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その11 大ピンチ!
「うむ、いいですね。やはり、ネコには真っ赤なリボンと鈴と相場が決まっている」
「ええ、爽様。私も同感です。より、ネコらしくなるためには、必要不可欠なアイテムですね」
店長さんの言葉に、藍原さんはノリノリで賛成する。
まったく、ふたりして……何が必要不可欠なアイテムだ!
ムカつくったらない。
それにしても、藍原さんときたら、これまで見たことがないくらい楽しそうだ。
だいたい、店長さん、何を悦に入った様に語っているのか。
ちゃんちゃらおかしいってんだ。
「そんな相場もアイテムも、苺はいりませんよっ!」
鬱憤を吐き出すように叫ぶ。
頭が大きいために、自分自身は鈴を確認できない。
それがなんとももどかしい。
それでいて、重みで鈴が装着されていることを実感してしまう。
どうにも憐れな気分に取りつかれる。
「何を言ってもしても、面白いですね」
感心したように藍原さんが言う。
吐き出した鬱憤が不発で終わり、ムカムカ悶々してならない。
苺はネコの被り物の中で、盛大にふくれっ面をした。さらに、この憤りをふたりに見せつけたくて両手を激しく振り回してやる。
「鈴木さん、楽しそうですね」
はあっ? ちょっと待て!
誰が楽しがってるって?
「苺は楽しがってなんかいませんよっ!」
苺はブチ切れて叫んだ。
「おや、笑ってるようにしか見えませんが?」
「それは、この被り物の顔が笑ってるように作ってあるからで、中身の苺は笑ってやしません!」
そんな不毛なやりとりを店長さんとしている間も、藍原さんの押し殺しているような笑い声が続いている。
「まあ、中身は見えないから、さして問題ない」
いまいましいほど、店長さんはさらりと言い放った。
おかげで苺のむかむかは倍増する。
さして問題ないとか、意味わかんないしっ!
「さあ、あとはこれを」
胸にある文句を口にしようとしたら、店長さんから真っ赤なものを押し付けられた。
な、なんだ?
出鼻をくじかれ、苺は眉を寄せた。
「うん。いいですね」
「あ、あの……いいって何が?」
「やはり貴女らしさがなければね」
「苺らしさ? あの、これってなんなんですか?」
手にした赤いものを顔の前に持ってきたが、これが何やらわからない。
「その方向だと、判断がつかないかもしれませんね。ほら、こう回して……これならどうです?」
店長さんは、真っ赤なものを苺の手の中で回転させた。
うん? 赤だけじゃなく、緑色が見えたぞ。
これって、ヘタみたい……?
「ああっ!」
ようやくわかった。こいつはイチゴだ。
「なんでこんなでっかいイチゴ? 持たされる意味がわかりませんよ」
苺は憮然として叫んだ。
「私としては、イチゴ柄のネコに扮してほしかったんですが……昨日の今日では、発注しても間に合いませんからね、これで手を打つことにしたんですよ」
手を打つって、イチゴ柄のネコってなんなんだ? 発注ってなんなんだ?
いや、それよりなにより……こんなものっ!
苺は思い切り振りかぶり、イチゴを投げた。
すると、まるでそれを待っていたかのように、藍原さんがキャッチした。
「要、よくやった」
藍原さんを褒めた店長さんは、イチゴを藍原さんから受け取り、ずいっと苺の前に立つ。
「鈴木さん」
不穏な呼び掛けに、思わずピシッと姿勢を正してしまう。
「は、はいっ」
「今度、それを捨てたりしたら……後悔しますよ」
「ううっ」
「ずっと持っていなさい。捨てるのも投げるのも禁止ですよ。これは店長命令です」
お、横暴だよぉ!
だが、ネズミ店長の迫力に、怖くて文句が言えない。
「では、準備も整ったし……要」
「はい」
「お前はここまでだ。ついてくることは禁じる」
「残念ですね。でも、ここまで楽しませていただいたのですから、おとなしく引き下がることにいたしましょう」
「賢明な判断だな。では鈴木さん、行きますよ」
ネズミ店長さんは苺に声をかけ、車から下りた。
苺も渋々従う。
仕方がない。これも仕事の一貫と思って諦めよう。
「では、鈴木さん、貴女が先に行きなさい」
車を下りた苺を、店長さんが促す。
なぜ苺が先に歩かなければならないのかと疑問に思ったが、おとなしく従うことにする。
「それじゃ、藍原さん、行ってくるですよ」
ふたりを見送っている藍原さんに、苺は声をかけた。
藍原さんは、にこやかに手を振ってくれる。
苺は、ネズミ店長に一度振り返ってから歩き出した。
従業員専用のドアを開けて中に入る。
いつものように進んでいたら、「ちょっと待ちなさい!」と咎める声がした。
苺はぎょっとして、声のしたほうに振り返った。
そこには警備員さんの姿があった。
警備員さんは、いつも警備室の中にいて、毎回たいしたチェックもなく、素通りさせてもらえていたのだが……
この姿じゃ、不審に思って呼び止めてきても当然か。
考えてみたら、提示するべき証明書や従業員カードもぶら下げてない。
いまの苺が下げてるのは、でっかい鈴だけだ。
これじゃ、通してもらえるわけがなかったか。
「ち、ちょっと待ってくださいね。いま、従業員カードを出すですよ」
苺はあたふたとバッグの口を開けた。
「それより、ふたりともその被り物を取って顔を見せない」
警備員さんは、厳しい声で命じてきた。
「えっ? あ、ああ、わかったです」
被り物に手をかけ、苺は慌てて頭から取り外した。
「そっちの君も」
苺の顔を確認した警備員さんは、今度はネズミ店長さんに向けて言う。
見ると、店長さんは、固まってしまったかのように動かない。
「どうしたんだ? 早く取って!」
被り物を取ろうとしない店長さんを見て、警備員さんの目つきがさらに厳しくなる。
そっ、そうか。店長さん、女装してるから取りたくないんだ。
ど、どうしよう!
店長さん、大ピンチだ!
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