苺パニック


注:こちらのお話は、書籍になるにあたって削除されたものです。
  サイト掲載時のものを、改稿してあります。

  書籍になるにあたって、大きく改稿したために、書籍の内容とは異なっています。
  そのことを踏まえた上で、お楽しみいただけたら幸いです。


                        
その3 目標はとことん低く


「ほ、ほんとに店長さんが女装するんですか?」

苺は目を丸くして聞き返してしまう。

「ええ。怜に女装してくるように命じたら、退院するときに、私も女装するというのであればやりましょうと、挑戦するように言ってきたので……つい、やると即答してしまって……」

はっはぁ~、そういうことか。

苺は納得してこくこく頷いた。

まったく、店長さんらしいよ。

しかし、この店長さんが女装ねぇ。

眉を寄せ、店長さんの顔をまじまじと見つめてしまう。

岡島さんは元々、女性かと見まがうほどの人。

初対面の時、苺はすっかり女の人だと思い込んだほどだ。

昨日、ここにやってきた岡島さんは、それはもう、完璧な女装っぷりだった。

あの岡島さんを、男と見破れる者はいなかったに違いない。

けど、この店長さんはねぇ。

どう見ても、男の人だよ。

顔の造りが素晴らしく整っておいでだから、とっても男前だけどさぁ……

女の人っぽい印象は、まるきりない。

お化粧したら……店長さんには悪いけど……まぁ、オカマ……さん?

どぎつい化粧をしたオカマな店長さんが頭にポンと浮かび、苺は「ぶっ」と勢いよく噴き出した。

笑い顔になるより先に噴いたので、真顔で噴くという器用なことをやってのけた。

「どうしたんです?」

怪訝そうに聞かれ苺は、慌てて「ゴホンゴホンゴホン」と、辛そうに咳き込む真似をして誤魔化した。

「きゅ、急に咳が……ゴホンゴホン」

頭の中から、オカマな店長さんを必死に追い払いながら言い訳する。

しかし、これは大変だぞ。

とんでもない任務を押しつけられた。

苺がお化粧をしてあげても、店長さんが気に入らなかったら……

苺の化粧の仕方が下手なんだとかって、いちゃもんをつけてくるんじゃないのか?

困ったよぉ。

咳を続けながら、なんとか頭を回転させる。

「あっ、ねぇ、店長さん。苺は化粧があまり得意じゃないし、自分でお化粧したほうがいいんじゃないですか?」

そう勧めたら、店長さんは凄く顔をしかめた。

「自分の顔に自分で化粧するなんて、絶対に嫌ですよ」

そう宣言した店長さんは、むっとしつつ腕を組む。

はいはい、そうですか……

それじゃ、どうするかな?

そうだ、小物でなんとか誤魔化せないかな。ウイッグとか、帽子とかサングラスとか、そういうのは用意してないのかな?

「ねぇ、店長さん、ウイッグは用意してあるんですよね?」

女装するのに、いまのままの髪型は、さすがにないもんね。

「ええ、あると思いますよ。まともなのが入っていればいいんですが……」

店長さんは、変身グッズが入っているらしい荷物に、心配そうな目を向ける。

「えっ? まともじゃないのが入ってるかもしれないんですか?」

「ええ……残念ながら。怜が準備したのであれば、まともなものを選んでいるでしょうが……要も手伝ったようなので」

「藍原さんだと、まともなものは選ばないってことですか?」

「こんなまたとないチャンスを、逃すような男ではありません」

「それなら、もうまともじゃないのが入ってるってことにならないですか?」

「いえ……そうとも限りません。今回、怜と女装する取引をしたわけですから、怜が自分で準備をした可能性の方が高い」

「なんだ、それなら」

「ですが、藍原がみすみすチャンスを逃すはずもない。と、思われるわけです」

苺はきゅっと眉を寄せた。

「てことは? 結局どっちなんですか?」

「わかりませんよ」

「なら、さっさと荷物の中身を確認してみればいいじゃないですか」

答えはそこにあるのだ。確認すればはっきりする。

苺は勇んで立ち上がろうとして、腕を掴まれた。

「知りたくないから、わざと確認を先延ばしにしているんですよ。とにかく、そんなことはどうでもいいから、貴女は早く化粧をしてくださいませんか」

「わ、わかったですよ」

仕方がない。
とにかく、オカマさんにならないように、化粧をしよう。

そう心に決め、苺は化粧道具をテーブルに並べた。

こうなったら、ほんの少しでも女の人に近づけるよう、頑張るとしよう。

目標をとことん低く定め、覚悟を決めた苺は、店長さんの顔と正面から向き合ったのだった。





   
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