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その20 愉快な方法
しっかし、まさか、伊藤のおじさんの家に行くことになるとはねぇ……
苺は、流れていく風景を眺めながら、小さく笑ってしまった。
あと十分くらいで伊藤のおじさんちだ。
一度訪れただけだってのに、店長さんはおじさんちまでの道を覚えてしまったらしい。ナビも使わず、ここに来るまで一度も道を確認してこない。
すごい暗記力だと思う。
田舎のここらへんは、似たような風景や道が続いているから、苺でもしっかり意識してないと、道を間違えそうになるくらいだってのに……
伊藤のおじさんちに行くのは、暮れにシクラメンを買いに来たとき以来だな。
あのときは、イチゴ狩りまでさせてもらえて……
ああそうだった。苺、おじさんの家に行く前に、レストランの階段で足首捻ってえらい目に遭ったんだった。
おじさん家でも、ずっと店長さんに支えてもらわないと歩けなくて……
難儀をしたけど、いまとなればあれも楽しい思い出だ。
いや、懐かしむにしては最近過ぎるか?
そう考えてくすっと笑う。
あのシクラメンは、いまも華やかな花を咲かせている。
苺のワンルームでも、お店でも、苺の実家でも、見事な彩りを添えてくれている。
まあ、苺の部屋にやってきた真紅のシクラメンが一番素敵だけどね。
苺はワンルームのシクラメンを思い浮かべてにっこり笑った。
今日帰ったら、お水をあげないと……
「ご機嫌ですね?」
店長さんが話しかけてきて、苺は顔を向けた。
「はい。シクラメンのことを思い出してたですよ」
「ああ、シクラメンのことを……」
「あっ、そうだ! 店長さん、いいものがあるんですよ」
「いいもの? なんです?」
苺は、バッグを開けて、飴玉を取り出した。
「キャンディですよ。病院の売店のおばちゃんにもらったんです。緑と桃色ですけど、どっちがいいですか?」
「キャンディーですか」
「たぶん、緑はメロンで、桃色は……うーん、イチゴかなぁ、それともピーチ」
「貴女はイチゴ味がいいのでしょう? 私は、メロンを頂きましょう」
苺は頷き、緑のキャンディーの包みを開け、運転している店長さんの口元に運んだ。
「はい。あーん」
店長さんの唇が開くのを待つが、いつまで経っても口を開けない。
「なんで、口開けないですか?」
「い、いえ……」
店長さんは、ようやく少し唇を開けた。
苺は唇の隙間に、緑色のキャンディーをくいっと押し込む。
苺は自分も桃色の包み紙を開けて、ぽいっと口に放り込む。
「メロン……」
店長さんがそう呟くと同時に、苺は顔をしかめて口をすぼめていた。
「す、すっぱ!」
こっ、これは、イチゴでもピーチでもないっ!
「すっぱい? 苺、貴女のキャンディは、何味だったんです?」
「う、梅ですよぉ。しかも、ものすんごく、すっぱいんです」
店長さんはキャンディを口の中で転がしながら、くすくす笑う。
「梅味とは、意外でしたね……実は、私のキャンディもメロンではありませんでしたよ」
「ええっ? 緑色なのに? いったい何味だったですか?」
「なんだと思います?」
「う、うーん?」
苺は、すっぱい梅のキャンディーを口の中でコロコロ転がしながら、腕を組んで考え込んだ。
「緑でしょ? 緑のキャンディ? あっ、わかったですよ!」
苺はポンと手を打って、叫んだ。
「外れるような気がしますね」
口元に笑みを浮かべながら店長さんが言う。
「そんなことないですよ。絶対、当たりですって。マスカット味でしょ?」
「違いますよ」
「ええーっ? 緑色のキャンディって言ったら、ほかにないですよ」
「色を考えてごらんなさい」
「緑でしょ? メロンでもなくて、マスカットでもなかったら……他には思いつかないですよ」
腕を組んで考え込んでいると、赤信号で車が止まった。
店長さん側のほうにある歩行者用信号の緑色のライトを見つめ、緑色のキャンディーが何味が必死に考え込んでいたら、ひょいと店長さんが顔を突き出してきた。
「て……」
ぎょっとした瞬間、店長さんの口が開き、ふっと鼻先に息が吹きかけられる。
もちろん驚いたが、お茶の匂いが香る。
「お、お茶?」
「当たりです」
店長さんは笑いながら顔を離す。
「もおっ、急に顔を突き出すから、びっくりしちゃったですよ」
「答えを知るのに、一番愉快な方法だったでしょう? それにしても、梅味と緑茶の味のキャンディーとは、想像がつきませんでしたね」
まったく店長さんときたら。
びっくりさせられたけど、けど、面白い。
答えを知るのに、一番愉快な方法だなんて。
苺は梅の味を味わいながら、くすくす笑った。
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