苺パニック


注:こちらのお話は、書籍になるにあたって削除されたものです。
  サイト掲載時のものを、改稿してあります。

  書籍になるにあたって、大きく改稿したために、書籍の内容とは異なっています。
  そのことを踏まえた上で、お楽しみいただけたら幸いです。


                        
その12 持ち越しで



「そいじゃ、五枚でやるポーカーでいいですね?」

「ええ。そうしましょう」

店長さんはすでにトランプを綺麗に揃えていて、見事な手さばきでシャッフルし始めた。

おおっ!

形のいい長い指の動きに目が奪われる。

そういえば、善ちゃんもトランプを切るのうまかったんだよね。

三人でババ抜きしてるときは、ずっと善ちゃんがトランプをシャッフルして配ってくれてた。

善ちゃんのことも、うまいもんだなぁと感心したんだけど、店長さんのほうがもっとうまいかも。

どっちの手つきも優雅だけどね。

店長さんと善ちゃんは貴族シャッフル、苺は庶民シャッフルってやつだな。

「何を考えて、ひとりで頷いているんです?」

知らぬ間にうんうんと頷いてしまっていたらしい、指摘されて苺は店長さんと目を合わせた。

「うまいなあって思って」

「ああ、トランプのシャッフルですか?」

「はい。慣れてる以上のうまさですよ。貴族みたい」

「面白いことをいいますね」

苦笑しつつ、店長さんはトランプを配る。

苺は五枚のカードを取り上げた。

それからはポーカーに熱中した。ふたりの運は同じくらいなのか、勝負はほぼ互角だ。

勝ったり負けたりで、とっても楽しい♪

勝負ってのはこうでなくちゃね。

「苺、何か賭けてやりませんか? その方が勝負も面白くなりますよ」

「ほほお、そいつはいいですねぇ。でも、何を賭けるんですか?」

「何がいいかな。苺、何か欲しいものはありませんか? それを賭けましょう」

欲しいもの?

苺は腕を組み、眉を寄せてうーんと考え込んだ。

いつもなら、イチゴヨーグルトって即答しちゃうとこだけど……

ここはお屋敷じゃないからねぇ。

うーん、うーん、うーん。

いくら考えても思いつけない。

「たくさんありすぎて、決められないのでしょう?」

くすくす笑いながら言われ、苺は違う違うと手を振る。

「うん?」

「思いつけないんです。欲しいものって、いまのところ別にないんで……」

「なんでもいいのですよ。たとえば……洋服とか、靴とか、バッグ。ほら、色鉛筆も欲しいと言っていたのではなかったですか?」

確かに、色鉛筆は欲しいと思ってる。けど……

「色鉛筆は、いずれの楽しみに買うからいいんです。だいたいトランプの賭けの賞品なんだから、そんな高いものじゃおかしいですよ」

「おかしい……ですか?」

賭けの賞品を頭を絞って考えながら、苺は「はい」と頷く。

「おかしいのか……」

その呟きに、顔を上げて店長さんを見ると、なぜか、心ここにあらずで宙を見つめている。

うん? 店長さん、どうしちゃったんだ?

苺は首を傾げ、店長さんの目の前で手を振った。

一瞬遅れて気づいたかのように、店長さんは苺に目を向けてきた。

「苺、なんです?」

「どうしたんですか?」

「どうしたとは? 私はどうもしていませんよ」

そうなのか?

「なんか、考え込んでたみたいに見えたから…」

「召使いになるというのはどうです?」

店長さんが急にそんな提案をしてきて、苺は面食らった。

「はいっ? 召使い?」

「ええ。負けた方が、召使いになるんです」

「で、でも、召使いって、何をやらされるんですか?」

これは、前もって確認しておいたほうがよさそうだ。

「もちろん、命令されたことはなんでもですよ。例えば、お茶が飲みたくなったら、お茶を入れてこいとか、命じられるわけです」

なんだ、そんなことか……

それって、苺がさんざん店長さんにやらされてることじゃないか。

それも、メイド服まで着せられて。

苺は、心の中で、にっと笑った。

「店長さん、それいいです。それにしましょう」

勢い込んで言う。

勝敗は運。

さらに苺は、負けたとしても、これまでと同じことをするだけ。けど、店長さんが苺の召使いになったら……

(ほら、お前、お茶を飲みたいわ。ぐずぐずせずに、さっさと淹れてきなさいっ!)

てな感じの超上から目線で、命令できるってことなのだ。

けど、店長さんは、賭けに負けた身、むっとしたくても、できないわけで……

こりゃあいい!

「ねぇ、店長さん?」

「なんです?」

「召使いになる以上は、苺はメイドさんの服を着るし、店長さんも召使いの衣装にチェンジするんですよ」

「召使いの衣装? ……それは、執事でもよいのでしょうか?」

「そう、それそれ。執事ですよ」

「わかりました。では、先に十回勝ったほうが勝者ですよ」

苺は大きく頷いた。

胸は期待でワックワクだ!

こうして、召使いを賭けた勝負の幕は、切って落とされたのだった。





手にした五枚のカードを眺めている店長さんを見て、苺は口をヒクヒクさせた。

もう、苺の勝ちは決まったも同然だ。

苺は、胸をドキドキさせながら、自分の手元の五枚のカードを、出来うる限り澄まし込んで見つめた。

エースがなんと四枚。フォーカードだ。

これまで五勝四敗。十回勝負だから、今回苺が勝てば苺の勝利。

そして苺は、店長さんを召使いにできるのだ。

店長さんは、自分の負けを感じているのか、なんとなく憂い顔になっている気がする。

「店長さん、もうカードの交換はいいですか? 勝負ですよ」

にやつきそうなる顔を、必死に取り繕い、苺は言った。

「ええ。今回、私が勝てば、引き分けですね。その場合、どうしますか?」

苺は眉をひそめた。

店長さんときたら、まるで自分の勝ちは決まってるみたいな言い方をする。

「最後にもう一回やりますか? もう就寝の時間ですが…」

「これで勝ちが決まるから…」

勝利を確信していたため、思わずそんな言葉が転がり出してしまい、苺はハッと気づいて口を噤んだ。

「おや?」

「ああ、あ……勝負が決まるかもしれないって……こ、ことですよ」

「ふむ?」

店長さんは目を細め、苺をじっと見つめてくる。

誤魔化そうとしていることが気まずく、苺はもじもじしてしまう。

「まあいい。それでは、とりあえず、勝負といきましょう」

「オ、オッケーですよ。そ、それじゃ」

「ええ」

苺が出す前に、店長さんがカードをスマートに出した。

三枚並んでいるカードは、すべて5。

スリーカードだったらしい。
それで、店長さん自信を持っていたのだ。

だが、苺はフォーカード。

苺はにししと胸の内で笑い、四枚目を出し惜しみし、まずはエースを三枚出した。

「ほお、苺はエースのスリーカードでしたか」

「むふふん」

苺は胸を逸らした。

だが、これで終わらないのだぞ。

苺が四枚目のエースを出そうとしたところで、店長さんは、先ほどの三枚の横に、もう一枚カードを出した。

また5のカードだ。

なんと、店長さんもフォーカードだったらしい。

「ええっ、店長さんもですか?」

「うん?」

苺の驚きの言葉に、店長さんが眉を上げる。

そうか。店長さん、フォーカードだったもんで、勝ちを確信してたんだ。

なんか、喜びに水を差すようで悪い気がしちゃうけど……勝者になっちゃったもんは仕方がないよねぇ。

「ごめんですよ。苺、勝っちゃって」

苺は申し訳なさそうに言いつつも、にやけながら最後のエースを出した。

「ふむ」

「店長さんの負けってことになっちゃったですね」

えへへと笑いながら言った苺に、店長さんはぐっと顔を近づけてきた。

至近距離の店長さんは、不敵な笑みを浮かべ、苺の鼻先に最後のカードをかざす。

「な、なんですか?」

おたおたしつつ聞いた瞬間、そのカードがパチンという音とともに、苺に向いた。

へ、へっ?

ジョーカー?

「5のファイブカード。出来過ぎでしたね」

出来過ぎ?

出来過ぎなんてもんじゃないよ!

「あ、ありえませんよっ。そんなのが集まるなんて!」

怒鳴った途端、店長さんの綺麗なラインを描いている眉が険悪な形に反る。

「まさか…この私が、いかさまをしたなどと、おっしゃいませんよね?」

不穏な言葉で囁くように言われ、苺は震え上がった。

「ま、まさか、お、お、思って……な、な、ないですよ」

「苺の瞳には、疑いの色が浮かんでいるように見えますが?」

瞳を覗き込まれ、苺は思わず両手でごしごしと目をこすった。

「苺、そんな風に、乱暴にこすってはだめですよ」

両手を掴まれ、そのまま下される。

「だ、だって…」

「それで? 勝負はどうします? もう一回やって勝者を決めますか? それとも明日に勝負を持ち越しますか?」

勝てる気は、もうまったくしなかった。

この店長さん、運の神様を味方につけてるに違いない。

とんでもない強運の持ち主だよ。

「も、持ち越しで」

自信が消し飛んだ苺は、ぼそぼそと答えたのだった。





  
inserted by FC2 system