苺パニック


注:こちらのお話は、書籍になるにあたって削除されたものです。
  サイト掲載時のものを、改稿してあります。

  書籍になるにあたって、大きく改稿したために、書籍の内容とは異なっています。
  そのことを踏まえた上で、お楽しみいただけたら幸いです。


  
(こちらのお話は、書籍ではP87スペースの辺りになりますが、ストーリーが違いますので、ご参考までに)

 ※こちらのお話、ちょこっとだけ改稿し、タイトルを変更させていただきました。(2015/1/15)


                        
その17 苺、猛反省



店長さんに向けて、すべてを語り尽くした苺は、懺悔を終えた気分になり、すっかり気持ちを立て直せた。

瞼は少々腫れぼったいが、涙も止まってくれた。

そのとき、「ふーっ」という大きなため息が聞こえた。

もちろん、ため息をついたのは店長さんだ。

そ、そうだった。

苺ってば、一方的にいましがたのことを独白しただけ。

まだ店長さんから、一言もお叱りを受けていないじゃないか。

そう気づいた途端、気まずさに顔がひきつり、恐ろしさに背筋がぞっとする。

「やれやれ……」

激しく呆れた言葉をいただく。

苺は、これ以上は無理なほどに縮こまった。

「エステだけのはずが……貴女ときたら、見事にやらかしますね」

顔が熱いほど赤らむ。

は、反論のしようもございません……

「ご、ごめんなさい」

「行ってきなさい」

言われたことが理解できず、苺は眉を寄せた。

「い、行ってきなさいって……あ、あのぉ~、どこに?」

これ以上機嫌を損ねないように、ひたすら遠慮して聞く。

「決まっているでしょう」

決まってるったって……

店長さんてば無茶を言う。

そりゃあ、店長さんは口にしている本人だから、自分の言ってることがわかるだろうけど、苺にはわかんないんだよ。

反論が口から転がり出そうになったが、もちろんぐっと堪える。

しかし、行ってきなさいって……いったい、どこに行けというのか?

「まったく!」

突然店長さんが叫び、ぎょっとした苺は助手席のドアにしがみついた。

「早くしないと、スケジュール通りにいかなくなるじゃありませんか!」

苛立ちながら店長さんが吠える。

すると店長さんは、車を発進させた。

えっ?

行ってこいと言ったことは、もういいのかな?

戸惑ったものの、いま余計なことは言わないほうが良さそうだ。

車は、なんとエステの駐車場に入っていく。

そのことに苺が驚いているうちに、店長さんは車を停めた。

「さあ、早く降りて。行きますよ」

早口に命令し、店長さんは車を降りる。

もちろん苺は、わけがわからないながらも、即座に従った。

店長さんはエステの中に入っていく。

苺は慌てた。

「て、店長さん?」

な、なんで、ここに入るのだ。もうエステは終えたのに……?

「藤原様」

受付のスタッフは、入ってきた店長さんと苺を目にすると、少し驚きを見せて頭を下げた。

「彼女が、メニューを勝手にカットしたと聞いたのでね。カッとしたメニューをやってもらいたいんだが?」

ええっ!

苺は驚きに目を見開いた。

「あ、あのっ、店長さん。苺がお願いしたんです」

「ええ、もちろんわかっていますよ」

冷たく見つめられ、苺は縮こまった。

「もちろん別料金を払わせていただきますが……。やっていただけますか?」

「もちろんです。それに別料金などは必要ございません」

「いえ、そうはいきません。こちらの勝手で迷惑をかけているんです。では、申し訳ないが、よろしく頼みますよ」

「はい。すぐに手配致しますので、そちらにかけてお待ちくださいませ」

頷いた店長さんは、ソファに歩み寄って腰かけた。

苺はしばし棒立ちになっていたが、ずっとそこに立ってもいられず、おずおずと店長さんの隣に座った。

いたたまれないよぉ。

「これに懲りたら、もう二度と……」

不穏な声が飛んできて、ビビった苺は「ひっ」と悲鳴じみた声を上げて店長さんを見る。

「わ、わかってるです。もうしません!」

苺はビビりつつ頭を下げた。

すると店長さんは、これ見よがしに大きなため息をつく。

「はあっ」

ため息に責められて、いたたまれなさが倍増する。

おずおずと店長さんに顔を向けてみたら、店長さんは苺をじっと見ていた。

こっ、この目……物凄く、責めてる。

グサッ、グサッと視線の矢が突き刺さるようだ。

「えっ、えっとぉ」

確かに苺が悪かったけど。

反省して心の底から謝ったし、もう許してくれたらいいのに……

店長さんは、苺に冷たい視線を貼り付けたまま、左腕を大きく振り上げ大袈裟な身振りで時計を見る。

あてつけがましい仕種だった。

「予定通りならば、もう着いている時刻ですよ」

いったいどこに? と考えたところでピンときた。

「ラ、ラーメン屋?」

そ、そうか、そうだったよ。

店長さん、常連さんになりたがっているラーメン屋さんに行くのを、物凄ーく楽しみにしてたんだった。

そんなことでと、正直思わないじゃないが……

けど、店長さんにとっては……そんなことじゃないんだよね。

わくわく楽しみにしていた予定が狂ったら、誰だってイライラするに決まってる。

先ほどの謝罪はエステについてのものだった。

これは、ラーメン屋に関しても謝らねばなるまい。

「店長さん、本当にごめんなさい。でも大丈夫ですよ。昼は二時までやってますから、ま、間に……あむっ」

合うという言葉は口にできなかった。

店長さんの指で唇を上下に挟まれたのだ。唇が動かせない。

苺の口は、アヒルになっているに違いない。

「ずいぶん軽く言いますね」

「む、むごっ、むごっ」

離してくださいと言いたいが、むごむごとしか言えない。

「今日は予定が多くて忙しいと、私は言いませんでしたか?」

そういえば、そんなことを言われた気もする。

とにかくここは肯定しておこうと、苺は唇をがっちり挟まれたまま頷く。

そのとき、苺はある事実に気づいた。

店長さんのスーツ、さっきまで着ていたものと違う。

それも、違ってるだけじゃない。

このスーツ、イチゴの模様がステッチしてある。

スーツと同色の糸でステッチしてあるから、よく見ないと気づけないけど……

それに気づいたら、襟の部分だけではなく、袖口やポケットのところにも、ボタンのラインにも施されているのがわかった。

「藤原様、鈴木様」

苺の担当のスタッフさんが飛ぶようにしてやってきた。

「申し訳ありませんでした」

担当さんは何も悪くないというのに、店長さんに向けて頭を下げる。

「いえ、貴女が謝る必要はありませんよ。悪いのはこの苺ですからね」

「その通りです。本当にごめんなさい!」

ひれ伏さんばかりに頭を下げる。

「すっ、鈴木様」

「すみませんが頼みますよ。さあ苺、行ってきなさい」

苺は猛反省しつつ、担当さんの後についていったのだった。





   
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