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その6 不本意なピコピコ
「では、いいですね。行きますよ」
青いネズミさんが振り返って言う。
ブチネコの苺は、「はいですよ」と元気よく答えた。
なんか、初舞台を前にした新米劇団員みたいな気分でドキドキする。
ネズミの店長さんは、ネズミにしては大きすぎるけど、お顔はキュートで可愛い。
そして、両手にいっぱい荷物を抱えている。それは苺も同じだ。
「荷物は重くはありませんか?」
青いネズミさんの気遣いに、苺は大きな頭を大きく横に振って見せた。
「こんくらい、大丈夫ですよ」
「駐車場に迎えの車が来ていますから、そこまでまっすぐ行きますよ」
「了解です♪」
「ああ、それから、なるべく話はしないようにしましょう」
「わかったです♪」
声を弾ませて答えた苺は、背中を向けた店長さんのすぐ後ろに立つ。
おっ!
ネズミさんの尻尾、可愛いじゃないか。
どんな素材で作られているのか、いい感じの弾力があるようで、しょぼくれていない。
ドアのところまで歩くのに合わせて、ピコピコと跳ねる動きなど、最高にラブリーだ。
こういうのも計算されて作られてたりするのかなぁ?
凄いもんだね。今時の着ぐるみ技術ってのは。
そういえば、苺のブチネコのしっぽは、どんなのがついてんだろう?
考えてみたら、着ることに夢中で尻尾まで確認しなかったな。
「ねぇ、店長さん?」
ドアに手をかけようとしていたネズミさんは、振り返ることなく「なんです?」と聞き返してきた。
「苺の尻尾は、どんなのがついてるですか?」
苺は店長さんに見えるように、背を向けた。
「尻尾?」
「はい。どんなのですか? ふさふさの大きいのですか? それとも、細長いのですか?」
重ねて問うが、ちっとも返事がない。
「店長さん?」
もう一度、店長さんのほうに向き直ってみたら、店長さんは自分の背後に首を回しているところだった。
ネズミの着ぐるみ姿だから、店長さんには悪いが、かなり滑稽。
「店長さん?」
笑いを堪えながら呼びかけると、半分後ろに向いていた頭が素早く前に向く。
「どうしたん……あっ、自分の尻尾を確認しようとしてたんでしょう?」
「ま、まあ……どんなものがついているのか、少々気になりまして」
少々どころじゃないようだったけどね。ぷぷっ。
「ネズミさんらしいのがついてますよ。細長いのがぴんと、こんな感じで」
手を動かして、形を教える。
「あまり……嬉しくありませんね」
声が嫌そうだ。
「嬉しくない? でも、尻尾がついてないと、バランスが取れなくておかしくないですか?」
「まったく! 貴女が尻尾のことなど、わざわざ持ち出すから、気になってしまいましたよ」
むっとした声で文句を言われた。
「可愛いんだから、気にすることないですよ。ほら、苺のお尻にはどんなのがついてるですか? 早く教えてくださいよ」
もう一度背中を向ける。
両手に荷物をもってだから、後ろを向くのもなかなか大変だ。
「可愛いのがついてますよ」
店長さんは苛立ったように言う。
可愛いのか……
「形が知りたいんですけど……ふさふさか、細長いのか?」
「細長いのがついてますよ。身体と同じくブチなのが。さあ、早く……」
「へーっ。やっぱりピコピコしてるですか?」
「ピコピコ?」
店長さんは、怪訝そうに口にする。
「はい。動くたびにピ……」
「もう、いい!」
鋭く言葉を遮られ、苺はビビって口を閉じた。
「な、なんで怒るんですか?」
「貴女は、余計なことを言いすぎなんですよ」
「余計? ピコピコが?」
その瞬間、上からゲンコツが降ってきた。ブチネコの頭にヒットし、苺はちょっと首が折れた。
「て、店長さん、何するですか? 頭が落ちちゃいますよっ!」
「ピコピコと言うのを止めなさい!」
「自分で言っちゃってるじゃない……」
言い返していたら、店長さんがすっとネズミの被り物を取った。
そして、瞬間凍結しそうなくらい冷たい目で見つめられる。
苺はこれ以上ないほど萎縮した。
「す、すみませんでしたっ!」
恐れおののいて、平伏する。
店長さんは尊大な仕種で、元通り、ネズミの被り物を被った。
あーっ、こ、怖かったよぉ~っ。
店長さんは、もう一度こちらに振り返ってきて、苺を充分にビビらせてからドアに向き、そっと開けた。
慎重に外を窺うネズミさん。
ぷぷっ。
やっぱ、お尻にくっついてる細長いしっぽ、動きが可愛いったらないよ。
「大丈夫なようですね。苺、急ぎましょう」
ネズミさんは素早く病室を出て歩き出す。
ブチネコ苺も、遅れぬように続く。
店長さんは、よそ見をせずにエレベーターに向かう。
真柴さんの病室に振り返ってみたいが、そこはぐっと我慢する。
病院の廊下は、もちろんひっそりとはしていない。入院患者さんや看護師さんとすれ違う。
みな驚いているようだが、店長さんは構うことなく歩いていく。
もちろん、お尻の尻尾をピコピコ揺らしながらだ。
この尻尾の揺れ、さぞ不本意なんだろうなぁ。
そう考えると、笑えてきてならない。
苺は店長さんに気づかれぬよう、必死に笑いを堪えたのだった。
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