苺パニック


注:こちらのお話は、書籍になるにあたって削除されたものです。
  サイト掲載時のものを、改稿してあります。

  書籍になるにあたって、大きく改稿したために、書籍の内容とは異なっています。
  そのことを踏まえた上で、お楽しみいただけたら幸いです。


  
(こちらのお話は、書籍ではP90、3行と4行の間のお話になります。多少、書籍とは矛盾するかもしれませんが、ご了承ください)


                        
その2 微妙な感想



あっ、そうだ。

「店長さん、手伝ってもらったお礼ってわけじゃないですけど、今夜、このままうちでご飯食べていきません?」

「いえ。お申し出は嬉しいのですが、今夜は屋敷に帰ります。吉田も待っているでしょうから」

「あっ、そ、そうですよね」

そうだったよぉ。色々あったもんだから、うっかり忘れちゃってたけど、店長さんは今朝退院してきたばっかりじゃないか。

善ちゃんは、店長さんの帰りを首を長くして待ってるよね。

「善ちゃんも、元気になった店長さんを見たいですもんね」

あっ、ということは……店長さん、今夜はお屋敷で寝るのかな?

そうなると、苺はワンルームにひとりぼっちか……

寂しいけど、仕方ないよね。

いっそ、ワンルームに戻るのをやめるかなぁ?

そう考えたところで、苺は顔をしかめた。

わたしってば……

一人暮らしできて大喜びしてたくせに、店長さんがいないってだけで寂しくて帰るのをやめるとか……おかしいよ。

そうだよ。店長さんが来る来ないじゃない。

一人暮らしを満喫しなきゃ。

うん、ちゃんとワンルームに戻ろう。いまはあそこが苺の家なんだから。

苺は気持ちを切り替え、年賀状の宛名を書いてくれている店長さんの手元を見る。

あっ、そうだ。イチゴヨーグルトのことは、どうなったのかな?

店長さんは微妙と表現していたけど、目的地当てクイズ、当たったことになったのか、外れたことになったのか?

店長さんに聞いてみようか?

うーん……聞くのはちょっと恥ずかしいな。

どうしよう?

「苺」

聞こうかどうしようかと悩み、苺がもじもじしていると、ふいに店長さんが顔を上げて呼びかけてきた。

「な、なんですか?」

思わず焦った返事をしてしまう。

「あの……また、お願いしてもよろしいですか?」

遠慮しつつ言われたが……店長さんの言う、お願いの中身がわからない。

「お願いって……あの、なんですか?」

「おむすびですよ」

お、おむすび?

それってつまり……明日の朝の、朝御飯用ってことなんだよね?

ってことは?

店長さんは、今夜、ワンルームに泊まるつもりだってこと?

「苺?」

考えるほうに気が回り、返事を怠っていたら、店長さんが窺うように呼びかけてくる。

「は、はい」

苺は慌てて頷いた。

「もちろんいいですよ。具は何が……梅干しと、おかかと……他に何か入れてほしいのあります?」

「貴女にお任せしますよ」

「了解です」

苺はご機嫌で返事をしていた。

よーし、なら、冷蔵庫の中を物色して決めるとしよう。

でも、そうか。今夜もワンルームで店長さんと一緒に過ごせるんだなぁ。

胸を膨らませた苺だが、こうなるとイチゴヨーグルトのことが気になってくる。

持ってきてくれるのかなぁ?

店長さんを見ると、すでに宛名書きに戻っている。

まあ、いいか。期待半分で、楽しみにしとくとしよう。

苺はそう納得し、再び年賀状を書き始めた。





「かなり終わったようですね?」

また一枚書き上げたところで、店長さんが話しかけてきた。

「はい。でも、まだ三分の一くらい残ってるです」

疲れを取るように息をふーっと吐き、苺はよっこらしょっと腰を上げた。

「ちょっと一休みしましょうか?」

「それがいいかもしませんね」

そう答える店長さんに頷き、苺は首回りの凝りをほぐすように首を回しながら立ち上がった。

台所には誰もいなかった。

真美さんは、たぶん二階の自室で休んでいるのだろう。

あっ、そうだそうだ。もう一度澪に電話してみよう。

コーヒーの準備をしつつ、苺は携帯を取り出して澪にかけてみた。だが、やはり通じない。

おかしいなぁ?

澪のことが気になりつつも、苺はコーヒーを淹れて店長さんのところに運んで行った。

インスタントコーヒーだけど、お口に合うかどうか?

コーヒーを飲む店長さんを見つめていたら、苺の視線に気づいたようで、ふたりの目が合う。

「どうしました?」

「コーヒー、お口に合うかなぁと思って」

「ああ。そうですね。……ちょっと風変わりな味ですね」

ほほお、風変わりな味かぁ。

インスタントコーヒーの味に対して、そんなふうな感想を持つとは……

やっぱり店長さん、インスタントコーヒーを飲むのは、これが初めてなんじゃないのか?

しかし、インスタントコーヒーを飲むのが、この年で初めてとか……

やっぱり、凄いおひとだねぇ。

妙に感心してしまう。

「何がおかしいんですか?」

思わず笑いを堪えたら、店長さんが訝しげに聞いてくる。

「店長さんって、凄いなぁと思っただけですよ」

「凄い? 何がです?」

「だってインスタントコーヒーを、飲んだのはこれが初めてなんでしょう?」

「ああ、やはりそうだったんですね」

やはり? 

「それって、インスタントコーヒーの存在を知ってたってことですか?」

そう聞いたら、店長さんが呆れたように頷く。

「もちろん知っていますよ。ただ私は、これまで飲んだことはありませんでしたので……」

「それじゃ、初めて飲んでの感想は?」

「そうですね。……予想していたよりは、美味しく感じます」

微妙な感想に、苺は派手に噴き出したのだった。





  
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