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その18 ぷりぷりの原因
ほんと、立場がないとはこのことだよ……
スタッフさんはこれまでと変わりなく優しかったが、優しい分、苺にとってエステルームは針のむしろだった。
さっき断ったネイルも気後れしながらやってもらうことになり、苺は全身ピカピカになったが、心はピカピカとは程遠かった。
しかし店長さんときたら、まさか、さりげなくイチゴ模様のスーツに着替えているとは驚きだ。
けど、なんでまた、イチゴ模様のスーツなんか?
苺がイチゴ柄の服だから、お揃いにしようとか思ったんだろうか?
もしや、イチゴ模様のスーツになかなか気づかないだろう苺を面白がろうとか?
「す、鈴木様」
スタッフさんの声に、苺は我に返った。
そ、そうだった。
まだネイルの途中。なのに、無意識に手を顎に当てようとして、手を動かしたせいで、迷惑をかけたらしい。
「ご、ごめんなさい」
もお、何やってんだ、苺ってば。
ただでさえ、気まずいってのに……
「あの、大丈夫ですか?」
心配そうに聞かれ、苺は赤らめた顔で首を横に振った。
「今日は、迷惑かけちゃって、本当にごめんなさい」
「迷惑などということは何も。今日はネイルをなさらないとお聞きして、残念に思っていたんです。こうしてやらせていただけることになって、嬉しいです」
嬉しそうににこにこと微笑みながらの言葉。
気持ちがストレートに伝わってきて、苺は胸がジーンとした。
このエステのスタッフさんは、ほんと満点さんばかりだ。お客さんに対するまごころがある。
苺はハッとした。
もしかすると……
店長さん、このエステのスタッフさんの完璧な接客の対応を苺に体験させたくて、ここに通わせてるんじゃないだろうか?
「はい。終わりましたわ」
苺は綺麗に仕上がった指を見て、にっこり微笑んだのだった。
「店長さん、苺、心の底から反省したですよ」
車に戻ったところで、苺は改めて謝ろうと店長さんに声をかけた。
浅はかなことを考えたせいで、みんなに迷惑をかけてしまった。
「心の底からねぇ」
店長さんは、まだ腹の虫がおさまらないのか、声に毒がある。致死量には至らない程度に薄まってはいるが……
「まだ怒ってるですか?」
小声で聞くと、店長さんは不愉快そうに視線を向けてきた。
「貴女は、まだわかっていませんね」
「えっ? 店長さんが怒ってる理由でしょ? もちろん、わかってるですよ」
「なら、言ってごらんなさい」
「だ、だから、エステを勝手に短縮しちゃったことでしょ?」
「……それだけですか?」
そ、それだけって。ほかに何があると?
「先ほど、貴女は、これに気づいたように見受けましたが?」
店長さんは、自分のスーツの襟をぐいっと前につき出しながら、苺に迫ってきた。
迫力に負けてぐっと身を引く。
「もちろん、気づいたですよぉ。イチゴのステッチのスーツなんてあるんですねぇ。苺、びっくらこいちゃったですよ」
「あるわけないでしよう!」
怒鳴りつけられて、目をかっぴらく。
「け、けどっ、て、店長さん、着てるじゃないですか?」
「ステッチを入れさせたのですよ。行きつけの店でこのスーツを購入してね」
入れさせた? ステッチを、わざわざ?
な、なんておひとだ……開いた口が塞がらないよ。
「苺がエステをしてる間に?」
「間にですよ。なのに、戻ってきたら……」
ギンと音がするほど鋭い睨みを食らい、苺は顔を歪めた。
ほっぺに、ぐさぐさと睨みの矢が刺さった気がする。
「まさか、その服を取り換えようとしていたとはね」
ここにきてようやく、苺は店長さんの強烈な怒りの原因に気づいた。
そ、そうか。もし、苺のお金が足りてて、イチゴの服じゃなくなってたら、店長さんは自分だけイチゴスーツってことになってたわけで……
そりゃあもう、滑稽?
頭の中にその情景がリアルに浮かび、思わずぷっと笑いそうになった苺は、根性で真顔を保った。
ここで笑ったら身の破滅だ。
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