|
その25 笑いのツボは謎
「今度はどこに行くんですか?」
用事を終え、車に乗り込んだ苺は、先回りして問い質した。
ボスシェフさんの特製イチゴヨーグルトは逃してしまったし……すでに苺のテンションだだ下がりだ。
さらに、この車の中、伊藤のおじさんからもらったイチゴのスイートな香りで満ちている。イチゴをゲットできたのは、嬉しいのだが……
このイチゴの匂いがするせいで、逃したイチゴヨーグルトのことを頭から消し去れない。
「聞くんですか?」
すでに馴染みのフレーズに、苺はむっとして店長さんに向いた。
「聞くですよ」
苺は即答し、自分が手にしているものに目を向けた。
真っ赤なカバーに、普段目にしない菊の御紋。
なんか、こういうの目にすると、日本人だってのを、強烈に認識しちゃうね。
この一番上の文字は日本……だよね。
そいじゃ、この下のは……?
「なんだそうですか……敗者復活、再挑戦させてあげようかと思ったのに……」
「はい?」
難しい顔をして考え込んでいた苺は、店長さんの言葉を聞き逃して、顔を向けた。
「なんか言いました?」
「……聞いていなかったんですか?」
冷たい目でチラ見され、思わずぴくりと身が震えた。
「だ、だって……苺、この文字がよくわからなくて……なんて書いてあるのかなぁって」
苺は、読めない文字を指さして、自分を庇護した。
「旅券ですよ」
「はい? りょ……」
苺はじーっと読めない文字を見つめた。
「おおっ、た、確かに。そう言われたら、そう読めますよ」
「ふっ」と微かな笑いを含んだ声が聞こえ、苺が店長さんを振り返ると、声に出さずに笑っている。
「笑うことないじゃないですか。こんな文字見たことないんだし。それに、パスポートが旅券って、ピンとこないっていうか……」
しっかし、パスポートのことなんぞ、すっかり頭から消えていたよ。
苺自身に、実用、活用の意図なんぞまったくないから、記憶もあいまいになるのだ。
こんなもの作らせて……いったいなにを? って……こいつの活用の場って、そりゃあ……海外旅行なんだよね?
ま、まさか、苺を海外に連れてくつもりなのか? いったい、どこの海外?
そんなの、北の国どころじゃないよ。苺、日本で充分だし。
「あの……」
「イチゴヨーグルトは、もう諦めてしまわれるんですか?」
小声で店長さんに問いかけたと同時に、店長さんが話しかけてきて、苺は思わず「は、はい?」と答えていた。
「鈴木さんらしくありませんね」
「あ、あの……イチゴヨーグルト、諦めてって……あの?」
「敗者復活、再挑戦させてあげましょうと、ご提案したのですよ。聞いていらっしゃらなかったようですが……」
最後の台詞はずいぶんとあてつけがましかったが、再挑戦の言葉にテンションを上げた苺は、聞いちゃいなかった。
「ええっ? さ、再挑戦させてもらえるですか? そりゃあ、すっごく嬉しいですけど」
「では、次の目的地に到着するまでに……」
「了解ですよ。今度こそ、なんとしても正解するですよ」
苺は、手にしているパスポートで、無意識におでこをパシパシと叩きながら、考え込んだ。
さっきのやりとりからすれば、病院はなさそうだ。
クリスマスの小物を買ったおしゃれなお店も、惜しいとも言われなかったし、候補から削除だな。
あとは……うーん、店長さんの家か、ワンルーム。
うん、そうか。
ワンルームに帰るという可能性もある。
そろそろ夕方だし、鈴木家に送る前に、ワンルームでちょっとくつろごうと、店長さんは考えてるのかもしれない。
「ところで店長さん」
「なんです」
「これって、答えが間違えてても、目的地に着くまでなら、いくつでも答えていいんですよね?」
「……いくつでもとすると、少々面白さが半減しそうですね。では、三つまでとしましょう。もうそんなに候補はないはずですからね」
確かに、絞り出そうとしても、そんなに候補は出ない。
店長さんと一度は行ったところでなきゃ、苺が思いつけず、クイズとして成り立たないんだし。
店長さんと行ったところかぁ?
いっぱい行ってそうで、そうでもないなぁ。
店長さんとの付き合いって、まだ二ヶ月経ってないんだよね。
「へーっ」
思わず声が出てしまった。だって、そんな気、ぜんぜんしない。
不思議なひとだよね、店長さんって。
意外の塊で、苺は度肝を抜かれっぱなしだし。
「苺?」
「ワンルームでしょ?」
店長さんは苺の言葉を聞き、眉を上げて、「いいえ」と言う。
なんだ。違うのか?
「あと二つになっちゃったか……何処かなぁ?」
意味もなく、パスポートを開き、じーっと見つめて考える。
あと、店長さんと出かけたところは……?
そうそう、初日の出を見に、神社に行ったな。剛も一緒で……
あの神社には、初日の出を見に行く前に、お団子を食べに行ったんだっけ……
引っ越しのお手伝いしてもらったお礼にお昼をご馳走して、おまけのデザートってことで……
お団子かぁ。お団子もいいなぁ。
考えたら食べたくなってきた。
店長さんが、いまどこに向かっているのかわからないが、いっちょ提案してみっかな?
三時のおやつじゃなくて、夕方のおやつになっちゃいそうだけど……
それを現実にするためには、早いところ目的の場所に行って用事を終えなければ。
「ねぇ、店長さん。今度こそ、やさしいヒントもらえません?」
「そうですね……当たりそうもありませんし。では、やさしいヒントを」
店長さんは、左手をハンドルから離し、ひとさし指を軽く振りながら言う。
「はい。お願いします」
苺は姿勢を正し、ちょこんとお辞儀をした。
「子分……」
うん? コブン……だけ?
「あの、コブン?」
「ええ。子分のところですよ」
コブンのところ? ああ、コブンて、子分か? ……子分のところ?
苺は顔を歪めた。
さっぱり意味わかんないし。
「それがやさしいヒントなんですか?」
「よく考えてごらんなさい。すぐに答えが出ますよ」
店長さんはそう言うが、その言葉には激しく反論したい。そんなヒントで、答えが出るとは思えない。
「貴女が口にされたのですよ」
「えっ? 苺が? 子分のところって、苺が言ったんですか?」
「その言葉通りではありませんが……私に子分だと教えたのは、貴女ですよ」
ますますわからなくなった。
お手上げだ。苺は諦めて、ため息をついた。
「もういいです。苺、当てられそうもないし……。ねぇ、店長さん、イチゴヨーグルトは諦めるんで、その代りに、おやつ食べに行きません?」
「おやつとは?」
「お団子ですよ。ほら、神社の鳥居の前のお団子屋、食べに行ったでしょう?」
「…………」
返事を待つものの、店長さんはなかなか返事をしない。
「店長さん?」
「貴女ときたら……ふっ……あっははは……くっくっ……」
いったいいまの会話の何が笑いのツボだったのか、突然店長さんが派手に笑い出した。
「な、なんなんですか?」
「くくくっ……いえ……天才的におかしなひとだ。くくっ、あはははは……」
天才的におかしなひと発言に、苺はむっとして唇を突き出した。
「苺のどこが、おかしなひとだって言うんですか? 苺は答えを当てられそうもないから、お団子食べに行きましょうって、誘っただけですよ」
運転しながら笑い続けている店長さんに向けて、苺は文句を言い募ったが、店長さんときたら、なんでか苺の言葉にさらに笑いを膨らませる。
「わけわかりませんよっ!」
「目的地につけば、わかりますよ」
なおも笑い続けながら店長さんは言い、苺の手にしているパスポートをひょいと取り上げた。
|
|