苺パニック


注:こちらのお話は、書籍になるにあたって削除されたものです。
  サイト掲載時のものを、改稿してあります。

  書籍になるにあたって、大きく改稿したために、書籍の内容とは異なっています。
  そのことを踏まえた上で、お楽しみいただけたら幸いです。


                        
その2 驚きの約束


「ねぇ、店長さん」

手にしたカードをしかめっ面で見つめ、作戦を練りながら、苺は店長さんに話しかけた。

「なんです?」

店長さんは二枚のカードを捨て、新しく二枚を手に取る。

「万が一苺が勝ったら、店長さんが着る執事の衣装って、苺に選ばせてくれるんですよね?」

とはいえ、負ける気満々だけど……

そんなテンションで勝負してるんじゃつまらないので、勝てたら前提の質問をしてみる。

「そういうことは、勝負に勝ってからでいいのでは?」

「選ばせてもらえるか、もらえないかで、楽しさが変わるですよ」

どのみち苺は負けるんだから、負けたらこんな話もできやしない。

「そんなに、私の執事が楽しみですか?」

五枚のカードを見つめながら、店長さんはそんなことを聞いてくる。

苺はカードを三枚捨てつつ、頷く。

「そりゃあもう、楽しみですよ」

逆立ちしたって、勝てないだろうけどね。

手元には6のカードが二枚か……弱いな。

6がもう一枚で、スリーカード。

新たに揃いの数字が二枚くれば、ツーペアだけど……

めくったカードはどれも、苺の期待に応えてはくれなかった。

残念……6のワンペア止まりだ……

結局、負けちゃったな。

昨日、ファイブカードを華麗に揃えた強運の持ち主、店長さんだ。

もう苺の負けは決まった。

元々負ける気満々だったわけだが、負けが決まると、やはりがっかりしてしまう。

執事の店長さんに、かしずいてもらう体験……ちょっとでいいからしてみたかったなぁ。

「それでは苺、勝負ですよ」

「はーい」

苺はローテンションな声を出す。

「どうしました?」

苺のローテンション振りに、店長さんは首を傾げて聞いてくる。

「まあ、あんまりよくなくて……」

「そうなのですか? 実は、私もなのですよ」

苺は、爽やかに微笑んでそんなことを言う店長さんの顔をじっと見つめた。

どうみても、余裕がある。

良くないというのが事実だとしても、ツーペアくらいは揃っていそうだ。

こりゃあもう、苺のメイドさんで決定だな。

負けを確信し、苺は五枚のトランプをいっぺんに出した。

「苺、6のワンペアですよ」

「ふむ。負けたようですね」

「はい。苺の負けでーす」

「いえ。そうではありませんよ」

苺はその言葉にきょとんとして、店長さんを見る。

「そうじゃないって? どういうこと……」

店長さんは、カードを二枚テーブルに並べる。

「私は、3のワンペアです」

「ええっ! マ、マジですかっ?」

「どうやら私は、貴女の執事にならねばならなくなったようですね」

店長さんは、不承不承というように、腕を組んでソファに凭れ、顔をしかめる。

「て、店長さんが、苺の執事!」

マジで?

「や、ヤッターーーッ!」

苺はここが病室であることも忘れ、飛び上がって喜んだ。

頭の中で、店長さん執事を妄想する。

「そ、それじゃ、さっそく衣装を用意しないと?」

「そうですね」

店長さんはさっさとトランプを片付けている。

綺麗に揃えたトランプを手にし、店長さんは苺のほうに身を乗り出してきた。

「ご主人様に選んでいただきましょう」

「ご、ご主人様?」

「ええ」

うはーーっ、絶対ないと思ってたのに、ほんとに勝てちゃったなんて。

思ってもいなかった執事ごっこゲットに、舞い上がってしまう。

「あ、あのっ、いつ、執事ごっこできるですか?」

「そうですね。まあ……ゆっくり時間を取れるときにでも」

「えっ、すぐじゃないんですか?」

「準備が必要ですよ。すぐには揃えられません」

ああ、執事の服とかだろうか?

なんでも即実行という店長さんだから、今日にもやるのかと思ったよ。

「善ちゃんのを借りれば……」

「吉田のでは、サイズが合いませんよ」

ああ、そうか……

残念な気分でソファにもたれたら、愉快そうに店長さんが笑う。

そのとき、ノックの音がした。

「すみません。森川ですが」

あっ、店長さんの待ち人さんがやってきたようだ。

「来たようですね」

店長さんはさっと立ち上がった。それを見て苺も急いで立ち上がる。

「どうぞ入ってください」

店長さんは相手に返事をしつつ、ドアに歩み寄っていく。

苺も店長さんの後に続く。

「失礼します」

ドアが開き、入ってきたのは若い男のひとだった。

「森川君、すまなかったね。無理を言ってしまって」

「いえ。とんでもありません。いつも御贔屓にしていただいて、ありがとうございます」

「それで? 用意できたのかな?」

「はい。なるべく小さいものということでしたので。こちらを用意しました。ご注文通り、新品のものです」

いったいなんなんだろう?

このひと、ずいぶんと大きな袋を抱えて来たけど……

「森川君、君は実に頼りになる」

苺は、話をしている店長さんの背中から、ちょろっと顔を出し、森川さんが持ってきた荷物に目を向ける。

もちろん、中身は見えず、それが何かはわからない。

「ありがとうございます。藤原さんにそう言っていただけると、嬉しいです」

「村田は元気かい?」

「はい。手厳しさがますます増していく感じで、鍛えていただいています」

愉快そうに言った森川さんは、いま気づいたというように、店長さんの後ろから顔を出している苺に目を向けてきた。

「あ……ど、どうも」

面食らったかのような、珍しいものを見たかような顔をされてしまった。

こんな風に顔を出してるからだろうけど……

「こんにちは」

店長さんの背中に張り付いたまま、苺は挨拶する。

だって、いま着ているイチゴ尽くしの服、できればひとに見られたくないんだよ。

店長さんは、苺を見下ろしてきた。

目が合うと、楽しそうな笑みを浮かべる。

「藤原さん、この方は、藤原さんの妹さん……ですか?」

「妹ではありませんよ」

そのあとふたりは仕事の話を始め、五分ほどで森川さんは帰っていった。

ずっと店長さんの背中に張り付いていた苺は、そのままの格好で森川さんを見送った。

やれやれ……

店長さんとふたりきりに戻り、苺はほっとしつつ店長さんから離れる。

「ねぇ、森川さんが持ってきたこれって、なんなんですか?」

大きな荷物を指して、店長さんに尋ねる。

「それはあとで……まずは変身ですよ」

おおっ、ついに変身か!

「ねぇ、苺はどんな感じに変身するんですか?」

「あなたは……そのままですよ」

「は、はい?」

「いいから、そちらの荷物を持ってきてください」

店長さんは戸惑っている苺に向けて指示する。

そして自分はソファに座り込んだ。

持って来いと指示された荷物を持ち、店長さんのところに運ぶ。

そこそこ重いけど、いったい何が入ってるんだろう?

こいつは洋服じゃないみたいだけど……

「さあ、早く開けてください」

「開けていいんですか?」

「開けないと、進まないでしょう」

「進まないって……」

まあ、いいか。苺は荷物を開けて中身を取り出した。

なんだこのかっちりしたボックスは?

「何をもたもたしているんです。早く開けなさい」

叱られて、苺は慌ててボックスを開けた。

あっ、なんだ、お化粧品じゃないか。

「苺、お化粧して変身するんですね」

「貴女ではありませんよ」

「はいっ?」

「化粧をするのは私です」

店長さんはきっぱりと言う。

「岡島との約束なのですよ。彼が女装をする代わりに、私も……とね」

そ、そんな約束を!

しかし、この店長さんが、女装とな!

苺は店長さんの顔を見つめ、ぽかんと口を開けたのだった。





   
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