苺パニック


注:こちらのお話は、書籍になるにあたって削除されたものです。
  サイト掲載時のものを、改稿してあります。

  書籍になるにあたって、大きく改稿したために、書籍の内容とは異なっています。
  そのことを踏まえた上で、お楽しみいただけたら幸いです。


  
(こちらのお話は、書籍ではP87スペースの辺りになりますが、ストーリーが違いますので、ご参考までに)


                        
その11 大ピンチ!



「うむ、いいですね。やはり、ネコには真っ赤なリボンと鈴と相場が決まっている」

「ええ、爽様。私も同感です。より、ネコらしくなるためには、必要不可欠なアイテムですね」

店長さんの言葉に、藍原さんはノリノリで賛成する。

まったく、ふたりして……何が必要不可欠なアイテムだ!

ムカつくったらない。

それにしても、藍原さんときたら、これまで見たことがないくらい楽しそうだ。

だいたい、店長さん、何を悦に入った様に語っているのか。

ちゃんちゃらおかしいってんだ。

「そんな相場もアイテムも、苺はいりませんよっ!」

鬱憤を吐き出すように叫ぶ。

頭が大きいために、自分自身は鈴を確認できない。

それがなんとももどかしい。

それでいて、重みで鈴が装着されていることを実感してしまう。

どうにも憐れな気分に取りつかれる。

「何を言ってもしても、面白いですね」

感心したように藍原さんが言う。

吐き出した鬱憤が不発で終わり、ムカムカ悶々してならない。

苺はネコの被り物の中で、盛大にふくれっ面をした。さらに、この憤りをふたりに見せつけたくて両手を激しく振り回してやる。

「鈴木さん、楽しそうですね」

はあっ? ちょっと待て!

誰が楽しがってるって?

「苺は楽しがってなんかいませんよっ!」

苺はブチ切れて叫んだ。

「おや、笑ってるようにしか見えませんが?」

「それは、この被り物の顔が笑ってるように作ってあるからで、中身の苺は笑ってやしません!」

そんな不毛なやりとりを店長さんとしている間も、藍原さんの押し殺しているような笑い声が続いている。

「まあ、中身は見えないから、さして問題ない」

いまいましいほど、店長さんはさらりと言い放った。

おかげで苺のむかむかは倍増する。

さして問題ないとか、意味わかんないしっ!

「さあ、あとはこれを」

胸にある文句を口にしようとしたら、店長さんから真っ赤なものを押し付けられた。

な、なんだ?

出鼻をくじかれ、苺は眉を寄せた。

「うん。いいですね」

「あ、あの……いいって何が?」

「やはり貴女らしさがなければね」

「苺らしさ? あの、これってなんなんですか?」

手にした赤いものを顔の前に持ってきたが、これが何やらわからない。

「その方向だと、判断がつかないかもしれませんね。ほら、こう回して……これならどうです?」

店長さんは、真っ赤なものを苺の手の中で回転させた。

うん? 赤だけじゃなく、緑色が見えたぞ。

これって、ヘタみたい……?

「ああっ!」

ようやくわかった。こいつはイチゴだ。

「なんでこんなでっかいイチゴ? 持たされる意味がわかりませんよ」

苺は憮然として叫んだ。

「私としては、イチゴ柄のネコに扮してほしかったんですが……昨日の今日では、発注しても間に合いませんからね、これで手を打つことにしたんですよ」

手を打つって、イチゴ柄のネコってなんなんだ? 発注ってなんなんだ?

いや、それよりなにより……こんなものっ!

苺は思い切り振りかぶり、イチゴを投げた。

すると、まるでそれを待っていたかのように、藍原さんがキャッチした。

「要、よくやった」

藍原さんを褒めた店長さんは、イチゴを藍原さんから受け取り、ずいっと苺の前に立つ。

「鈴木さん」

不穏な呼び掛けに、思わずピシッと姿勢を正してしまう。

「は、はいっ」

「今度、それを捨てたりしたら……後悔しますよ」

「ううっ」

「ずっと持っていなさい。捨てるのも投げるのも禁止ですよ。これは店長命令です」

お、横暴だよぉ!

だが、ネズミ店長の迫力に、怖くて文句が言えない。

「では、準備も整ったし……要」

「はい」

「お前はここまでだ。ついてくることは禁じる」

「残念ですね。でも、ここまで楽しませていただいたのですから、おとなしく引き下がることにいたしましょう」

「賢明な判断だな。では鈴木さん、行きますよ」

ネズミ店長さんは苺に声をかけ、車から下りた。

苺も渋々従う。

仕方がない。これも仕事の一貫と思って諦めよう。

「では、鈴木さん、貴女が先に行きなさい」

車を下りた苺を、店長さんが促す。

なぜ苺が先に歩かなければならないのかと疑問に思ったが、おとなしく従うことにする。

「それじゃ、藍原さん、行ってくるですよ」

ふたりを見送っている藍原さんに、苺は声をかけた。

藍原さんは、にこやかに手を振ってくれる。

苺は、ネズミ店長に一度振り返ってから歩き出した。


従業員専用のドアを開けて中に入る。

いつものように進んでいたら、「ちょっと待ちなさい!」と咎める声がした。

苺はぎょっとして、声のしたほうに振り返った。

そこには警備員さんの姿があった。

警備員さんは、いつも警備室の中にいて、毎回たいしたチェックもなく、素通りさせてもらえていたのだが……

この姿じゃ、不審に思って呼び止めてきても当然か。

考えてみたら、提示するべき証明書や従業員カードもぶら下げてない。

いまの苺が下げてるのは、でっかい鈴だけだ。

これじゃ、通してもらえるわけがなかったか。

「ち、ちょっと待ってくださいね。いま、従業員カードを出すですよ」

苺はあたふたとバッグの口を開けた。

「それより、ふたりともその被り物を取って顔を見せない」

警備員さんは、厳しい声で命じてきた。

「えっ? あ、ああ、わかったです」

被り物に手をかけ、苺は慌てて頭から取り外した。

「そっちの君も」

苺の顔を確認した警備員さんは、今度はネズミ店長さんに向けて言う。

見ると、店長さんは、固まってしまったかのように動かない。

「どうしたんだ? 早く取って!」

被り物を取ろうとしない店長さんを見て、警備員さんの目つきがさらに厳しくなる。

そっ、そうか。店長さん、女装してるから取りたくないんだ。

ど、どうしよう!

店長さん、大ピンチだ!





   
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