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その13 つまり、大成功!
開店時間が過ぎて、約五分が経ち、苺は店長さんと、自分たちのお店である宝飾店を目指して歩いた。
開店に合わせてやってきたらしいお客さんの姿もちらほら見える。
お店が視界に入るところまできて、店長さんが足を止めた。
「あれれっ、岡島さんいませんね?」
店の中にいるのは、応援のスタッフのふたりだけ。
「岡島さん、お休みじゃないですよね?」
「怜はスタッフルームにいるのでしょう。彼は私たちがやってくるのを待っているはずです」
「そういうことだと、表から入っても、応援のスタッフさんをびっくりさせるだけになっちゃいますよ。それに、店長さん、応援のスタッフさんに、その姿を見られちゃてもいいんですか?」
「ええ。もう割り切りましたからね。どうということもない」
割り切った?
……そんなものなのか?
おかしな店長さんだよ。あんなに嫌がってたくせに。
店長さんの心のありようと思考回路は、苺にはよくわからない。
「では、苺、できるだけ傍若無人な感じで、店に乗り込みなさい」
その命令に苺は驚き、「へっ?」と素っ頓狂な声を上げてしまう。
「店に乗り込むって……あの、店長さんはどうするんですか?」
「私の出番は、まだあとです。貴女は、乗り込んで行って騒ぎを起こし、怜を奥から引っ張り出すんです」
「ええっ! そ、そんなの、嫌ですよ。そんなこと苺はできません」
「貴女に拒否権はありません。アイディアのきっかけを出した立場なのですからね」
そんな無茶苦茶な。
「苺は、乗り込むとか、そんなこと一言も言ってませんよ。苺は、ただ、この格好で岡島さんをびっくりさせたいって……言っただけで」
「びっくりさせたいのでしょう。びっくりしますよ。ほら、行きなさい」
店長さんは、反論を受け付けない高飛車な口調で命令してきた。
「そ、そんなぁ。苺、警備員さんに捕まっちゃいますよ。そいで、不審者扱いされて、警察に突き出されるかも」
「そんなことにはなりませんよ。そう……ただ……あの警備員がやってきたりしたら、抑えが利かず、殴ってしまうかもしれませんが……」
店長さんときたら、なんて物騒なことを、物騒な顔で言うのだ。
本気が伝わってきて、怖いったらない。
握り締めた拳を、憤りから震わせているし……
こりゃあ、もうさっさと言われたことを進めるしかないようだ。
嫌だ嫌だと駄々をこねた続けたところで、この店長さんが諦めてくれるとは思えない。
「店長さん、騒ぎを起こした後、ちゃんと責任持ってフォローしてくださいね?」
「そんな心配をしていないで、いいから、さっさと行きない」
「い、行きますよぉ」
苺は盛大に唇を突き出し、店長さんに言った。
ブチネコの被り物をしているせいで、この不服顔が店長さんには見えないのが、なんとももどかしい。
もおっ、どうなっても知らないんだから!
腹を立てた苺は、そのまま店内に飛び込んでいった。
顔見知りの手伝いのふたりは、突然襲来したネコを見て、呆気に取られた顔で固まったが、すぐに駆け寄ってきた。
「いったい、なんです?」
「強盗か? 止まれっ!」
ひとりが慌てて叫び、もう一人は強盗呼ばわりして、苺に飛びついてきた。
岡島さんは、騒ぎに気づかないのか、まだ出てこない。
岡島さんが出てきてくれなきゃ、困るのにぃ。
苺は自分を捕まえている手を振り払おうと頑張ったが、思うようにいかない。
ど、どうしよう? そうだ。
「せ、責任者を呼べぇ、呼ばないと、このイチゴ爆弾を爆発させちゃうぞぉ」
苺は、手にしているイチゴをブンブン振り回しながら、叫んでみた。
彼女が身体を揺するたびに、首にぶら下がった鈴が、ガランゴロンと鳴る。
「ば、爆弾?」
ひとりが驚いて叫び、苺は顔をしかめた。
爆弾って言っちゃ、さすがにまずかったかも。
「い、いえ……かもしれないよぉってことで……爆弾とか、はっきり決まってるわけじゃ」
困った苺は、もごもごと言い訳した。
「そ、その声? 貴女は……鈴木さんでは?」
「ええっ、鈴木さん?」
あっ、バレた。
「いったい、どうして? はっ! も、もしやこれは……爽様の?」
応援のスタッフさんは、そう口にして、さっと周囲を見回し始めた。
店長さんを探しているらしい。
「だが、お姿はどこにも……」
「あ、あの。すみませんが、岡島さんを呼んでほしいんです。でも、苺のことは、できれば内緒で……」
店長さんに聞こえないように、こそこそとお願いする。
「岡島さんを?」
「は、はい。出てきてもらわないと、ことが進まなくて」
スタッフさんたちは、すべて悟った表情になり、即座に行動に移ってくれた。
ひとりはこの場に残り、ひとりが店の奥に走っていく。
「岡島さん、大変です!」
おおっ、なんと素晴らしい演技ではないか?
感心しつつ、苺は背後に振り返った。
苺を送り出した店長さんは、いったいどこに隠れてるんだろう?
あっ!
なんと、店長さんときたら、しれっとした顔で、苺が起こした騒ぎを通りすがりのお客さんや、他の店の店員さんとともに眺めている。
て、店長さんってば!
野次馬のひとりになりきってるなんて……
なんか、むかつく。
「いったい、何事? こ、これは……」
その声に、苺は顔を戻した。
岡島さんが出て来ていた。彼は、ブチネコな苺に向かってくる。
苺が抱えているイチゴをチラリと見た岡島さんは、「鈴木さん」と呼びかけてきた。
このイチゴを見て、ネコの中身は苺だとすぐにわかったらしい
ちょっとつまらない。
「爽様はどこです? 鈴木さん、どうせ爽様もそのような姿なのでしょう?」
岡島さんは、珍しく不満を露わに文句を言う。
確かに、そのはずだったんだけど……
そのとき、背後から、カツカツカツと小気味いい靴音が近づいてきた。
岡島さんの視線が、苺の背後に向き、怪訝そうな顔になる。
靴音が止まった。
くるりと後ろに向き直ってみると、女装姿の店長さんが口元に微笑を浮かべて立っていた。
「あの、貴女は……?」
「怜」
店長さんの呼びかけに、岡島さんは目を見開いた。
妖艶な美女が店長さんだと、岡島さんは気付けなかったらしい。
「約束は守る」
「あっ、はい」
岡島さんは、反射的に返事とお辞儀をしたものの、いまだ困惑顔で店長さんを見つめている。
それは応援のスタッフさんも同じだった。
「鈴木さん、ご苦労様でした。その着ぐるみを更衣室で脱いできなさい」
「は、はい」
店長さんは、ウイッグの髪を背中になびかせながら、店の奥に向かって颯爽と歩いていく。
これって、つまり。急遽変更となった計画は、大成功! ってことでいいのか?
妖艶な美女の店長さんの登場に、いまだ驚きが抜けないでいるらしい三人に向けて手を振り、苺は笑いながら店長さんの後を追ったのだった。
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