苺パニック


注:こちらのお話は、書籍になるにあたって削除されたものです。
  サイト掲載時のものを、改稿してあります。

  書籍になるにあたって、大きく改稿したために、書籍の内容とは異なっています。
  そのことを踏まえた上で、お楽しみいただけたら幸いです。


  
(こちらのお話は、書籍ではP87スペースの辺りになりますが、ストーリーが違いますので、ご参考までに)


                        
その20 愉快な方法



しっかし、まさか、伊藤のおじさんの家に行くことになるとはねぇ……

苺は、流れていく風景を眺めながら、小さく笑ってしまった。

あと十分くらいで伊藤のおじさんちだ。

一度訪れただけだってのに、店長さんはおじさんちまでの道を覚えてしまったらしい。ナビも使わず、ここに来るまで一度も道を確認してこない。

すごい暗記力だと思う。

田舎のここらへんは、似たような風景や道が続いているから、苺でもしっかり意識してないと、道を間違えそうになるくらいだってのに……

伊藤のおじさんちに行くのは、暮れにシクラメンを買いに来たとき以来だな。

あのときは、イチゴ狩りまでさせてもらえて……

ああそうだった。苺、おじさんの家に行く前に、レストランの階段で足首捻ってえらい目に遭ったんだった。

おじさん家でも、ずっと店長さんに支えてもらわないと歩けなくて……

難儀をしたけど、いまとなればあれも楽しい思い出だ。

いや、懐かしむにしては最近過ぎるか?

そう考えてくすっと笑う。

あのシクラメンは、いまも華やかな花を咲かせている。

苺のワンルームでも、お店でも、苺の実家でも、見事な彩りを添えてくれている。

まあ、苺の部屋にやってきた真紅のシクラメンが一番素敵だけどね。

苺はワンルームのシクラメンを思い浮かべてにっこり笑った。

今日帰ったら、お水をあげないと……

「ご機嫌ですね?」

店長さんが話しかけてきて、苺は顔を向けた。

「はい。シクラメンのことを思い出してたですよ」

「ああ、シクラメンのことを……」

「あっ、そうだ! 店長さん、いいものがあるんですよ」

「いいもの? なんです?」

苺は、バッグを開けて、飴玉を取り出した。

「キャンディですよ。病院の売店のおばちゃんにもらったんです。緑と桃色ですけど、どっちがいいですか?」

「キャンディーですか」

「たぶん、緑はメロンで、桃色は……うーん、イチゴかなぁ、それともピーチ」

「貴女はイチゴ味がいいのでしょう? 私は、メロンを頂きましょう」

苺は頷き、緑のキャンディーの包みを開け、運転している店長さんの口元に運んだ。

「はい。あーん」

店長さんの唇が開くのを待つが、いつまで経っても口を開けない。

「なんで、口開けないですか?」

「い、いえ……」

店長さんは、ようやく少し唇を開けた。

苺は唇の隙間に、緑色のキャンディーをくいっと押し込む。

苺は自分も桃色の包み紙を開けて、ぽいっと口に放り込む。

「メロン……」

店長さんがそう呟くと同時に、苺は顔をしかめて口をすぼめていた。

「す、すっぱ!」

こっ、これは、イチゴでもピーチでもないっ!

「すっぱい? 苺、貴女のキャンディは、何味だったんです?」

「う、梅ですよぉ。しかも、ものすんごく、すっぱいんです」

店長さんはキャンディを口の中で転がしながら、くすくす笑う。

「梅味とは、意外でしたね……実は、私のキャンディもメロンではありませんでしたよ」

「ええっ? 緑色なのに? いったい何味だったですか?」

「なんだと思います?」

「う、うーん?」

苺は、すっぱい梅のキャンディーを口の中でコロコロ転がしながら、腕を組んで考え込んだ。

「緑でしょ? 緑のキャンディ? あっ、わかったですよ!」

苺はポンと手を打って、叫んだ。

「外れるような気がしますね」

口元に笑みを浮かべながら店長さんが言う。

「そんなことないですよ。絶対、当たりですって。マスカット味でしょ?」

「違いますよ」

「ええーっ? 緑色のキャンディって言ったら、ほかにないですよ」

「色を考えてごらんなさい」

「緑でしょ? メロンでもなくて、マスカットでもなかったら……他には思いつかないですよ」

腕を組んで考え込んでいると、赤信号で車が止まった。

店長さん側のほうにある歩行者用信号の緑色のライトを見つめ、緑色のキャンディーが何味が必死に考え込んでいたら、ひょいと店長さんが顔を突き出してきた。

「て……」

ぎょっとした瞬間、店長さんの口が開き、ふっと鼻先に息が吹きかけられる。

もちろん驚いたが、お茶の匂いが香る。

「お、お茶?」

「当たりです」

店長さんは笑いながら顔を離す。

「もおっ、急に顔を突き出すから、びっくりしちゃったですよ」

「答えを知るのに、一番愉快な方法だったでしょう? それにしても、梅味と緑茶の味のキャンディーとは、想像がつきませんでしたね」

まったく店長さんときたら。

びっくりさせられたけど、けど、面白い。

答えを知るのに、一番愉快な方法だなんて。

苺は梅の味を味わいながら、くすくす笑った。





   
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