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その1 わざわざ所望
年賀状を書くのに必要なものを取りまとめると、苺は店長さんとともに一階の居間に移動することした。
「真美さんが、お茶を用意してくださるそうですよ」
階段を下りながら店長さんが言う。
「そうですか。苺、まだ真美さんと顔を合わせていないんで、真美さんに顔を見せてくるです。店長さんは、先に居間に……」
「私は、伊藤さんにいただいてきたイチゴを車から取って来ますよ」
ああ、そうだった。
「イチゴのこと忘れてましたよ。店長さん、お願いします」
玄関で靴を履く店長さんといったん別れ、苺は台所に足を運ぶ。
「まーみさん」
ドアを開けながら呼びかけ、先に顔だけ覗かせる。
「苺さん、紅茶にしましたけど、それでよかったかしら?」
「うん。紅茶でいいよ。ありがとう」
答えつつ台所の中に入ったら、真美さんが「あらっ?」と叫ぶ。
その視線は、苺の服に向けられている。
イチゴ尽くしの服に驚いたようだ。
「とっても可愛いですよ」
真美さんは、本心から褒めてくれるが……
考えたら、自分の部屋に戻ったんだし、着替えてくればよかったんだよね。
このままこの服を着ていたら、母や健太に笑われてしまう。
苺は急いで居間に行き、手にしていたものをテーブルに置く。そして、すぐさまドアに向かった。
ドアを開けて飛び出ようとしたら、店長さんと正面衝突しそうになる。
「あわわっ!」
「苺、驚きましたよ。そんなに慌てて、いったいどうしたんです?」
「それが……うわあっ、甘い匂い。苺、真美さんに渡してきますよ」
イチゴの入った段ボール箱を受け取ろうとしたら、店長さんが変な顔をする。
「急いでいたのではなかったんですか?」
「ああ。これを運んでからでも大丈夫なんです。このイチゴ尽くしの服を着替えて来なきゃと思って、ちょっと慌てちゃったんですよ」
「そういうことでしたか。なら、これは私が真美さんにお渡ししておきますから、貴女は急いで着替えてきなさい」
「そうですか。それじゃ、よろしくお願いするです」
イチゴのことは店長さんにお任せし、彼女は居間を出て階段を駆け上がった。
部屋に入り、服を物色するも……当然なのだが……ろくなのがない。
うはーっ。古着ばっかりだ。小学生の頃から着てるのとか……
苺は、胸元にうさぎさんのアップリケのついたトレーナーを見つめて、ため息をつく。
それなりにいいやつは、ワンルームに持って行っちゃったからなぁ。
このトレーナー着るくらいなら、このイチゴ尽くしの方が、まだマシだな。
けど、イチゴ尽くしのままは、さすがに嫌だし……
仕方がない。イチゴ尽くしじゃないというところで、手を打つとしよう。
イチゴの服を半分残し、古着でコーディネートしてみたが……
うはーっ、これじゃ、イチゴ尽くしとそう変わんないや。どっちにしろ、子どもっぽい。
いや、子どもっぽいだけじゃない。ダサい子どもになってしまう。
苺は肩を落としてため息をついた。
ここにあるのは、この数年着てなかったやつばっかりなんだもんなぁ。
ダサい子どもで出て行ったら……真美さんは笑ったりしないだろうけど、確実に店長さんには笑われる。……母と健太も同様。
ならば、このままイチゴ尽くしでいた方が、マシなんじゃないかな?
そう結論を出した苺は、着替えをやめて居間に戻った。
紅茶のカップを手にしていた店長さんがこちらに振り向く。テーブルにはクッキーがある。
うわっ、美味しそうだ。こいつは真美さんの手作りだな。
真美さんは台所にいるんだろう。ちょっと行ってお礼を……
「うん? 苺、着替えなかったのですか?」
台所に向かおうとしていた苺は、その言葉にいったん足を止めて振り返った。
「それが、そこそこいいのは全部ワンルームに持っていっちゃってて……ろくなのがなかったんです」
「それよりは、そのイチゴ尽くしのほうがよかったわけですか?」
「そういうことです。メリットを考えたら、こっちだなって」
そのあと苺は、台所に顔を出し、真美さんに紅茶とクッキーのお礼を言ってから、店長さんのところに戻った。
紅茶とともにクッキーを一枚いただいた苺は、さっそく年賀状を書くことにした。
「全部、手書きするつもりですか?」
「そのつもりですよ」
「時間がかかりそうですね」
「そうですね」
店長さんとやりとりしつつも、苺はせっせと今年の干支の絵を織り交ぜたイラストを描いていく。
「何も見ないでそれだけ描けるとは……凄いですね」
「そうですか? あっ、店長さん暇ですよね? テレビでも……」
「もし、よろしければ宛名書きくらい、お手伝いさせてください」
「えっ、ほんとですか? 宛名を書いてもらえたら助かりますよ。よろしくお願いするです」
苺は宛名書き用のペンと、年賀状を店長さんの前に置く。
店長さんはペンを取り上げ、「これで書くんですか?」と聞いてくる。
「そのペンじゃ、駄目ですか?」
「駄目というか……年賀状に宛名を手書きするとすれば、やはり筆ペンではないかと」
「筆ペン?」
なんとも、そんなハードルの高い代物を、わざわざ所望するとは……さすが店長さんだ。
「筆ペンなら、多分ここら辺を探せばあると思うですけど……」
苺は立ち上がり、引き出しを物色する。
「おっ、ありました。これでいいですか?」
店長さんは筆ペンを無言で受け取り、「試し書きしたいのですが……」とテーブルの上を見回す。
「メモ帳でいいですか?」
苺は電話機のところに置いてあるメモ帳を一枚引っぺがし、店長さんに手渡した。
すると店長さんは、さらさらと文字を書き始めた。
メモ帳には苺の名前が……
「うわわっ! 上手です。まさに達筆!」
思わず手を叩いて絶賛してしまう。
「そんなに褒められるほどものでは……私より、吉田や要のほうが、毛筆は上手いですよ」
「ええっ! なんとあのおふたりは、この店長さんの見事な字より、もっと上手く書けるってんですか?」
驚きだよぉ。
店長さんが宛名を書いてくれた年賀状は、とんでもなく見事な出来栄えになった。
苺のイラストが、美しい文字を損なっているようで、申し訳なくなるくらいだ。
この年賀状を受け取ったみんなは、さぞびっくりすることだろう。
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