ハッピートラブル
happy trouble

続編


第7話 秘伝が報酬



ううーっ。

蓬は、目の前のパフェを見つめ、顔を歪めた。

パフェのアイスクリームは、美味しく食べられる限界にきてしまっている。

これ以上放置したら……

けど、やっぱり、どんなことをやらされるかわからないというのに、食べるのは愚かだ。

それにしても、自分はこんなに悩んでいるというのに、那義は平然としている。

この差に理不尽なものを感じて、蓬はちょっとむかついた。

「那義さん、頼みごとがどんなものか先に話してくれないのであれば、パフェが無駄になろうとも、断固拒否させていただきます」

蓬はきっぱり言った。

ここには溶けかけのパフェなどないと思うのだ。絶対に、聞かずに承諾などできない。

パフェから視線を逸らし、眉間を寄せて那義を見ると、彼は一度ソファに座り直してから、蓬に目を向けてきた。

「うむ。少々意外な結果でしたが……。案外、冷静な判断をくだせるようですね」

「は?」

「それは食べてくださっていいですよ」

「え?」

「ほら、早く食べないと溶けてしまいます。無駄にしてしまうのは、私も本意ではありません。もう取引の道具になどしませんから、食べてしまってください。貴女がそれを食べ終えたら、頼みごとの内容を話させていただきましょう」

なんだか、話が先に進んだようだ。

それでもためらいから手が出せずにいたら、那義が立ち上がった。

「少し、座を外します。戻ってくるまでに食べ終えていただけるとありがたい。では」

那義はすたすたと歩いていき、ドアの向こうに消えた。

ひとりになり、誰もいない部屋の中を見回し、パフェを見る。

グラスの縁からアイスクリームが垂れかかっている。

蓬はおずおずとパフェを手に取り、添えてあるスプーンで、一口頂いた。

「お、おいしっ」

何が違うのか、これまで食べたパフェと、ひと味ふた味違うって感じだ。

でも……

蓬は首を捻った。

那義さんって、あまり料理が上手じゃないって話だったのに……

このパフェを食べた限りでは、そこらのシェフより腕がいい気が……

これって、たまたま? それとも、デザート系だけは得意とか?

気づくと、いつの間にやら完食していた。

あーあ、なくなっちゃった。

あまりに美味しくて、つい空になったグラスを覗き込んでしまう。

また食べさせてもらえたら嬉しいけど……

グラスを置いたところに、那義が戻ってきた。

「食べ終えましたか?」

「は、はい」

姿勢を正し、那義に向く。

歩み寄ってくる那義は、紙袋を手にしている。

「あの、パフェ、とっても美味しかったです。これって何か、コツがあるんですか?」

「ええ。秘伝のレシピが」

「秘伝?」

「教えてほしいのですか?」

「は、はいっ。それはもう、そんなものがあるのなら。教えてもらえるんですか?」

瞳を輝かせて食いついたが、那義は首を横に振る。

「秘伝ですからね。姫野君、そう簡単にお教えできませんよ」

「あ……そ、そうなんですか」

気落ちしてしまい、蓬は肩を落とした。

うん? 教えられないと言うのなら、なぜ、教えてほしいかと聞いてきたのだろう?

腑に落ちなかったが、どうしてと聞いたところで、答えをもらえそうもない。

「……あの、キッチンに入ってもよいですか? このグラスを洗わせて……」

「ああ、それはそのままで。私がやりますから」

「で、でも……」

「それより、頼みごとを」

「そ、そうでしたね。それで、わたしに頼みって、なんなんですか?」

「これを着ていただきたいのですよ」

那義は、いま持ってきた紙袋をテーブルに置いて言う。

「着る? これって服なんですか?」

「ええ」

いったいこれはなんの服なのかの説明を待つが、那義は口を閉じたたままだ。

「開けてみたほうがいいんですか?」

「もちろんです。さあ、遠慮せずに開けてください」

正直、遠慮とかしていないし、開けたいってわけじゃない。だが、開けないと話が続かないようだ。

「那義さんの頼みごと、杏子さんに関係したことなんですよね?」

那義は、「ええ」と答えて軽く頷く。

紙袋の中に手をつっこもうとしたところで、思い出した。

那義の口にした『普通でないことがお好き』という言葉。

つまり、これって、普通でないものが入っているってことじゃないのか? 普通でない服が。

普通でない服がどんなものなのか、眉を寄せて思い浮かべてみる。

杏子さんを喜ばせる服ってことよね?

ならば、そんなにビビらなくてもいいんじゃないだろうか?

けど、笑いものになるような服なら、着たくない。柊崎も当然見ることになる。

「見てから、決めればいいんですよね?」

那義に向けて、強く念を押す。

「ええ。それで構いませんよ」

案外あっさり了承してくれたが……そのぶん、不安が湧くのはなぜなのだ?

ともかく、開けてみるしかないかと、蓬は躊躇いながら紙袋の中に入っている箱を取り出した。

テーブルの上に置いて、蓋を開ける。

うん?

「これって……?」

ド派手な色を想像していたため、ちょっと拍子抜け。

なんだか制服っぽい。しかも……

蓬は顔を上げて目の前の那義を見つめた。いや、正確に言うと、那義を見たのではなく、那義の服。

「な、なんか……似てるようですけど」

「それはそうでしょう。ほぼ同じデザインなのですから」

「な、なぜ?」

「楽しいでしょう?」

た、楽しい?

「あの? 何が楽しい……んでしょうか?」

「今回の貴女の役どころは、アンダー・バトラーですよ」

「は、はい? あ、あんだーばとらー?」

「……執事補佐ですよ」

少し眉をひそめていた那義が言う。

「シツジホサ?」

「理解できていないのではないかと危ぶまれる発音でしたが……まあ、いいでしょう」

いや、こっちはよくはないのだ。
それがなんなのかはっきりと教えてもらえないと……

「シツジホサって……あっ、執事……補佐?」

「おや、今度は理解できたように感じますね」

「あの……いまさらですけど、那義さんって、柊崎さんの執事さんなんですか?」

「姫野君、『執事』に『さん』をつける必要はありませんよ。……いいえ。私は、若の補佐官ですよ。正式な執事ではありませんが、真似事をさせていただいております」

「真似事?」

「はい。今回、その真似事の執事補佐を、姫野君にやっていただこうかと、お願いしている次第です」

「杏子さんを喜ばせるために?」

「そのとおりです。どうでしょうか? 引き受けてくださいますか?」

蓬は、執事補佐用だという制服を見つめた。

なんか、よくわからないが……蓬がこれを着れば、杏子に喜んでもらえるらしい。

「わかりました。でも……わたし、笑い者になったりしませんよね?」

「そのようなこと、あるわけがありません。与える役は、凛々しいアンダー・バトラーなのですから」

そんな感じで、那義は力強く請け合ってくれるが……

アンダー・バトラーは、笑い者になどなりえないというのは、那義の思い込み限定ではないだろうか……

「それだと、楽しいことになる要素って、どこにあるんですか?」

「おや、貴女らしくない、小賢しいことを言い出しましたね」

こ、こざかしい?

「こざかしいことも言いたくなります。その……柊崎さんに、笑われるのは、い、いやですから」

口ごもりつつ、蓬はぼそぼそ言った。

「若は笑ったりなさいませんよ。まあ……反応として予想できるのは……」

予想を今考えているらしく、那義は目を閉じて黙り込んだ。

返事の続きを待つが、答える様子がない。

「那義さん、どうして黙ってるんですか?」

「いえ……私への叱責。ですよ。貴女にはなんら被害はないだろうと予想できました。ですから、安心してください」

とても安心できるような内容ではなかった。

「やっぱり、もう……」

「仕方がない」

言葉を遮るように那義が言い、蓬は言葉を止めた。

「えっ、諦めて……」

「秘伝のレシピをお教えしましょう」

秘伝? それってつまり……

「パフェの?」

「ええ……背に腹はかえられません」

那義は苦悩するように言う。

背に腹をかえなきゃならないような、重大な局面なのか……これが?

「あの……これって、今回一回こっきりなんですよね?」

「もちろんそうですよ。何回もやっては面白みがありません」

一回か……それで秘伝のレシピが手に入る。こちらは永久……

パフェ以外にも、色々なデザートにアレンジできそうだし……

そしたら、柊崎さんも喜んで……。うん?

「あの、那義さん?」

「なんでしょうか?」

「那義さんって、お料理、お得意ではなかったですよね?」

那義はくいっと片眉を上げた。

「その話は、いまはよいでしょう。それより、そろそろどうするか決めてくださらないと、時間がどんどん過ぎてしまいますが……」

確かに……

「わかりました」

蓬は心を決めて頷いた。





   

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