いが込み上げてきた。

「ふふ」

「なんだ、何がおかしい?」

「企んでたこと、そんなに簡単にばらしちゃうんだと思って」

「ああ、もう意味がなくなったから……けど、仲良いんだな。男女の友情なんて、成立するのか?」

「まあ、成立してますよ」

実は女同士だという種明かしはできず、申し訳ないが。

「やっべ、マジで時間になる。ほら、姫野、これ」

内ポケットから取り出した用紙を、ユールは蓬に差し出してきた。

蓬は反射的に受け取り、「ありがとうございます」と頭を下げる。

そうだった、これを受け取るために、丸美を送ってきたというのに……ユールのふいうちを食らい、すっかり頭から飛んじゃってた。

「忘れてました」

「おいおい、忘れるなんてありえないだろ。これ受け取るんで、あんた、ここに来てんだろ?」

「そうですよね」

蓬は照れ笑いして頭を掻いた。

驚いたことに、ユールが楽しそうに声を上げて笑い出した。

この雰囲気、ユールでも大島悠樹でもない。

「おもしれぇやつ。マジで同い年だったら、俺ら、それなりにダチなれたかもな」

「そ、そうですか?」

ユールと……いや、大島悠樹とダチなんて……想像ができない。

もしそんなことになったら、子分扱いで、彼のいいように使われそうだ。

「だが……実際はライバルだ。お前にだけは負けないぞ、姫野」

宣戦布告したユールは、蓬の隙をついて頭を小突くと、にやりと笑って裏口に姿を消した。

ひとりになって、思わず息をつく。

なんだかおかしくてならない。

いまのやりとりで、ユールと大島悠樹が、蓬の頭の中で合わさって、また別の人格を持ったみたいだ。

ちょっと、蓬、駄目駄目。

ただでさえやっかいな人なのに、三人に増やしてどうするのよ。

蓬は自分を叱りつけ、アパートに向かって歩き出した。

それにしても、ユールの意外な面を見られたのは、大きな収穫だったかもしれない。





   

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