苺パニック


注:こちらのお話は、書籍になるにあたって削除されたものです。
  サイト掲載時のものを、改稿してあります。

  書籍になるにあたって、大きく改稿したために、書籍の内容とは異なっています。
  そのことを踏まえた上で、お楽しみいただけたら幸いです。


  
(こちらのお話は、書籍ではP87スペースの辺りになりますが、ストーリーが違いますので、ご参考までに)


                        
その10 こっちの台詞



むっとしてネズミ店長を見ていた苺だが、なんだか車に酔ってきたようで、少々気分が悪くなってきた。

このままじゃ、まずいようだ。おとなしく座っていよう。

これまで車酔いなんてしたことないんだけど……やっぱり、この被り物がよくないんだな。

店長さんは大丈夫なのかな?

苺は前を向いて、きちんと座ったが、一度気分が悪くなると、酔いはなかなか取れない。

車酔いと地味に戦っていたら、思ったよりも早くショッピングセンターに着いた。

車が駐車場に停まり、苺はほっと息をついた。

それでも、気分の悪いのは続いている。

あーっ、もうこの被り物、取り去りたーい。

けど……店長さんに最後まで付き合うって言っちゃったからなぁ。

とにかく外に出て、解放感に浸ろう。

そう考えて車から降りようとした苺は、店長さんに腕を掴まれた。

「まだですよ」

「まだ? 何がまだなんですか?」

戸惑って聞くが、店長さんは苺に答えてくれず、藍原さんに声をかけた。

「要、私の頼んでおいたものがあったはずだが……お前、ちゃんと持ってきたのか?」

「はい。預かってきております。なぜこんなものをと思ったのですが……納得いたしました」

藍原さんは楽しそうに言う。

こんなもの? 店長さん、いったい何を頼んだのだろう?

「いいから早く渡せ」

店長さんがせっつく。

藍原さんは、助手席に置いていたらしい紙袋を取り上げ、店長さんに差し出してきた。

受け取った店長さんは、ネズミの手で、中のものを取り出す。

出てきたのは赤いひも状のものだった。さらに、ガランガランという音を響かせながら出てきたのは……大きくてピカピカした金色のもの。

「いったい?」

思わず声を上げてしまう。

それって鈴だよね?

はっ!

ま、まっ、まさか!

ことを理解し、苺は顔を歪めた。

そんな苺に向けて、店長さんは「アクセサリーですよ」と言う。

「アクセサリー?」

つまり、ネコに鈴ってことなんだろうけど……

こ、こんなでっかい鈴、本気で首にぶらさげろっての?

唖然としていると、藍原さんが「鈴木さん」と話しかけてきた。

「素敵なアクセサリーですね。いまのあなたにピッタリだと、私も思いますよ」

藍原さんは、すこぶる楽しそうに言い、さらに言葉を続ける。

「それにしても、無理をしてでも来たかいがあったというものです」

「お前を楽しませるためじゃない」

店長さんがむっとした声で、藍原さんに言う。

「もちろんそれは承知しております」

「なら、もう口を噤め」

「承知しました」

それきり、藍原さんは口を閉じた。

「では、鈴木さん、こちらを向きなさい」

店長さんに催促され、苺は顔を向けたものの、身体のほうは鈴を拒否して後ろに下がる。

ずいっと店長さんが迫ってきて、苺は慌てて店長さんの身体を両手で突っ張った。

「抵抗はやめなさい。つけられないじゃありませんか」

店長さんは文句を言うが、そんなものつけられたくないのだ。抵抗するに決まっている。

「嫌ですよ! なんで鈴なんか!」

苺は激しく拒んだが、店長さんは苺の抵抗など構わず、でっかい鈴つきのリボンを手に、苺に襲い掛かってくる。

揉み合いになり、ガラガラガラと、ちっとも可愛くない音が鳴る。

ネコの鈴といったら、チリンチリンチリンと可愛らしい音なのに……

そんなガラガラなる鈴なんかつけたら、化け猫になってしまう。

「いやーーっ!」

「抵抗しても無駄ですよ。ほら、鈴木さん、おとなしくこちらを向きなさい!」

「嫌ですってばぁ。そんな派手なものつけたくないです。音もぜんぜん可愛くないし」

ブチネコなだけでも注目を浴びるだろうに、そんなでっかい鈴を鳴らしながら歩くなんて……ありえないよっ!

すると、店長さんが苺から手を引いた。

諦めてくれたのかと、ほっとし、ゼーハーと荒い息をつく。

見ると、店長さんも同じように荒い息をつきつつ肩を上下させている。

「要」

「な、なんで、しょうか」

声を震わせて藍原さんが答える。

どうやら藍原さんは、運転席からふたりのやり取りを眺め、笑い転げていたらしい。

「笑うな。それと、これを鈴木さんの首につけろ」

「おや、そんな光栄な役目を、この私に譲ってくださるのですか?」

「ああ、譲ってやろう。この着ぐるみ姿では少々手こずる」

抵抗していた苺も、すでに着ぐるみの中が蒸れて汗だくだ。それは店長さんも同じなんだろう。

「わかりました」

藍原さんは車を降り、苺の座っているほうのドアを開けた。

「えーっ、藍原さん、お願いですから、やめてください」

懇願するが、藍原さんはすまなそうな顔で首を横に振る。

「主の命令ですからね。申し訳ありませんが、鈴木さんの願いは聞き届けられません。諦めてください」

「そんなぁ」

こうなったら、もう逃げられない。

苺はがっくりと肩を落とした。

藍原さんは、あっという間にブチネコ苺の首に、大きな鈴をぶら下げた。

鈴付きリボンは簡単に装着できるようになっていたらしい。

「最初から、おとなしくつけさせればよかったのに……まったく」

ブチネコ苺の首にぶら下がっている鈴と真っ赤なリボンを確認しつつ、店長さんはブツブツ文句を言う。

まったくは、こっちの台詞だっての!

苺はブチネコの被り物の下で、店長さんを思い切り睨みつけたのだった。





   
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