苺パニック


  
(こちらのお話は、書籍「苺パニック6」のP90、3行と4行の間のお話で、書き下ろしになります。)


                        
その1 わざわざ所望



年賀状を書くのに必要なものを取りまとめると、苺は店長さんとともに一階の居間に移動することした。

「真美さんが、お茶を用意してくださるそうですよ」

階段を下りながら店長さんが言う。

「そうですか。苺、まだ真美さんと顔を合わせていないんで、真美さんに顔を見せてくるです。店長さんは、先に居間に……」

「私は、伊藤さんにいただいてきたイチゴを車から取って来ますよ」

ああ、そうだった。

「イチゴのこと忘れてましたよ。店長さん、お願いします」

玄関で靴を履く店長さんといったん別れ、苺は台所に足を運ぶ。

「まーみさん」

ドアを開けながら呼びかけ、先に顔だけ覗かせる。

「苺さん、紅茶にしましたけど、それでよかったかしら?」

「うん。紅茶でいいよ。ありがとう」

答えつつ台所の中に入ったら、真美さんが「あらっ?」と叫ぶ。

その視線は、苺の服に向けられている。

イチゴ尽くしの服に驚いたようだ。

「とっても可愛いですよ」

真美さんは、本心から褒めてくれるが……

考えたら、自分の部屋に戻ったんだし、着替えてくればよかったんだよね。

このままこの服を着ていたら、母や健太に笑われてしまう。

苺は急いで居間に行き、手にしていたものをテーブルに置く。そして、すぐさまドアに向かった。

ドアを開けて飛び出ようとしたら、店長さんと正面衝突しそうになる。

「あわわっ!」

「苺、驚きましたよ。そんなに慌てて、いったいどうしたんです?」

「それが……うわあっ、甘い匂い。苺、真美さんに渡してきますよ」

イチゴの入った段ボール箱を受け取ろうとしたら、店長さんが変な顔をする。

「急いでいたのではなかったんですか?」

「ああ。これを運んでからでも大丈夫なんです。このイチゴ尽くしの服を着替えて来なきゃと思って、ちょっと慌てちゃったんですよ」

「そういうことでしたか。なら、これは私が真美さんにお渡ししておきますから、貴女は急いで着替えてきなさい」

「そうですか。それじゃ、よろしくお願いするです」

イチゴのことは店長さんにお任せし、彼女は居間を出て階段を駆け上がった。

部屋に入り、服を物色するも……当然なのだが……ろくなのがない。

うはーっ。古着ばっかりだ。小学生の頃から着てるのとか……

苺は、胸元にうさぎさんのアップリケのついたトレーナーを見つめて、ため息をつく。

それなりにいいやつは、ワンルームに持って行っちゃったからなぁ。

このトレーナー着るくらいなら、このイチゴ尽くしの方が、まだマシだな。

けど、イチゴ尽くしのままは、さすがに嫌だし……

仕方がない。イチゴ尽くしじゃないというところで、手を打つとしよう。

イチゴの服を半分残し、古着でコーディネートしてみたが……

うはーっ、これじゃ、イチゴ尽くしとそう変わんないや。どっちにしろ、子どもっぽい。

いや、子どもっぽいだけじゃない。ダサい子どもになってしまう。

苺は肩を落としてため息をついた。

ここにあるのは、この数年着てなかったやつばっかりなんだもんなぁ。

ダサい子どもで出て行ったら……真美さんは笑ったりしないだろうけど、確実に店長さんには笑われる。……母と健太も同様。

ならば、このままイチゴ尽くしでいた方が、マシなんじゃないかな?

そう結論を出した苺は、着替えをやめて居間に戻った。

紅茶のカップを手にしていた店長さんがこちらに振り向く。テーブルにはクッキーがある。

うわっ、美味しそうだ。こいつは真美さんの手作りだな。

真美さんは台所にいるんだろう。ちょっと行ってお礼を……

「うん? 苺、着替えなかったのですか?」

台所に向かおうとしていた苺は、その言葉にいったん足を止めて振り返った。

「それが、そこそこいいのは全部ワンルームに持っていっちゃってて……ろくなのがなかったんです」

「それよりは、そのイチゴ尽くしのほうがよかったわけですか?」

「そういうことです。メリットを考えたら、こっちだなって」

そのあと苺は、台所に顔を出し、真美さんに紅茶とクッキーのお礼を言ってから、店長さんのところに戻った。

紅茶とともにクッキーを一枚いただいた苺は、さっそく年賀状を書くことにした。

「全部、手書きするつもりですか?」

「そのつもりですよ」

「時間がかかりそうですね」

「そうですね」

店長さんとやりとりしつつも、苺はせっせと今年の干支の絵を織り交ぜたイラストを描いていく。

「何も見ないでそれだけ描けるとは……凄いですね」

「そうですか? あっ、店長さん暇ですよね? テレビでも……」

「もし、よろしければ宛名書きくらい、お手伝いさせてください」

「えっ、ほんとですか? 宛名を書いてもらえたら助かりますよ。よろしくお願いするです」

苺は宛名書き用のペンと、年賀状を店長さんの前に置く。

店長さんはペンを取り上げ、「これで書くんですか?」と聞いてくる。

「そのペンじゃ、駄目ですか?」

「駄目というか……年賀状に宛名を手書きするとすれば、やはり筆ペンではないかと」

「筆ペン?」

なんとも、そんなハードルの高い代物を、わざわざ所望するとは……さすが店長さんだ。

「筆ペンなら、多分ここら辺を探せばあると思うですけど……」

苺は立ち上がり、引き出しを物色する。

「おっ、ありました。これでいいですか?」

店長さんは筆ペンを無言で受け取り、「試し書きしたいのですが……」とテーブルの上を見回す。

「メモ帳でいいですか?」

苺は電話機のところに置いてあるメモ帳を一枚引っぺがし、店長さんに手渡した。

すると店長さんは、さらさらと文字を書き始めた。

メモ帳には苺の名前が……

「うわわっ! 上手です。まさに達筆!」

思わず手を叩いて絶賛してしまう。

「そんなに褒められるほどものでは……私より、吉田や要のほうが、毛筆は上手いですよ」

「ええっ! なんとあのおふたりは、この店長さんの見事な字より、もっと上手く書けるってんですか?」

驚きだよぉ。

店長さんが宛名を書いてくれた年賀状は、とんでもなく見事な出来栄えになった。

苺のイラストが、美しい文字を損なっているようで、申し訳なくなるくらいだ。

この年賀状を受け取ったみんなは、さぞびっくりすることだろう。





   
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