ハッピートラブル happy trouble 続編 |
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第6話 特別な褒美? 聞きたいことはいっぱいあったのに、結局、ひとつも答えをもらえぬうちに、柊崎のマンションに着いてしまった。 もちろん、柊崎の側に早くいきたいし、彼の顔を間近に見て、本人の口からどうしたのか聞けたほうがいい。 けど、濡れネズミ貴公子についての情報も、欲しかった。蓬が男か女か突き止めるまで、彼は何度でもやってくるんだろうし…… 車は停まったが、柊崎と杏子の乗っていた車は近くにない。あちらは、マンション前でふたりを降ろしたようだった。 「那義さん、わたしはこのまま柊崎さんの部屋にゆけばいいんですよね?」 車の外に足を踏み出しながら、蓬は那義に尋ねた。 「いえ、まずは私たちの部屋に来てください」 蓬は顔をしかめた。 「でも、柊崎さんのことが心配なんです。早く会いたいんですけど」 早く会わせてやろうと、迎えに来てくれたのだと思ったのに、そうではなかったのか? 「普通でないことがお好きなのですよ」 「は、はいっ?」 普通でないことが好き? って、誰が? いや、そもそもそういう発言に至った理由は? 口から問いが飛び出す寸前、ためらい、蓬は口を閉じた。 ここでその問いを口にしたら、またさっきと同じように、くどくど小言を言われそうだ。 問う前に、まずは自分で考えて、答えを導き出してみろと。 考えながら、先に歩き出した那義のあとについてゆく。 だけど……手にしてる札なんてあるっけ? 普通でないことがお好き……? あっ、そうか。那義さん、好きに「お」をつけてる。 那義さんが尊敬語を使っているのだから、相手はかなり絞られる。柊崎さんに杏子さん…… とすると、もう答えはひとつじゃないかな。 『普通でないことがお好き』なのは、間違いなく杏子さんに対する言葉。 うわっ、ちょっと考えたら答えが出ちゃった。 ちょっと感動かも! まあ、簡単な推察の結果だったわけで……さすがに喜び過ぎ? だけど、こういう風に考えてみようとしたことなかったから…… あまり認めたくないけど、案外面白い。 「姫野さん」 那義からふいに呼びかけられ、蓬は驚いて顔を上げた。 見ると、すでにエレベーターの前にいる。 「な、なんでしょうか?」 「考え込んでいたようですが……何を考えていたんですか?」 「は、はい。那義さんに言われたように、手にしている札で、答えを導き出してみようかと、ちょっと……その、レッスンみたいなことを」 照れつつ白状する。すると、那義は感心したような表情になる。 「ほおっ、貴女はやはり見込みがありますね」 見込みあり? 「そ、そうですか?」 那義に褒めらるとは……思わずテンションが上がる。 歩みを止めて話していた蓬は、怪訝に思い那義を見つめた。 どうしてここに立ち止まったままでいるのだろう? 「那義さん、エレベーターに乗らないんですか?」 「おやおや、答えを導き出したというから……」 期待が外れたと言わんばかりに、那義はつまらなそうに言う。 「えっ? な、なにが?」 「では、まず、貴女がどんな答えを導き出したのか、聞かせてみなさい」 那義の声には威圧感と、百歩譲ってやろう的な響きがあった。 比喩的な表現にすると、顎の下にグローブをはめた手を当てられ、じりじりと突き上げられている感じ。 やられていることにムカムカするのに、反撃は怖くてできない。 「それは……普通でないことがお好きなのが誰なのかってことで、それはきっと、杏子さんだろうと」 「正解です」 那義は、ひとさし指を立てて高らかに言い、少し考える素振りを見せてから、「三ポイントさしあげましょう」と付け加えた。 なんなんだこのひとはいったい? と思う一方で、ポイントのことが気になる。 三ポイントまたもらったってことは、さっき十ポイントもらったから、合計十三ポイント。 これって、百ポイント貯まったら、何か景品と交換してくれるとかなの? ムカムカが残っているせいで、八つ当たり気味に考える。 「そうですよ」 「は、はい? な、何がそうなんですか?」 わたし、いま何も言ってないよね? 「ポイントですよ」 そ、そのとおりなんだが…… えーっ、わたしの頭の中って透けて見えてるの? それとも特殊能力で覗いたの? 目を剥くようにして那義を見つめていると、彼は首を傾げながら口を開く。 「いま貴女は、そのことを考えていたのでしょう? 貯まったら、いいことがありますよ。頑張りなさい」 にこやかに言われ、戸惑う。 いいことってなんなのだ? 「景品もらえるんですか? 百ポイントくらい貯まったら?」 「引き換える景品によりますよ」 「は、はい? ほ、ほんとに景品もらえるんですか?」 冗談のつもりだったのに…… 「わざわざ聞き返して確認を取らずとも、そう言っています」 そっけなく言われて、ちょっと怯んだが、もうちょっと知りたい。 「あの、景品って、いったいどんなものなんですか?」 頑張って食い下がる。 「景品については、景品と引き換えられるポイントまで到達したら、お知らせします。そこで引き換えるか、引き換えずにさらにポイントを加算してゆくかは、貴女次第です」 ……那義さんって、おもしろいことを考えるひとだ。 「あの、ひとつ質問があるんですけど」 「言ってご覧なさい」 居丈高に言われ、ついへこへこしそうになる自分を奮い立たせる。 「みんなポイントを貯めてるんですか? 那義さんが養成している部下の方たち」 「もちろんですよ」 へーっ、ということはあのユールもポイントを? 思わずぷっと噴き出してしまった。 なんか笑える。あの精悍な風貌のユールさんが、景品をもらいたいがためにコツコツポイントを溜めてるだなんて。皮肉屋の大島悠樹のほうでも、そういうタイプじゃないし。 今度ユールさんに会ったときに、ポイントのこととか、なんの景品をもらったのか聞いてみよう。 うわっ、断然興味が湧く。 景品というと、雰囲気的にプラモとかだったりしそうだけど、そんなのじゃないだろう。 なんか、すっごい那義らしい特殊なもの。 あっ、那義さんがいま着ている執事っぽい制服にくっつけてる飾り……このバッジみたいなのとか、ユールさんではなく、大島悠樹のほうなら欲しがりそう。 大島悠樹は、那義さんに心酔してるようだから…… 「姫野君」 「はい」 「ポイントについて、ほかの者と話題にしてはいけませんよ」 まるで心を読んだかのように言われ、蓬はぎょっとした。 「やはり考えていましたね」 またまた見透かされてしまったようだ。 「は、はあ。すみません」 「いえ、当然考えるだろうと思ったので、それは駄目だとお教えしたまでです」 那義はそこで軽く眉を上げ、「では、ゆきましょうか」と、蓬を促がしてきた。 エレベーターの扉が開き、那義に続いて乗り込む。 そのとき、ふいに、なぜしばらくの間ここで立ち止まっていたのか、ピンときた。 「那義さん、エレベーター前でしばらく待機していたのは、柊崎さんや杏子さんと会わないようにするためですか?」 「おやおや、貴女ときたら、景品がもらえるとわかった途端、稼ぎますね。うむ、これは五ポイントですね」 身体が上昇してゆく感覚を味わいながら、蓬は笑みを浮べた。 何かわからないが、考えて答えを出すと、簡単にポイントが加算されるみたいだ。 これだったら、最初の景品も近いかも。 景品をもらいたいというより、いったいどんな景品をもらえるのかが知りたい。 「ああ、もうひとつ。私の部下たちと、会話は自由にしても構いませんが、私について詮索するような真似は、やめた方が賢明ですよ」 「わ、わかりました」 脅されているような気がして、蓬は固くなって答えた。そんな彼女を見つめていた那義は、眉を寄せて首を横に振る。 「いえ、貴女はわかっていませんね」 「えっ?」 エレベーターが止まり、扉が開く。 「なぜそんな警告をしたのか、取り違えている」 そう口にしながら、那義はエレベーターから降りた。 彼に続きながら、蓬は空っぽな自分の頭に手を置いた。言われていることが、さっぱり呑み込めない。 「すみません、意味が?」 「私について知らないということを、他の者に暴露しないほうが良いということですよ。知らなかろうが、自分は知っているというスタンスを取っていたほうが、ことは貴女の有利に運びますよ」 説明する那義は、蓬が駆け足になるくらい早く歩く。 「それ、みなさんに言っているんですか?」 少し息を弾ませながら、蓬は聞いた。那義たちの部屋の前に着き、すぐにドアが開けられる。 「さあ、早く入りなさい」 「は、はい」 玄関の中に入った那義は、蓬をじっと見つめてきた。こんな至近距離で見つめられては、ドギマギしてしまう。 「貴女は特別です」 真剣な眼差しで、囁くように言われ、心臓がもんどり打った。 な、なに? なになになになに? 思い切り引いていると、那義は口元に拳を当て、咳とも笑いを堪えているとも思える仕種をする。 く、くっそーっ! からかわれたんだ! 顔を真っ赤にして怒っていると、那義は何事もなかったかのように、クールに話を再開した。 「貴女の場合、もともと不利なのです。少しは有利にして差し上げようという、私の心遣いですよ」 不利だ有利だってのがどういったことを指すのかもわからなかったが、翻弄され過ぎてもうこれ以上聞く元気がない。 那義さんとの会話って、ほんと疲れる…… 「そ、そうですか。ありがとうございます」 会話を終了させようという腹づもりで頭を下げると、くくっと那義が笑う。そして家の奥に入ってゆく。 疲労感を引きずりながら蓬は彼に続いた。 広々とした部屋に入ると、「どうぞ、ソファに」と勧められた。那義のほうはキッチンに入ってゆく。 「あの、飲み物とか用意するのでしたら、わたしが」 「いえ、ここで貴女が働く必要はありません。貴女は若の食事担当ですからね」 しばしキッチンでの物音を聞きながら、蓬は座り心地の良いソファで落ち着きなく座って待った。 那義が出してくれたのは、小ぶりのフルーツパフェだった。ワイングラスを使用しているようだ。喫茶店のパフェのように大きくはないが、とても豪華に盛り付けられている。 「す、すごいですね」 「さあ、どうぞ」 にこやかに勧められ、物凄ーくためらいが湧いた。 こ、これって、なんかイヤーな予感が…… 「正解です」 「えっ?」 面食らって那義を見ると、愉快そうに笑っている。 「貴女は本当に読みやすい。表情に全部出ますね」 ええーっ! そんなこと言われたら、この先、那義さんと話すのが恐いんですけど。 顔を伏せていたら、楽しそうな笑い声が聞こえ、蓬は渋い顔を那義に向けた。 「安心なさい。詳細に読めるわけではない。それは買収のためのアイテムです。これからお願いしようと思っていることを、貴女はたぶん素直に受け入れてくれないでしょうから」 「断りたかったら、断れるんですか?」 その問いに、那義はなかなか答えない。 沈黙が続き、目の前のパフェが気になる。 アイスクリームが溶けちゃうんですけど…… なんかまた嵌められてる気がした。 アイスクリームが溶けようが、パフェを食べなければ断れる。けど、溶けるアイスクリームを気にして食べてしまったら…… だって、このパフェは買収のためのアイテムだと、那義はきっぱりと公言したのだ。 食べてしまったら、わたし買収されますと言ったと同じ。 け、けど……わたしが食べなかったら、那義が食べるわけもないし、このまま捨てちゃうに決まってる。それはいくらなんでももったいなさすぎる。 ど、どうしよう? 「苦悩していますね。仕方がない。もうひとつプラスしましょうか。……そうですね、頼みごとを引き受けてくれるなら、十ポイントに加え、特別な褒美として、これも差し上げましょう」 那義は、先ほど蓬が、大島悠樹なら欲しがりそうだと思っていたバッジを外す。 蓬は面食らった。特別な褒美って…… いやいやいや、こんなもの欲しくないし。もらえてもぜんぜん嬉しくない。 頭の切れるひとなのに…… やはり那義は、常人からかけ離れているようだった。 |