苺パニック


注:こちらのお話は、書籍になるにあたって削除されたものです。
  サイト掲載時のものを、改稿してあります。

  書籍になるにあたって、大きく改稿したために、書籍の内容とは異なっています。
  そのことを踏まえた上で、お楽しみいただけたら幸いです。


  
(こちらのお話は、書籍ではP87スペースの辺りになりますが、ストーリーが違いますので、ご参考までに)


                        
その13 つまり、大成功!



開店時間が過ぎて、約五分が経ち、苺は店長さんと、自分たちのお店である宝飾店を目指して歩いた。

開店に合わせてやってきたらしいお客さんの姿もちらほら見える。

お店が視界に入るところまできて、店長さんが足を止めた。

「あれれっ、岡島さんいませんね?」

店の中にいるのは、応援のスタッフのふたりだけ。

「岡島さん、お休みじゃないですよね?」

「怜はスタッフルームにいるのでしょう。彼は私たちがやってくるのを待っているはずです」

「そういうことだと、表から入っても、応援のスタッフさんをびっくりさせるだけになっちゃいますよ。それに、店長さん、応援のスタッフさんに、その姿を見られちゃてもいいんですか?」

「ええ。もう割り切りましたからね。どうということもない」

割り切った?

……そんなものなのか?

おかしな店長さんだよ。あんなに嫌がってたくせに。

店長さんの心のありようと思考回路は、苺にはよくわからない。

「では、苺、できるだけ傍若無人な感じで、店に乗り込みなさい」

その命令に苺は驚き、「へっ?」と素っ頓狂な声を上げてしまう。

「店に乗り込むって……あの、店長さんはどうするんですか?」

「私の出番は、まだあとです。貴女は、乗り込んで行って騒ぎを起こし、怜を奥から引っ張り出すんです」

「ええっ! そ、そんなの、嫌ですよ。そんなこと苺はできません」

「貴女に拒否権はありません。アイディアのきっかけを出した立場なのですからね」

そんな無茶苦茶な。

「苺は、乗り込むとか、そんなこと一言も言ってませんよ。苺は、ただ、この格好で岡島さんをびっくりさせたいって……言っただけで」

「びっくりさせたいのでしょう。びっくりしますよ。ほら、行きなさい」

店長さんは、反論を受け付けない高飛車な口調で命令してきた。

「そ、そんなぁ。苺、警備員さんに捕まっちゃいますよ。そいで、不審者扱いされて、警察に突き出されるかも」

「そんなことにはなりませんよ。そう……ただ……あの警備員がやってきたりしたら、抑えが利かず、殴ってしまうかもしれませんが……」

店長さんときたら、なんて物騒なことを、物騒な顔で言うのだ。

本気が伝わってきて、怖いったらない。

握り締めた拳を、憤りから震わせているし……

こりゃあ、もうさっさと言われたことを進めるしかないようだ。

嫌だ嫌だと駄々をこねた続けたところで、この店長さんが諦めてくれるとは思えない。

「店長さん、騒ぎを起こした後、ちゃんと責任持ってフォローしてくださいね?」

「そんな心配をしていないで、いいから、さっさと行きない」

「い、行きますよぉ」

苺は盛大に唇を突き出し、店長さんに言った。

ブチネコの被り物をしているせいで、この不服顔が店長さんには見えないのが、なんとももどかしい。

もおっ、どうなっても知らないんだから!

腹を立てた苺は、そのまま店内に飛び込んでいった。

顔見知りの手伝いのふたりは、突然襲来したネコを見て、呆気に取られた顔で固まったが、すぐに駆け寄ってきた。

「いったい、なんです?」

「強盗か? 止まれっ!」

ひとりが慌てて叫び、もう一人は強盗呼ばわりして、苺に飛びついてきた。

岡島さんは、騒ぎに気づかないのか、まだ出てこない。

岡島さんが出てきてくれなきゃ、困るのにぃ。

苺は自分を捕まえている手を振り払おうと頑張ったが、思うようにいかない。

ど、どうしよう? そうだ。

「せ、責任者を呼べぇ、呼ばないと、このイチゴ爆弾を爆発させちゃうぞぉ」

苺は、手にしているイチゴをブンブン振り回しながら、叫んでみた。

彼女が身体を揺するたびに、首にぶら下がった鈴が、ガランゴロンと鳴る。

「ば、爆弾?」

ひとりが驚いて叫び、苺は顔をしかめた。

爆弾って言っちゃ、さすがにまずかったかも。

「い、いえ……かもしれないよぉってことで……爆弾とか、はっきり決まってるわけじゃ」

困った苺は、もごもごと言い訳した。

「そ、その声? 貴女は……鈴木さんでは?」

「ええっ、鈴木さん?」

あっ、バレた。

「いったい、どうして? はっ! も、もしやこれは……爽様の?」

応援のスタッフさんは、そう口にして、さっと周囲を見回し始めた。

店長さんを探しているらしい。

「だが、お姿はどこにも……」

「あ、あの。すみませんが、岡島さんを呼んでほしいんです。でも、苺のことは、できれば内緒で……」

店長さんに聞こえないように、こそこそとお願いする。

「岡島さんを?」

「は、はい。出てきてもらわないと、ことが進まなくて」

スタッフさんたちは、すべて悟った表情になり、即座に行動に移ってくれた。

ひとりはこの場に残り、ひとりが店の奥に走っていく。

「岡島さん、大変です!」

おおっ、なんと素晴らしい演技ではないか?

感心しつつ、苺は背後に振り返った。

苺を送り出した店長さんは、いったいどこに隠れてるんだろう?

あっ!

なんと、店長さんときたら、しれっとした顔で、苺が起こした騒ぎを通りすがりのお客さんや、他の店の店員さんとともに眺めている。

て、店長さんってば!

野次馬のひとりになりきってるなんて……

なんか、むかつく。

「いったい、何事? こ、これは……」

その声に、苺は顔を戻した。

岡島さんが出て来ていた。彼は、ブチネコな苺に向かってくる。

苺が抱えているイチゴをチラリと見た岡島さんは、「鈴木さん」と呼びかけてきた。

このイチゴを見て、ネコの中身は苺だとすぐにわかったらしい

ちょっとつまらない。

「爽様はどこです? 鈴木さん、どうせ爽様もそのような姿なのでしょう?」

岡島さんは、珍しく不満を露わに文句を言う。

確かに、そのはずだったんだけど……

そのとき、背後から、カツカツカツと小気味いい靴音が近づいてきた。

岡島さんの視線が、苺の背後に向き、怪訝そうな顔になる。

靴音が止まった。

くるりと後ろに向き直ってみると、女装姿の店長さんが口元に微笑を浮かべて立っていた。

「あの、貴女は……?」

「怜」

店長さんの呼びかけに、岡島さんは目を見開いた。

妖艶な美女が店長さんだと、岡島さんは気付けなかったらしい。

「約束は守る」

「あっ、はい」

岡島さんは、反射的に返事とお辞儀をしたものの、いまだ困惑顔で店長さんを見つめている。

それは応援のスタッフさんも同じだった。

「鈴木さん、ご苦労様でした。その着ぐるみを更衣室で脱いできなさい」

「は、はい」

店長さんは、ウイッグの髪を背中になびかせながら、店の奥に向かって颯爽と歩いていく。

これって、つまり。急遽変更となった計画は、大成功! ってことでいいのか?

妖艶な美女の店長さんの登場に、いまだ驚きが抜けないでいるらしい三人に向けて手を振り、苺は笑いながら店長さんの後を追ったのだった。





   
inserted by FC2 system