苺パニック


注:こちらのお話は、書籍になるにあたって削除されたものです。
  サイト掲載時のものを、改稿してあります。

  書籍になるにあたって、大きく改稿したために、書籍の内容とは異なっています。
  そのことを踏まえた上で、お楽しみいただけたら幸いです。

  
(こちらのお話は、書籍ではP87スペースの辺りになりますが、ストーリーが違いますので、ご参考までに)

  再掲載というより、ほぼ、書き下ろしです。笑

                        
その1 魅力的な言葉



溝尾さんが病室を出て行き、店長さんとふたりきりになった瞬間、苺は安堵の息をついていた。

退院の許可を貰った店長さんは、ベッドから出ようとしてる。

もう病院のベッドで安静にしていなくてもいいんだよね。これで晴れて、外に出られる。

なんかすっごい解放感だぁ。

晴れ晴れとしていたら、店長さんが自分を見下ろしていることに気づき、苺も店長さんを見上げる。

「良かったですね。店長さん」

店長さんはにこっと微笑んでくれる。

膨らんでくるしあわせを噛み締めていたら、店長さんがすっと右手を差し出してきた。

綺麗な指が苺の下瞼にそっと触れる。

その感触に、心臓がトクン跳ねた。

「少し赤らんでしまいましたね」

「み、溝尾さんに、まんまと騙されちゃいましたよ」

店長さんに感じさせられたトキメキっぽいものを吹っ飛ばしたくて、苺は大袈裟なほど元気よく答えた。

それにしても、すっかり騙されてわんわん泣いてしまったんだよね。

いまさら恥ずかしくなった苺は、顔を赤らめて俯く。

すると頭に手が当てられ、店長さんは柔らかに撫でてくれる。

うわわっ、な、なんか、この触れ合い、すっごい照れくさいっていうか……

「苺」

やさしい呼びかけに鼓動が速まる。

「は、は、はい」

焦って返事をしたら、店長さんの両手が苺の身体に回された。

抱きしめられると思ったその瞬間、コンコンとドアをノックする音がした。

「……はい」

一拍遅れて、店長さんは返事をした。

苺に触れかけていた腕は離れてしまい、寂しいような、それでいてほっとしたような気持ちになる。

ふうっ、無駄にドキドキしちゃったよ。

「失礼します」

うん? すでに聞きなれたこの声……

たっ、高宮師長さんだ!

一気に緊張し、苺は入ってきた師長さんに向かって姿勢を正した。

「まあ」

苺を見た師長さんが、目を見開く。

な、なんだ?

「鈴木さん、あなたは、イチゴ柄の服しか持っていないんですか?」

それは責めるものではなかったが、呆れ口調ではあった。

「ち、違いますよぉ。慌てて着替えを荷物に詰めたもんで、ついこれを詰めちゃっただけですよ。イチゴ柄じゃない服のほうが圧倒的に多いんですよ」

苺は一生懸命自分を庇う。

信じてくれたのかどうなのかわからないが、師長さんは話題を変えた。

「藤原さん、退院の許可が下りたようで、よろしかったですね」

「はい。お世話になりました」

「お世話になりました」

店長さんに続いて、苺もお礼を言う。

「鈴木さん」

「は、はいっ」

「藤原さんが無理をなさりすぎないように、しっかり監視してくださいね」

「はいっ! わかったです」

大きな声で答えたら、師長さんが顔をしかめた。

「『わかりました』でしょう。あなたは、まともな日本語を覚えるようになさったほうがよろしいですね」

「は、はい。すみません……」

『です』と、最後につけ加えそうになり、苺は慌てて口を噤んだ。

気まずい顔で、店長さんを見上げたら、笑いを堪えていらっしゃる。

「それでは……」

師長さんは立ち去ろうとし、いったん動きを止めて苺をじっと見つめてくる。

な、なんだ? なんかまたお小言?

少々怯えつつ、身構えていたら……

「あなたがいなくなったら、ちょっと寂しいわね」

「はひっ?」

あまりに思いがけない言葉に、苺は面食らってしまい、おかしな叫びを上げてしまう。

そんな苺を見て、師長さんは楽しげに笑っている。

うわーっ、なんか意外でびっくり、嬉しいんだけど……

「それでは、これで」

「はいっ。ありがとうございました」

苺は思わず高宮さんに向けて、敬礼した。

笑いを堪えた高宮さんは、苺に向けて手を上げ、颯爽と部屋から出て行った。

ひゃーーーっ!

苺は興奮さめやらずで店長さんに振り返った。

「店長さん、苺、びっくりでしたよ。師長さんって、お堅くて怖いひとだとばかり思ってたのに……」

最後に、あんなのって、反則だよぉ。

「あなたがそうさせるんでしょうね」

「えっ? 苺がそうさせる?」

「深く考えなくていいんですよ。貴女に触れるとみんな素直な部分がひょっこり出て来てしまうんでしょう」

素直な部分?

「さて、そろそろやってくる頃合いですが……」

「やってくるって、誰がですか? ああ、善ちゃんですか?」

「いえ、違いますよ」

「それなら藍原さん、それとも岡島さんですか?」

「どちらも違いますよ」

違うのか。

いったい誰が来るというのか気になるが、きっと苺の知らない人なんだろう。

なんにしても、もう退院だ。

「それじゃ、さっそく変身ですよね?」

隣の病室に羽歌乃おばあちゃんたちがいるから、このままじゃ出られない。

苺と店長さんは変身して、ここから出て行くのだ。

「まだですよ」

荷物に歩み寄ろうとしたら、店長さんが止めてきた。

「えっ? まだ?」

ああ、そうか、誰かわからないけどお客さんが来るから、そのひとを待つのか。

考えてみれば、変身した姿で知人には会いたくないか。

それにしても、どんな変身をするんだろうねぇ。

昨日の善ちゃんを思い出し、ワクワクしてくる。

「そうだ。彼が来るまで、昨日の勝負に決着をつけましょう」

昨日の勝負? ああ、ポーカーか。

うーむ。最後にすっごい負け方しちゃったからなぁ。

最強ラッキーマンの店長さんには、もう勝てる気がしない。

どのみち負けるに決まってて……でも、勝負を引き伸ばしても意味ないし……まったくやる気はないけど、退院前に決着つけとくか……

「了解でーす」

やる気のなさ全開で返事をし、トランプを用意する。

店長さんと差し向かいでソファに座ると、トランプを受け取った店長さんはすぐにシャッフルしはじめた。

「ねぇ、店長さん?」

「なんですか?」

「退院したら、そのままお屋敷に帰るつもりですよね?」

ふたりは変身してるし、そのつもりのはずだ。けど、お屋敷に帰るのでは、イチゴ尽くしの服にまた戻らなければならなくなる。

だから、できれば苺は、最初にワンルームに寄って欲しいんだけど……

「ショッピングセンターに行かなければならないのですよ」

「は、はい? ショッピングセンター? で、でも、苺たち、変身してるんですよね? どこで着替えるんですか? まさかそのままお店まで?」

「約束しているのですよ。約束を違えるわけにはいきません」

いったい誰と約束してるか知らないけど……

「ありえませんよ。善ちゃんみたいな格好で、ショッピングセンターに行くとか……金髪のカツラとかも被るんじゃないんですか? だいたい今日はお仕事休みなのに……まさか退院してすぐに仕事をするつもりじゃないですよね?」

「仕事はしませんよ。約束を果たしにいくだけです。それと、頭に被るのは、金髪のカツラではありません」

店長さんは笑いを堪えながら言う。

何がおかしいんだか?

でも、金髪じゃないのなら……

つまり、そんなに目立つような変身じゃないってことじゃないのか?

ああ、そうなのかも。

きっとすっごく地味な感じに変身するんだ。

考えてみたら、その方がバレないんじゃないかな?

うーむ、さすが店長さん、よく考えてるねぇ。

服装が地味なら、わざわざワンルームに寄って着替える必要もないかもね。

「真柴の見舞いもしなければならないですからね」

真柴さんの?

「お見舞いに行くですか? 今日?」

「ええ。時間が取れればですが……夕方にでもと考えています。退院してしまえば、もう好きなように行動できますからね」

うはーっ、好きなように行動か。

閉じ込められてるような状況にいた身としては、魅力的な言葉だねぇ。

「さて、では最後の勝負といきましょうか、苺」

店長さんは、五枚のカードを手にして催促してくる。

負けちゃう確率九十九パーセントだけど、一パーセントくらいは望みがある。

かもしれない。

「苺、負けませんよぉ」

負ける気満々だったが、苺は胸を張って宣言したのだった。





  
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