苺パニック


注:こちらのお話は、書籍になるにあたって削除されたものです。
  サイト掲載時のものを、改稿してあります。

  書籍になるにあたって、大きく改稿したために、書籍の内容とは異なっています。
  そのことを踏まえた上で、お楽しみいただけたら幸いです。


  
(こちらのお話は、書籍ではP87スペースの辺りになりますが、ストーリーが違いますので、ご参考までに)


                        
その24 時間切れ



目的地か。

いったいどこなんだろう?

店長さん、ヒントはすでにくれたと言ったよね。

いつもらったんだ? いったいどんな?

くっそぉ~。ぜっんぜん思い出せないし。

よしっ、こうなったら、一から思い出してみるとしよう。

はじめに、苺がどこに行くのかって聞いたら、店長さんが……えーっと……そう、鏡を見ろと言ったんだ。だから、苺は……

「そういえば、苺」

一生懸命思い出そうとしているところに店長さんが話しかけてきて、苺は思わず「は、はい?」と返事をする。

「同窓会はどうだったのですか?」

同窓会?

また唐突に……

苺はいま……一生懸命に……

「もっと話を聞かせていただこうと思っていたのに、すっかり忘れていましたよ」

そう言われ、苺は同窓会で知った驚くべき話を思い出した。思わず興奮してしまう。

「そうそう、もうびっくりなことがあったんですよ」

「びっくり……いったいどんなことが?」

「友達のひとりが、六月に結婚するっていうんですよ」

「そうなんですか」

「はい。結婚式にも来てねって」

苺は「むふふ」と笑いながら、店長さんの腕をトントンと叩いた。

「うん? なんですか?」

「苺、その子に、結婚指輪はうちのお店で買ってねって、宣伝しといたですよ」

もしかしたらだけど、来てくれるかもしれない。

「来てくださると嬉しいですね」

「はい。もし来てくれたら、苺、彼女のために心を込めてラッピングするですよぉ」

両手を合わせてウキウキしつつ、その様子を夢想していると、店長さんが「それで?」と話しかけてきた。

「はい?」

「目的地は? 早く答えないと、到着してしまいますよ」

ハッ!

す、すっかり忘れていた。

「店長さんってば、いま必死で考えてるところだったのに、同窓会のことなんか聞いてくるからぁ」

ぶちぶち文句を言いながら、先ほどの続きを考え込む。

えーっと……どこまで考えたっけ?

そうそう鏡だよ、鏡。

目的地がわかる魔法の鏡があるのかと聞いたんだ。そしたら、そんなもんあるわけないって言われて……

そこで、なんでか唐突に笑い出した店長さんに、鈴木さんって呼ばれて……

そうだよ。ここで話が脱線しちゃったんだ。

呼び方の話になったら、店長さんが不機嫌になって……

「鈴木さん」

考え込んでるところに、また店長さんが話しかけてきた。

苺はちらりと視線を向けたものの、今度は返事をしなかった。

返事なんぞしたら、また邪魔されてしまう。

頭の回転エンジンに、ぎゅぎゅーんとアクセルを踏み込む。

えーっと、呼び方の話になったら、不機嫌になって、そのあと……

そう、夕食の話になって、おにぎりの話になって、そこでちょっとばかし機嫌が直ったように思えたのに……

「どうして返事をしないんです」

やっぱり機嫌が悪くって……

考え事と、店長さんのむっとしたような言葉が重なり、苺もむっとして店長さんを睨みつけた。

「目的地を考えてるんですよ。どうして邪魔するですか?」

「ほお、そういう態度ですか。やさしいヒントを差し上げようと思ったのに……」

へっ? やさしいヒントとな?

「ど、どんなですか?」

「邪魔なのでしょう」

むくれたように言う。

まったく、店長さん、お子ちゃまだ……

「ヒントをくれるなら、別に邪魔じゃないですよ」

「ずいぶんと横柄ですね」

態度が良くなかったらしい。

苺はちょっと態度を改めることにした。

「ヒントをいただけたら嬉しいです。店長さん、よろしくお願いします」

助手席に座っている状態で出来うる限り、深々と頭を下げてみる。

「まずは、いま考えついた答えを言ってごらんなさい。もしかしたら当たるかもしれませんし」

「まだなんにも考えついちゃいないですよ。いま、店長さんとのやりとりを思い返してて」

店長さんは、前を向いたまま、くいっと眉を上げる。

「そんな浅い過去では、ヒントなど出てきませんよ」

浅い過去ってなんだ?

言われている意味がわからず、苺は首を傾げた。

「店長さんが、さっきくれたっていうヒントから、まずは思い出そうとしているんですよ」

「やれやれ、もうご自由に」

店長さんときたら、投げやりに言う。

「えっ! ご自由にじゃなくて、やさしいヒントくださいよ」

「もう一度答えてからと言いましたよ」

「そんなの意味ないじゃないですか?」

「私は、意味のあることしか口にしていませんよ」

そう口にしたあと、店長さんはふっと笑った。

苺はむっとした。

いまの笑い、苺のことを笑っているとしか思えない。

「いま、何を笑ったですか?」

「私のヒントを、ことごとくスルーしておしまいになるから、笑いが込み上げたのですよ」

「ことごとくスルー?」

「さあ、もっと真剣に考えたらいかがですか。着いてしまいますよ」

苺は、店長さんを睨みつけた。

店長さんは、明らかに苺の邪魔をしている。

きっと、当てられなくて悔しがる苺が見たいのに違いない。

けど、このままじゃ、店長さんの思うつぼっぽい。

うーん。ヒントのことはもう忘れて、目的地っぽいところを、とにかくあげて見るとしよう。

まずは、苺のワンルームは違うよね。苺の実家も違うだろう。

店長さんの家? 羽歌乃おばあちゃんは、いま病院だし……

あっ、病院?

ありそうだ。自分が入院してたことなど知らぬふりで、真柴さんのお見舞いに行ったりするかも。

うんうん。病院は、目的地の最有力候補になりそうだ。

キャンディをくれた売店のおばちゃんにも、会いたかったら会いにゆけばいいって言ってくれたし、それって病院に行くつもりだからかもしれないよ。

大正解な気がしてきた。

「店長さん、わかりましたよ」

苺はにやりと笑って店長さんに言った。

「おや、ずいぶん自信があるようですね」

「はい。もうここしかないって感じですよ」

「では、言ってごらんなさい」

苺は、むふふと笑ってから口を開いた。

「病院でしょ? 真柴さんのお見舞いに行くんでしょ?」

「……」

店長さんはちらりと苺を見たものの、何も言わない。

なんだ、このそっけない反応。これは……当たったからなんだよね?

「店長さん、当たっ……」

「もう一度、チャンスが欲しいですか?」

えっ?

「病院は、外れなんですか?」

「さあ、どうします。もう五分ほどしかありませんよ」

苺を追い詰めるように店長さんは言う。

負けてたまるかと思うものの、やさしいヒントってのができればほしい。

どうすればもらえるだろうか?

おだてる? 泣きつく? 甘えてみる?

瞬く間に三つも作戦を思いついたが、どんなふうに実行すればいいのか思いつけない。

『いよっ、店長さん、さすがだねぇ』なんて言っても、『何がさすがなんですか?』と、さめた返事を食らうだけになりそうだ。

泣きついてみるか?

甘えてみてもいいけど……べしっと頭を叩かれそうだな。

よ、よしっ。泣きでいこう。

「て、店長さーん。お願いしますよぉ~。やさしいヒントをひとつう~」

両手をこすり合わせ、めいっぱいの泣き顔を作って乞うてみる。

「いまひとつですね」

ばっさり切られて、苺はかくんと首が折れた。

「ほら、苺。残り三分ほどで、着きますよ」

淡々と言われてむかつくが、ムカついてる場合じゃない。

うっ、うっ、うーっ。どうする苺?

このままじゃ、みすみす特製イチゴヨーグルトを……。

そう思った時、ハッとした。

そ、そうか、いま、目的地付近にいるのだ。

つまり、ここがどこなのかがわかれば、自然と目的地の予想がつく。

苺は急いで周りを確認した。

えーと、ここは?

町中だけど……ここって、どこ?

「店長さん、ここはどこなんですか?」

「ここがどこかを当ててもらおうとしているのに、答えてしまったら意味がないでしょう?」

「でも、苺、ここがどこだかわからないですよ」

「一度来ているのに?」

「一度来てるんですか?」

「ええ。一度」

「店長さんとですよね?」

「もちろんですよ」

店長さんに連れられて、知らない場所に行ったのって……

あっ、お店に飾るクリスマス用の小物を買いに行ったよね。

「わかったですよ。お店に飾る小物を買いに行くんですね。あのお店、このあたりだったんですね」

「ふぅ」

当たったと思ったのに、店長さんはため息をつく。

「こんなつもりはなかったのに……時間切れになってしまいましたね」

ひどく残念そうに言い、店長さんはウインカーを出して左に曲がる。

「こっ、ここは……」

建物を見つめた苺は、一瞬で思い出した。

「ここだったなんてぇ~」

苺の脳内では、ボスシェフさん特製イチゴヨーグルトが、羽根をはやして飛んでいったのだった。





   
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