苺パニック


注:こちらのお話は、書籍になるにあたって削除されたものです。
  サイト掲載時のものを、改稿してあります。

  書籍になるにあたって、大きく改稿したために、書籍の内容とは異なっています。
  そのことを踏まえた上で、お楽しみいただけたら幸いです。


  
(こちらのお話は、書籍ではP87スペースの辺りになりますが、ストーリーが違いますので、ご参考までに)


                        
その9 嫌な迫力



藍原さんが車のドアを開けてくれ、店長さんが苺に振り返ってきた。

「鈴木さん、先に乗りなさい」

上司の口調でネズミ店長が命じてくる。

こりゃまた面白い!

声に出さずにケラケラ笑いながら、苺は頷いて先に乗り込んだ。

被りもののおかげで、心置きなく笑い顔でいられる。

それにしても、車高の高い車だから、スムーズに乗り込める。

普通の車だと、こうはいかなかっただろう。

このでかい頭がつかえて、乗り込めなかったに違いない。

店長さん、こういうのもすべて見越して、この大きな車で迎えにこさせたんだろうなぁ。

店長さんもすぐに乗り込んできて、藍原さんも運転席につく。

「では、出発しますが……よろしいんですか? 本当にそのままで」

「ああ。もちろんだ」

「爽様は、あれとしましても……鈴木さんは取っても問題ないのでは?」

「ああ、ですよね。苺、女装しているわけじゃないし」

明るい声で叫んだら、藍原さんが噴き出した。そしてくっくっと笑う。

「要、笑うな」

「す、すみません。……鈴木さんが、女装などとおっしゃるので」

あっ、そ、そうか。女の苺が女装というのはおかしかったか。

「苺の場合は、男装でしたね」

「何を言っているんです、鈴木さん。そういう問題ではないでしょう」

店長さんにガミガミ怒られ、苺は身を縮めた。

「そ、そんな、怒らなくても……」

「要、とにかく早く車を出せ!」

「わかりました」

「ちょ、ちょっと待ってください。苺、この被りもの取るんで」

車が走り出す前にと、慌てて被り物を脱ごうとしたが、ネズミ店長さんが勢いよく顔を近づけてきた。

ふたりの被り物がぶつかってゴツッと鈍い音を立てる。

ぶつかった反動で、苺は頭がクラクラっと揺れた。

「て、店長さん、いま、お互いに頭がでっかいんですから、距離を考えてくれないとぉ」

「駄目だと言ったでしょう!」

苺の文句などまるきり無視して、店長さんは被り物をくっつけたまま、怒鳴りつけてきた。

「えーっ、どうしてですか?」

「鈴木さん、爽様は恥ずかしいのですよ」

運転席から、藍原さんが、内緒話のように声を抑えて苺に言ってきた。

「要!」

店長さんの鋭い声が、藍原さんに向かって飛ぶ。

「恥ずか……あ、ああ」

そういうことか。店長さん、ひとりで被り物被ってるのは恥ずかしいんだ。

「わかったです。それじゃ、苺も最後まで店長さんに付き合うですよ」

ネズミ店長さんに言ったら、こちらを向いているネズミ顔がしばし微動だにしない。

なんとなく、嫌な迫力を感じさせられ、苺はぎこぎこと首を回して、視線を逸らした。

「おふたりとも、車に酔ってしまわれないといいのですが」

藍原さんは、今度は本気で心配そうに言う。

「そう思うなら、さっさと出発しろ。この姿から、早く解放されたい」

「はい」

今度は、藍原さんは素直に返事をする。

車はすぐに走り出した。

ネズミ店長さんは、おもむろに腕と足を組み、座席に深々ともたれた。

そのふてぶてしい態度は、気弱なネズミでなく、根性悪のクマに見える。

うっ……この揺れ……

ちょ、ちょっと酔っちゃいそうだ。

藍原さんが心配してくれた通り、でっかい頭がゆらゆら揺れて、気分が悪くなりそうだ。

苺は、慌てて顔を前に向け、揺れる頭を固定させようと座席にもたれた。

背が低いせいで、頭が背もたれに当たってしまい心地が悪いが、ここは我慢するしかない。

いまさらだが、店長さんが入院した病院は、この辺りでもかなり大きな規模の総合病院だということがわかった。

大病などしたことのない苺ももちろん、苺の家族も、この総合病院にはお世話になったことがない。

そういえば、売店のおばちゃん、最後にもう一度会いに行きたかったんだけどなぁ。

もらったキャンディーのお礼も……

あっ、あのキャンディー、バッグに入れたままだ。

苺は、膝に置いているバッグの中を確かめてみることにしたのだが、ネコの手袋のままだと、バッグを開けるのは難しい。

なんとかバッグを開け、バッグの中が視界に入るように顔を近づける。

すると、店長さんがぷっと噴いた声がした。

苺はネコの被り物をぐるりと回して、店長さんを見る。

「いま、なんで噴いたんですか?」

「いえ。バッグの匂いを、クンクン嗅いでいるように見えて……」

そう説明して、楽しげにクックッと笑う。

ふーん。そう見えたのか? 面白いかも。

「ねぇ、ねぇ、店長さんも、同じことやって見せてくださいよぉ」

お願いしたが、店長さんはそっぽを向く。

「やるわけがないでしょう」

なんだ、けちんぼだなぁ。

どんな風に見えたのか、やって見せて欲しかったのに……





   
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