苺パニック


注:こちらのお話は、書籍になるにあたって削除されたものです。
  サイト掲載時のものを、改稿してあります。

  書籍になるにあたって、大きく改稿したために、書籍の内容とは異なっています。
  そのことを踏まえた上で、お楽しみいただけたら幸いです。


  
(こちらのお話は、書籍ではP87スペースの辺りになりますが、ストーリーが違いますので、ご参考までに)


                        
その16 勝手にお馬鹿さん



高級感たっぷりのガラス扉を前にし、苺は顔をしかめた。

行かなきゃ駄目かな?

行った振りだけするってんじゃ、駄目かな?

真剣に考えた苺だが、あの店長さんを騙せるわけがないと思い直す。

エステ前の苺と、エステ後の苺、違いは歴然だろうからなぁ。

やってもらいましたよぉ。

な~んて嘘をついたりしたら……

頭の中で、店長さんから冷たい眼差しを向けられ、苺は「うぎゃっ」と叫んだ。

「はぁ~っ」

ため息を落とす。

やっぱ、行くしかないか。

諦めた苺は、渋々階段を上がり、エステの中に入った。

受付に歩み寄り、すでに顔見知りのスタッフと目を合わす。

「鈴木様、いらしゃいませ。本年もよろしくお願いいたします」

にこやかで丁寧な挨拶を受け、苺もにっこり笑う。

「こちらこそ、よろしくですよ」

思わず言ってしまってから、本心と違う言葉を口にしてしまったことに、苺は思わず顔を歪めた。

あんまりよろしくしたくないってのに……

もちろん、エステのスタッフさんが嫌ってわけじゃない。単に面倒くさいだけだ。

スタッフさんから、ソファに座って待つように言われ、ソファに移動する。

なんで毎週、エステにこなきゃならないんだろうなぁ?

そりゃあ、面接時の苺は、店長さんには許せないほどやぼったかったかもしれないけど……

もう月一くらいでいいと思うんだよね。

心の中でブツブツ呟きつつ、ソファに腰を下ろした苺は、ハッとした。

そっ、そうだった!

苺ってば、いま、イチゴ祭りかってくらい、イチゴ尽くしで……

苺は、上着のポケットについている大きなイチゴのアップリケを、思わず手のひらで押さえた。

いまさらなのだが、受付のスタッフさんの様子を窺ってみる。

すると、スタッフさんは苺と視線を合わせ、素敵な営業スマイルを浮かべる。

スタッフさんは礼儀正しいから、あからさまに笑ったりはしないが……いや、だからこそ、なおさら恥ずかしい。

「鈴木様」

「は、はい」

呼ばれてソファから立ち上がり、苺は受付に駆け寄った。

「では、担当スタッフが参りましたので、ご案内致します」

受付の側に、顔見知りのスタッフさんがやってきていた。

新年の挨拶などするものの、子どもっぽいイチゴ尽くしの格好が、いよいよ恥ずかしくてたまらなくなる。

あーん、もう早く帰りたいよぉ。

奥へと案内されて進みながら、苺は「あ、あの」とスタッフさんに呼びかけた。

「はい」

「じっ、実は、そのぉ……今日あんまり時間がなくて。すみませんけど、半分くらいに短縮してもらいたいんですけど」

「ご予定がおありなのですか?」

「まあ……は、はい。半分に……できます?」

おずおずと聞いたら、スタッフさんは微笑んで頷いてくれる。

「それでは、主要なコースのみということで。……ネイルなどはいかがいたしましょう?」

「それも、なしでお願いします」

ネイルはかなり時間がかかる。

爪なんて、隠しておけば、店長さんも気づかないだろう。

それなりにエステ効果が見えれば、手を抜いてもらったなんて、わかりはしないはずだ。

空いた時間で、このイチゴの服をなんとかしょう。

こんなイチゴ尽くしで、馴染みのラーメン屋には行きたくない。

苺は、エステの最中、服をなんとかするための計画を練った。

ワンルームに帰って、着替えられれば一番だけど……時間がかかりすぎる。

となると……

あとは、このあたりのお店で、服を買うしか手がないか……

この付近には、ブティクもたくさんあるのだが、リーズナブルなブティクがあるだろうか?

そういえば、お財布って、いくら入ってたっけ?

そんなことを考えている間に、短縮エステコースは終了した。

苺は、いつもよりぐっと控えめなお化粧をしてもらい、エステのお店を飛び出た。

歩道を急いで進み、苺のお眼鏡に叶うブティクを探して回る。

ブティクはどこも高級そうで、入るのをためらってしまう店ばかりだ。

十分ほど探し回ったところで、割引品を店の入り口にいっぱいぶら下げているお店を見つけた。

ここだよ、苺の探し求めていたお店は。

笑みを浮かべた苺は、さっそくぶら下げられている服を物色しはじめた。

見るからに安っぽいのやら、受け入れがたいデザインのものが多く、なかなかこれというのが見つからない。

けど、もう迷っている時間がない。

店長さんが迎えにきてしまう前に、エステのところまで戻らないと不味い。

もう、これでいいか。

ありきたりなデザインながら、それなりに許せそうなTシャツとスカートと上着を選び、苺はレジに持っていった。

「これ、着て帰りたいんで、試着室で……」

「お客さん、悪いけど、うちには試着室とかないんだわ」

横柄な口調で、店の主人らしいおばさんが言う。

苺は、まさかの事態に顔をしかめた。

着替えられないんじゃ、これを買う意味がない。

着替えられる場所なんて、もう探してられないし……

「そ、そうですか。そ、それじゃ……も、もう、いいです」

「七千八百円になります」

苺は思わず身を固めた。

苺のいいですってのは、もうこの服はいりませんって意味だったのだが……

感じがいいとはいえないおばさんは、面倒そうに服を袋に詰めはじめている。

それも、ぞんざいに畳んで……

苺は気を落とした。

な、なんか……このおばちゃんの対応、買いたい気持ちが消え失せる。

けど、こうなると、もういらないとは言い出せなかった。

泣きたい気分になりながら、苺は仕方なくバッグから財布を取り出した。

財布を開いてお金を数えた苺は、血の気が引いた。

よ、四千円しかお札がない!

焦って小銭を数えたが、六百三十二円だけ……

苺は顔を強張らせて、おばちゃんに目を向けた。

おばちゃんは、早くしろ支払えと言わんばかりの目を苺に向けてくる。

「あ、あの……お金、持ってるつもりだったんだけど……ぜんぜん足りなくて……」

「はあっ? どうすんのよ?」

目くじらを立てたおばちゃんは、服を入れた袋をパシンと叩きながら、怒鳴るように言う。

持っているお金で買える品だけ選ぼうかとも思ったが、苺は大きく息を吸って口を開いた。

「すみませんでした。もう、いりません。ごめんなさい」

苺は頭を下げ、パッと背を向けて店から飛び出た。

エステに戻りながら、涙が込み上げてならなかった。

迷惑をかけたのだし、おばちゃんが苛立つのは当然かもしれない。

苺が悪かったと、心から思う。けど……

店員っていうのは、そういうものじゃない。あんな風であっちゃいけないと思う。

もし、あのおばちゃんが、店長さんや藍原さんや岡島さんだったら……苺が何を求めているのかをさりげなく聞き出し、苺の求めにできるかぎり応じたいと、心配りをしてくれただろう。

そして、お金が足りないとわかったら、苺に恥をかかせないように、うまく配慮してくれたに違いない。

エステの前に戻った苺は車道を見つめ、店長さんの車を待ち焦がれた。

五分ほどして、店長さんの車がやってきた。

目の前で停まった車のドアを見つめ、また涙が込み上げてしまう。

苺は、ごしごしと涙を拭い、ドアを開けて助手席に乗り込んだ。

「苺、いったい何があったんです?」

座った途端、店長さんの鋭い声が飛んできた。

しまったと思ったが、泣いているのを見つかっては、ごまかしようがない。

イチゴの服が嫌で、エステを短縮してもらい、着替えるために服を買いに走り、結局お金が足りずに買えなかったばかりか、店員さんの不親切な対応に泣いたなんて……

愚かなうえに、情けなさすぎる。

できれば店長さんに知られたくない。

「な、なんもですよ」

「なんでもなくて、なぜ泣いているんです? ここのスタッフに、傷つけられるようなひどいことを言われたのではありませんか?」

ここのスタッフ?

店長さんが何を言っているのかわかった苺は、慌てて首を横に振った。

「違うんです。スタッフさんはぜんぜん関係ないです。いつものように、よくしてもらったですよ。そうじゃなくて、苺が勝手にお馬鹿さんだったですよ」

苺は胸がいっぱいになり、思い余ってがばっと店長さんに抱き着いた。

「い、苺?」

「店長さん、苺は店長さんみたいな店員さんになるです。絶対なるです」

ぐすぐす泣きながら、苺はいましがたの間抜けな一連の出来事を、店長さんに聞かれるまま、すべて白状したのだった。





   
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