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その1 燃える情熱
くくっーっ、今日も世間は冷えるねぇ。
エントランスから外に出て、凍えるような寒さに、苺は負けじと足を踏ん張ってみる。
寒さとの戦いになど興味がないらしい店長さんは、スタスタと歩いていたが、踏ん張っている苺を振り返ってきた。
「何をしているんですか?」
怪訝そうである。
「寒さに対抗してるんですよ」
「……ああ、そうなんですか」
興味なさそうに、適当な返事をもらう。
このリアクションのなさ、苺としては面白くない。
もっとノリノリで、返してくれたらいいのにさ。ちぇっ。
「ほら、苺、寒いのでしょう? 早く車に乗り込みましょう」
さっさとついて来いと言わんばかりの身振りをする。
いつもはノリのいい店長さんなのに、今朝はダメダメさんだね。
「はーい」
ふて腐れて返事をした苺は、次の瞬間、ダッシュした。
店長さんの脇を、疾風のように駆け抜け……
「ああっ!」
あえなく掴まった。
しかも掴まれてるのがコートのフードだ。勢いよく動かしていた足が不安定に浮く。
「きゃっ」
悲鳴を上げ、転ぶのを覚悟したが、身体はふわんと浮き、苺は店長さんの胸に寄りかかって難を逃れた。
「まったく」
店長さんの小言が上から落ちてきた。
いやいや、ちょっと待て、店長さん。
文句を言われる意味がわかんないってば。
「『まったく』じゃないですよ! 走ってるってのに、フードを掴むなんてぇ。危うく転ぶところだったじゃないですか!」
「なぜ、文句を言われるのか、わかりませんね」
「はあっ? それは苺の台詞ですよ!」
「寒いのなら、早く車に乗りなさいと勧めたというのに、貴女ときたら、ずいぶんとふて腐れた返事をして、その挙句、見せしめるように突然走り出して。捕まえたくなって、当然でしょう?」
ふむ。店長さんにしてみれば、当然だったかも。でもさ。
「だって、苺は店長さんに、ノリノリで乗って欲しかったんですよ」
「ノリノリで乗って欲しかった? なんのことです?」
「もおっ。だーかーらぁ、苺が寒さに対抗して踏ん張ってたことですよ。一緒になって踏ん張るか、何を馬鹿なことをしてるんですって、つっこむとかしてもらいたかったんです」
苺の説明を、顎に手を当てて聞いていた店長さんは、くるりと背を向け歩き出した。
「ちょ、ちょっとぉ。どうして何も言わずに歩き出しちゃうんですか?」
苺は慌ててついて行く。
すると店長さんが苺に顔を向けてくる。
「仕事に遅れますよ」
おっと。そうか。
苺はパタパタと走って店長さんに追いつく。
すると、頭にぽんと手が置かれた。
「素直ですね」
くっくっと笑っておいでだ。
「わたし、褒められてるですか?」
「ええ。もちろん」
苦笑しつつじゃ、褒められている気はしないが……
車のところにやってきて、苺は助手席に駆け寄り、急いで乗り込んだ。
店長さんはすぐに車を走らせる。
今日は火曜日だな。澪のところに行くのは明後日。澪のことはずっと気になってるけど……会わないことには始まらない。
この頼りになる店長さんが力になってくれるって言うんだし……きっと澪を助けられるよね。
よし。それじゃ、苺はお仕事を頑張るとしよう。
またメイド服を着るのかなぁ? たぶんそうなんだろうなぁ。
先週の金曜日に、メイド服で会議に参加させられたくらいだもんね。
ほんと、あの日はスーツで良かったと思うんだよ。
更衣室のクローゼットには、あんなにいっぱいスーツがぶら下がってるんだし……
それにしても、次は新春宝箱セールか。
メイド服を着ることになっても、ちゃんと仕事をもらえたんだもんね。
しかも、イラストを描く仕事なのだ。
こいつは、苺にとって、最高の仕事だよ。
店長さんが倒れて入院しちゃって、仕事をお休みすることになったから……今日から頑張んないと。
あっ、そうそう、オリジナルの商品開発って話も出たんだっけ。
苺もデザインを考えていいって……
アクセサリーのデザインなんてやったことないけど、わくわくして堪らない。
岡島さんや藍原さんに負けないように、頑張るぞー!
「ずいぶんご機嫌ですね」
両手を握り締めてブンブン振っていたら、店長さんが話しかけてきた。
苺はにっこり微笑んだ。
「はい。苺、いま、ボボーッと激しく燃えてるですから」
「燃えてる?」
意味が分からないらしい店長さんに、苺はやれやれというように肩を揺らしてみせた。
「オリジナル商品のデザインですよ。金曜日から、もう四日ですからね、ライバルに差を付けられちゃったぶん、頑張るですよ」
「ああ……ライバルというのは、要と怜のことなわけですね?」
「もちろんそうですよ」
苺のデザインが採用されたら、お店に苺のデザインした商品が並ぶことになるのだ。
うわーっ、もしそうなったら、すっごいことだよ。
心臓がるんるん弾むくらいウキウキしてならなかった。
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