苺パニック


注:こちらのお話は、書籍になるにあたって削除されたものです。
  サイト掲載時のものを、改稿してあります。

  書籍になるにあたって、大きく改稿したために、書籍の内容とは異なっています。
  そのことを踏まえた上で、お楽しみいただけたら幸いです。


  
(こちらのお話は、書籍ではP87スペースの辺りになりますが、ストーリーが違いますので、ご参考までに)


                        
その15 ようやく理解



ふたりともいつもの姿に戻り、更衣室から出ると、スタッフルームに岡島さんがいた。

苺と店長さんが出てくるのを待っていたらしい。

「爽様、してやられました」

苦笑しつつ岡島さんは降参宣言をする。

店長さんは満足そうに笑い返した。

「鈴木さんも、本当に驚きましたよ」

「でも、すぐにバレちゃって、苺、がっかりでしたよ」

「イチゴを持っていなければ、わからなかったと思います」

「そうですかぁ。つまり、あのイチゴが失敗のもとってわけですね」

苺が笑いながら言うと、岡島さんは真顔で首を横に振る。

「いいえ。もしイチゴを持っていなかったら、私は本気で貴女を取り押さえていました。不審者相手に加減などするつもりはありませんから、鈴木さんの腕の骨を折っていたかもしれません」

ほっ、骨を折る?

岡島さんってば、なんとも物騒なことを涼しい顔でおっしゃる。

しかし冗談を言っている口調じゃない。

岡島さんって、そんなに強かったりするの?

とてもそうは見えないけどなぁ。

まあ、とにかく……

「イチゴを持っててよかったですよ」

「では、私のおかげということになりますね」

店長さんが自分の手柄のように言い、苺は顔をしかめた。

着ぐるみ姿で、店に押入れと無理強いしたひとのおかげとは言いたくないよ。

「では怜、我々はこれで帰る。鈴木さん、行きますよ」

「はーい。岡島さん、お仕事頑張ってくださいね」

「はい」

岡島さんに見送られ、裏口から出ると、店長さんは先ほど置き去りにしたネズミの着ぐるみを抱え上げた。

苺のほうは、自分が着ていたブチネコの着ぐるみを抱えている。

しかしなぁ。

妖艶な美女の店長さん。一生の思い出に、ぜひとも記念写真を残しておきたかった。

いつもの姿に戻ってしまった店長さんの背中を見つめつつ、かなり残念に思う。

けど、やっぱりいつもの姿はいいな。

着ぐるみも楽しかったけどね。

のんびりそんなことを考えていた苺は、ハッとした。

そ、そうだった。いつもと同じってわけじゃなかったよ。

いまの苺の服装は、イチゴだらけだ。

思い出したら、恥ずかしくなってきた。さっさと着替えたい。

「ねぇ、店長さん、これからワンルームに帰るんですよね? この着ぐるみはどうするんですか?」

「着ぐるみは、いったん屋敷に持ち帰ります」

「持ち帰るって……けど、レンタルだから返しちゃうんですよね? もしかして、これ使って、屋敷で何かやっちゃうですか?」

善ちゃんとか、びっくりさせるのも楽しいかも。

「それも……まあ……」

なにやら店長さんの返事が上の空で、苺は店長さんを見上げた。

前を向いている店長さんの表情が少々険しい。

どういうことかは、すぐにわかった。

ちょうど、社員通用口のところに来ていて、店長さんは警備室に視線を向けている。

店長さん、さっきのこと、物凄く根に持ってるみたいだもんなぁ。

不安になった苺は、急いで警備員室に目を向けてみたが先ほどの警備員さんはいないようだ。

苺はほっとした。

ショッピングセンターから出ると、店長さんは、いつものように駐車場へと向かう。

「あっ、店長さん、車がないですよ」

「ありますよ」

「へっ、ある?」

「もちろん、持ってこさせています」

さ、さすが店長さんだ、抜かりない。

ふたりしてトランクに着ぐるみを詰め込み、すぐにショッピングセンターを後にする。

ワンルームまでは車で五分かからないはずなのに、五分過ぎても車は走り続けている。

「店長さん、ワンルームに帰るんじゃなかったんですか?」

「帰っている暇などありませんよ」

「ええーっ、苺はそのつもりだったのに」

「戻る必要はないでしょう」

「ありますよ。苺、このイチゴ尽くしの服を着替えたいんですってば。このままじゃ、着ぐるみを着てるのと同じようなものですよぉ」

「貴女らしい服装ではありませんか。私は、着替える必要をまったく感じませんが」

「苺は感じるんですよ!」

「だとしてももう無理ですね。時間がない」

「時間がないって……どこに行くんですか?」

「今日は月曜日ですよ」

それですべてわかるだろうというように店長さんは言ったが、苺にはわからない。

「昼には、常連の店にゆかなければなりませんし」

常連の店という表現に、苺は笑いが込み上げた。

ほんと、店長さんは、ラーメン屋の常連になりたくて仕方がないんだなぁ。

『常連の店』と口にした店長さんは、ちょっと得意そうだったし。

ぷふふっ。

小さく噴いた苺だが、笑っている場合じゃなかったと思い直す。

「こんなの着てったら、ラーメン屋のみんなにも笑われちゃいますよ」

「嘲笑ではないのですから、別にかまわないでしょう」

問題なしというように店長さんは言い、話を終わらせてしまう。

苺はむっとして店長さんを睨みつけた。

すると、車がスピードダウンして止まった。

「着きましたよ。ほら、早く下りて。終わった頃に迎えに来ます」

店長さんから急かされ、苺はあれよあれよという間に、車から降ろされていた。

どびゅーんという感じで、店長さんの車が走り去る。

この展開、すでに何度か経験している。

苺は嫌々首を回し、目の前の建物に視線を向けた。

煌びやかなエステサロンが、鎮座ましましている。

『今日は月曜日ですよ』と言われた意味を、苺はようやく理解したのだった。





   
inserted by FC2 system