|
その2 微妙な感想
あっ、そうだ。
「店長さん、手伝ってもらったお礼ってわけじゃないですけど、今夜、このままうちでご飯食べていきません?」
「いえ。お申し出は嬉しいのですが、今夜は屋敷に帰ります。吉田も待っているでしょうから」
「あっ、そ、そうですよね」
そうだったよぉ。色々あったもんだから、うっかり忘れちゃってたけど、店長さんは今朝退院してきたばっかりじゃないか。
善ちゃんは、店長さんの帰りを首を長くして待ってるよね。
「善ちゃんも、元気になった店長さんを見たいですもんね」
あっ、ということは……店長さん、今夜はお屋敷で寝るのかな?
そうなると、苺はワンルームにひとりぼっちか……
寂しいけど、仕方ないよね。
いっそ、ワンルームに戻るのをやめるかなぁ?
そう考えたところで、苺は顔をしかめた。
わたしってば……
一人暮らしできて大喜びしてたくせに、店長さんがいないってだけで寂しくて帰るのをやめるとか……おかしいよ。
そうだよ。店長さんが来る来ないじゃない。
一人暮らしを満喫しなきゃ。
うん、ちゃんとワンルームに戻ろう。いまはあそこが苺の家なんだから。
苺は気持ちを切り替え、年賀状の宛名を書いてくれている店長さんの手元を見る。
あっ、そうだ。イチゴヨーグルトのことは、どうなったのかな?
店長さんは微妙と表現していたけど、目的地当てクイズ、当たったことになったのか、外れたことになったのか?
店長さんに聞いてみようか?
うーん……聞くのはちょっと恥ずかしいな。
どうしよう?
「苺」
聞こうかどうしようかと悩み、苺がもじもじしていると、ふいに店長さんが顔を上げて呼びかけてきた。
「な、なんですか?」
思わず焦った返事をしてしまう。
「あの……また、お願いしてもよろしいですか?」
遠慮しつつ言われたが……店長さんの言う、お願いの中身がわからない。
「お願いって……あの、なんですか?」
「おむすびですよ」
お、おむすび?
それってつまり……明日の朝の、朝御飯用ってことなんだよね?
ってことは?
店長さんは、今夜、ワンルームに泊まるつもりだってこと?
「苺?」
考えるほうに気が回り、返事を怠っていたら、店長さんが窺うように呼びかけてくる。
「は、はい」
苺は慌てて頷いた。
「もちろんいいですよ。具は何が……梅干しと、おかかと……他に何か入れてほしいのあります?」
「貴女にお任せしますよ」
「了解です」
苺はご機嫌で返事をしていた。
よーし、なら、冷蔵庫の中を物色して決めるとしよう。
でも、そうか。今夜もワンルームで店長さんと一緒に過ごせるんだなぁ。
胸を膨らませた苺だが、こうなるとイチゴヨーグルトのことが気になってくる。
持ってきてくれるのかなぁ?
店長さんを見ると、すでに宛名書きに戻っている。
まあ、いいか。期待半分で、楽しみにしとくとしよう。
苺はそう納得し、再び年賀状を書き始めた。
「かなり終わったようですね?」
また一枚書き上げたところで、店長さんが話しかけてきた。
「はい。でも、まだ三分の一くらい残ってるです」
疲れを取るように息をふーっと吐き、苺はよっこらしょっと腰を上げた。
「ちょっと一休みしましょうか?」
「それがいいかもしませんね」
そう答える店長さんに頷き、苺は首回りの凝りをほぐすように首を回しながら立ち上がった。
台所には誰もいなかった。
真美さんは、たぶん二階の自室で休んでいるのだろう。
あっ、そうだそうだ。もう一度澪に電話してみよう。
コーヒーの準備をしつつ、苺は携帯を取り出して澪にかけてみた。だが、やはり通じない。
おかしいなぁ?
澪のことが気になりつつも、苺はコーヒーを淹れて店長さんのところに運んで行った。
インスタントコーヒーだけど、お口に合うかどうか?
コーヒーを飲む店長さんを見つめていたら、苺の視線に気づいたようで、ふたりの目が合う。
「どうしました?」
「コーヒー、お口に合うかなぁと思って」
「ああ。そうですね。……ちょっと風変わりな味ですね」
ほほお、風変わりな味かぁ。
インスタントコーヒーの味に対して、そんなふうな感想を持つとは……
やっぱり店長さん、インスタントコーヒーを飲むのは、これが初めてなんじゃないのか?
しかし、インスタントコーヒーを飲むのが、この年で初めてとか……
やっぱり、凄いおひとだねぇ。
妙に感心してしまう。
「何がおかしいんですか?」
思わず笑いを堪えたら、店長さんが訝しげに聞いてくる。
「店長さんって、凄いなぁと思っただけですよ」
「凄い? 何がです?」
「だってインスタントコーヒーを、飲んだのはこれが初めてなんでしょう?」
「ああ、やはりそうだったんですね」
やはり?
「それって、インスタントコーヒーの存在を知ってたってことですか?」
そう聞いたら、店長さんが呆れたように頷く。
「もちろん知っていますよ。ただ私は、これまで飲んだことはありませんでしたので……」
「それじゃ、初めて飲んでの感想は?」
「そうですね。……予想していたよりは、美味しく感じます」
微妙な感想に、苺は派手に噴き出したのだった。
|
|