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その3 目標はとことん低く
「ほ、ほんとに店長さんが女装するんですか?」
苺は目を丸くして聞き返してしまう。
「ええ。怜に女装してくるように命じたら、退院するときに、私も女装するというのであればやりましょうと、挑戦するように言ってきたので……つい、やると即答してしまって……」
はっはぁ~、そういうことか。
苺は納得してこくこく頷いた。
まったく、店長さんらしいよ。
しかし、この店長さんが女装ねぇ。
眉を寄せ、店長さんの顔をまじまじと見つめてしまう。
岡島さんは元々、女性かと見まがうほどの人。
初対面の時、苺はすっかり女の人だと思い込んだほどだ。
昨日、ここにやってきた岡島さんは、それはもう、完璧な女装っぷりだった。
あの岡島さんを、男と見破れる者はいなかったに違いない。
けど、この店長さんはねぇ。
どう見ても、男の人だよ。
顔の造りが素晴らしく整っておいでだから、とっても男前だけどさぁ……
女の人っぽい印象は、まるきりない。
お化粧したら……店長さんには悪いけど……まぁ、オカマ……さん?
どぎつい化粧をしたオカマな店長さんが頭にポンと浮かび、苺は「ぶっ」と勢いよく噴き出した。
笑い顔になるより先に噴いたので、真顔で噴くという器用なことをやってのけた。
「どうしたんです?」
怪訝そうに聞かれ苺は、慌てて「ゴホンゴホンゴホン」と、辛そうに咳き込む真似をして誤魔化した。
「きゅ、急に咳が……ゴホンゴホン」
頭の中から、オカマな店長さんを必死に追い払いながら言い訳する。
しかし、これは大変だぞ。
とんでもない任務を押しつけられた。
苺がお化粧をしてあげても、店長さんが気に入らなかったら……
苺の化粧の仕方が下手なんだとかって、いちゃもんをつけてくるんじゃないのか?
困ったよぉ。
咳を続けながら、なんとか頭を回転させる。
「あっ、ねぇ、店長さん。苺は化粧があまり得意じゃないし、自分でお化粧したほうがいいんじゃないですか?」
そう勧めたら、店長さんは凄く顔をしかめた。
「自分の顔に自分で化粧するなんて、絶対に嫌ですよ」
そう宣言した店長さんは、むっとしつつ腕を組む。
はいはい、そうですか……
それじゃ、どうするかな?
そうだ、小物でなんとか誤魔化せないかな。ウイッグとか、帽子とかサングラスとか、そういうのは用意してないのかな?
「ねぇ、店長さん、ウイッグは用意してあるんですよね?」
女装するのに、いまのままの髪型は、さすがにないもんね。
「ええ、あると思いますよ。まともなのが入っていればいいんですが……」
店長さんは、変身グッズが入っているらしい荷物に、心配そうな目を向ける。
「えっ? まともじゃないのが入ってるかもしれないんですか?」
「ええ……残念ながら。怜が準備したのであれば、まともなものを選んでいるでしょうが……要も手伝ったようなので」
「藍原さんだと、まともなものは選ばないってことですか?」
「こんなまたとないチャンスを、逃すような男ではありません」
「それなら、もうまともじゃないのが入ってるってことにならないですか?」
「いえ……そうとも限りません。今回、怜と女装する取引をしたわけですから、怜が自分で準備をした可能性の方が高い」
「なんだ、それなら」
「ですが、藍原がみすみすチャンスを逃すはずもない。と、思われるわけです」
苺はきゅっと眉を寄せた。
「てことは? 結局どっちなんですか?」
「わかりませんよ」
「なら、さっさと荷物の中身を確認してみればいいじゃないですか」
答えはそこにあるのだ。確認すればはっきりする。
苺は勇んで立ち上がろうとして、腕を掴まれた。
「知りたくないから、わざと確認を先延ばしにしているんですよ。とにかく、そんなことはどうでもいいから、貴女は早く化粧をしてくださいませんか」
「わ、わかったですよ」
仕方がない。
とにかく、オカマさんにならないように、化粧をしよう。
そう心に決め、苺は化粧道具をテーブルに並べた。
こうなったら、ほんの少しでも女の人に近づけるよう、頑張るとしよう。
目標をとことん低く定め、覚悟を決めた苺は、店長さんの顔と正面から向き合ったのだった。
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