苺パニック


注:こちらのお話は、書籍になるにあたって削除されたものです。
  サイト掲載時のものを、改稿してあります。

  書籍になるにあたって、大きく改稿したために、書籍の内容とは異なっています。
  そのことを踏まえた上で、お楽しみいただけたら幸いです。


  
(こちらのお話は、書籍ではP87スペースの辺りになりますが、ストーリーが違いますので、ご参考までに)


                        
その25 笑いのツボは謎



「今度はどこに行くんですか?」

用事を終え、車に乗り込んだ苺は、先回りして問い質した。

ボスシェフさんの特製イチゴヨーグルトは逃してしまったし……すでに苺のテンションだだ下がりだ。

さらに、この車の中、伊藤のおじさんからもらったイチゴのスイートな香りで満ちている。イチゴをゲットできたのは、嬉しいのだが……

このイチゴの匂いがするせいで、逃したイチゴヨーグルトのことを頭から消し去れない。

「聞くんですか?」

すでに馴染みのフレーズに、苺はむっとして店長さんに向いた。

「聞くですよ」

苺は即答し、自分が手にしているものに目を向けた。

真っ赤なカバーに、普段目にしない菊の御紋。

なんか、こういうの目にすると、日本人だってのを、強烈に認識しちゃうね。

この一番上の文字は日本……だよね。
そいじゃ、この下のは……?

「なんだそうですか……敗者復活、再挑戦させてあげようかと思ったのに……」

「はい?」

難しい顔をして考え込んでいた苺は、店長さんの言葉を聞き逃して、顔を向けた。

「なんか言いました?」

「……聞いていなかったんですか?」

冷たい目でチラ見され、思わずぴくりと身が震えた。

「だ、だって……苺、この文字がよくわからなくて……なんて書いてあるのかなぁって」

苺は、読めない文字を指さして、自分を庇護した。

「旅券ですよ」

「はい? りょ……」

苺はじーっと読めない文字を見つめた。

「おおっ、た、確かに。そう言われたら、そう読めますよ」

「ふっ」と微かな笑いを含んだ声が聞こえ、苺が店長さんを振り返ると、声に出さずに笑っている。

「笑うことないじゃないですか。こんな文字見たことないんだし。それに、パスポートが旅券って、ピンとこないっていうか……」

しっかし、パスポートのことなんぞ、すっかり頭から消えていたよ。

苺自身に、実用、活用の意図なんぞまったくないから、記憶もあいまいになるのだ。

こんなもの作らせて……いったいなにを? って……こいつの活用の場って、そりゃあ……海外旅行なんだよね?

ま、まさか、苺を海外に連れてくつもりなのか? いったい、どこの海外?

そんなの、北の国どころじゃないよ。苺、日本で充分だし。

「あの……」

「イチゴヨーグルトは、もう諦めてしまわれるんですか?」

小声で店長さんに問いかけたと同時に、店長さんが話しかけてきて、苺は思わず「は、はい?」と答えていた。

「鈴木さんらしくありませんね」

「あ、あの……イチゴヨーグルト、諦めてって……あの?」

「敗者復活、再挑戦させてあげましょうと、ご提案したのですよ。聞いていらっしゃらなかったようですが……」

最後の台詞はずいぶんとあてつけがましかったが、再挑戦の言葉にテンションを上げた苺は、聞いちゃいなかった。

「ええっ? さ、再挑戦させてもらえるですか? そりゃあ、すっごく嬉しいですけど」

「では、次の目的地に到着するまでに……」

「了解ですよ。今度こそ、なんとしても正解するですよ」

苺は、手にしているパスポートで、無意識におでこをパシパシと叩きながら、考え込んだ。

さっきのやりとりからすれば、病院はなさそうだ。

クリスマスの小物を買ったおしゃれなお店も、惜しいとも言われなかったし、候補から削除だな。

あとは……うーん、店長さんの家か、ワンルーム。

うん、そうか。

ワンルームに帰るという可能性もある。

そろそろ夕方だし、鈴木家に送る前に、ワンルームでちょっとくつろごうと、店長さんは考えてるのかもしれない。

「ところで店長さん」

「なんです」

「これって、答えが間違えてても、目的地に着くまでなら、いくつでも答えていいんですよね?」

「……いくつでもとすると、少々面白さが半減しそうですね。では、三つまでとしましょう。もうそんなに候補はないはずですからね」

確かに、絞り出そうとしても、そんなに候補は出ない。

店長さんと一度は行ったところでなきゃ、苺が思いつけず、クイズとして成り立たないんだし。

店長さんと行ったところかぁ?

いっぱい行ってそうで、そうでもないなぁ。

店長さんとの付き合いって、まだ二ヶ月経ってないんだよね。

「へーっ」

思わず声が出てしまった。だって、そんな気、ぜんぜんしない。

不思議なひとだよね、店長さんって。

意外の塊で、苺は度肝を抜かれっぱなしだし。

「苺?」

「ワンルームでしょ?」

店長さんは苺の言葉を聞き、眉を上げて、「いいえ」と言う。

なんだ。違うのか?

「あと二つになっちゃったか……何処かなぁ?」

意味もなく、パスポートを開き、じーっと見つめて考える。

あと、店長さんと出かけたところは……?

そうそう、初日の出を見に、神社に行ったな。剛も一緒で……

あの神社には、初日の出を見に行く前に、お団子を食べに行ったんだっけ……

引っ越しのお手伝いしてもらったお礼にお昼をご馳走して、おまけのデザートってことで……

お団子かぁ。お団子もいいなぁ。

考えたら食べたくなってきた。

店長さんが、いまどこに向かっているのかわからないが、いっちょ提案してみっかな?

三時のおやつじゃなくて、夕方のおやつになっちゃいそうだけど……

それを現実にするためには、早いところ目的の場所に行って用事を終えなければ。

「ねぇ、店長さん。今度こそ、やさしいヒントもらえません?」

「そうですね……当たりそうもありませんし。では、やさしいヒントを」

店長さんは、左手をハンドルから離し、ひとさし指を軽く振りながら言う。

「はい。お願いします」

苺は姿勢を正し、ちょこんとお辞儀をした。

「子分……」

うん? コブン……だけ?

「あの、コブン?」

「ええ。子分のところですよ」

コブンのところ? ああ、コブンて、子分か? ……子分のところ?

苺は顔を歪めた。

さっぱり意味わかんないし。

「それがやさしいヒントなんですか?」

「よく考えてごらんなさい。すぐに答えが出ますよ」

店長さんはそう言うが、その言葉には激しく反論したい。そんなヒントで、答えが出るとは思えない。

「貴女が口にされたのですよ」

「えっ? 苺が? 子分のところって、苺が言ったんですか?」

「その言葉通りではありませんが……私に子分だと教えたのは、貴女ですよ」

ますますわからなくなった。

お手上げだ。苺は諦めて、ため息をついた。

「もういいです。苺、当てられそうもないし……。ねぇ、店長さん、イチゴヨーグルトは諦めるんで、その代りに、おやつ食べに行きません?」

「おやつとは?」

「お団子ですよ。ほら、神社の鳥居の前のお団子屋、食べに行ったでしょう?」

「…………」

返事を待つものの、店長さんはなかなか返事をしない。

「店長さん?」

「貴女ときたら……ふっ……あっははは……くっくっ……」

いったいいまの会話の何が笑いのツボだったのか、突然店長さんが派手に笑い出した。

「な、なんなんですか?」

「くくくっ……いえ……天才的におかしなひとだ。くくっ、あはははは……」

天才的におかしなひと発言に、苺はむっとして唇を突き出した。

「苺のどこが、おかしなひとだって言うんですか? 苺は答えを当てられそうもないから、お団子食べに行きましょうって、誘っただけですよ」

運転しながら笑い続けている店長さんに向けて、苺は文句を言い募ったが、店長さんときたら、なんでか苺の言葉にさらに笑いを膨らませる。

「わけわかりませんよっ!」

「目的地につけば、わかりますよ」

なおも笑い続けながら店長さんは言い、苺の手にしているパスポートをひょいと取り上げた。





   
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