苺パニック

注:こちらのお話は、書籍になるにあたって削除されたものです。
  サイト掲載時のものを、改稿してあります。

  書籍になるにあたって、大きく改稿したために、書籍の内容とは異なっています。
  そのことを踏まえた上で、お楽しみいただけたら幸いです。

  
(こちらのお話は、書籍ではP104、20『愉快なナビ』の前のお話になります。書籍とは流れが違います)


その1 燃える情熱



くくっーっ、今日も世間は冷えるねぇ。

エントランスから外に出て、凍えるような寒さに、苺は負けじと足を踏ん張ってみる。

寒さとの戦いになど興味がないらしい店長さんは、スタスタと歩いていたが、踏ん張っている苺を振り返ってきた。

「何をしているんですか?」

怪訝そうである。

「寒さに対抗してるんですよ」

「……ああ、そうなんですか」

興味なさそうに、適当な返事をもらう。

このリアクションのなさ、苺としては面白くない。

もっとノリノリで、返してくれたらいいのにさ。ちぇっ。

「ほら、苺、寒いのでしょう? 早く車に乗り込みましょう」

さっさとついて来いと言わんばかりの身振りをする。

いつもはノリのいい店長さんなのに、今朝はダメダメさんだね。

「はーい」

ふて腐れて返事をした苺は、次の瞬間、ダッシュした。

店長さんの脇を、疾風のように駆け抜け……

「ああっ!」

あえなく掴まった。

しかも掴まれてるのがコートのフードだ。勢いよく動かしていた足が不安定に浮く。

「きゃっ」

悲鳴を上げ、転ぶのを覚悟したが、身体はふわんと浮き、苺は店長さんの胸に寄りかかって難を逃れた。

「まったく」

店長さんの小言が上から落ちてきた。

いやいや、ちょっと待て、店長さん。

文句を言われる意味がわかんないってば。

「『まったく』じゃないですよ! 走ってるってのに、フードを掴むなんてぇ。危うく転ぶところだったじゃないですか!」

「なぜ、文句を言われるのか、わかりませんね」

「はあっ? それは苺の台詞ですよ!」

「寒いのなら、早く車に乗りなさいと勧めたというのに、貴女ときたら、ずいぶんとふて腐れた返事をして、その挙句、見せしめるように突然走り出して。捕まえたくなって、当然でしょう?」

ふむ。店長さんにしてみれば、当然だったかも。でもさ。

「だって、苺は店長さんに、ノリノリで乗って欲しかったんですよ」

「ノリノリで乗って欲しかった? なんのことです?」

「もおっ。だーかーらぁ、苺が寒さに対抗して踏ん張ってたことですよ。一緒になって踏ん張るか、何を馬鹿なことをしてるんですって、つっこむとかしてもらいたかったんです」

苺の説明を、顎に手を当てて聞いていた店長さんは、くるりと背を向け歩き出した。

「ちょ、ちょっとぉ。どうして何も言わずに歩き出しちゃうんですか?」

苺は慌ててついて行く。

すると店長さんが苺に顔を向けてくる。

「仕事に遅れますよ」

おっと。そうか。

苺はパタパタと走って店長さんに追いつく。

すると、頭にぽんと手が置かれた。

「素直ですね」

くっくっと笑っておいでだ。

「わたし、褒められてるですか?」

「ええ。もちろん」

苦笑しつつじゃ、褒められている気はしないが……

車のところにやってきて、苺は助手席に駆け寄り、急いで乗り込んだ。

店長さんはすぐに車を走らせる。

今日は火曜日だな。澪のところに行くのは明後日。澪のことはずっと気になってるけど……会わないことには始まらない。

この頼りになる店長さんが力になってくれるって言うんだし……きっと澪を助けられるよね。

よし。それじゃ、苺はお仕事を頑張るとしよう。

またメイド服を着るのかなぁ? たぶんそうなんだろうなぁ。

先週の金曜日に、メイド服で会議に参加させられたくらいだもんね。

ほんと、あの日はスーツで良かったと思うんだよ。

更衣室のクローゼットには、あんなにいっぱいスーツがぶら下がってるんだし……

それにしても、次は新春宝箱セールか。

メイド服を着ることになっても、ちゃんと仕事をもらえたんだもんね。

しかも、イラストを描く仕事なのだ。

こいつは、苺にとって、最高の仕事だよ。

店長さんが倒れて入院しちゃって、仕事をお休みすることになったから……今日から頑張んないと。

あっ、そうそう、オリジナルの商品開発って話も出たんだっけ。

苺もデザインを考えていいって……

アクセサリーのデザインなんてやったことないけど、わくわくして堪らない。

岡島さんや藍原さんに負けないように、頑張るぞー!

「ずいぶんご機嫌ですね」

両手を握り締めてブンブン振っていたら、店長さんが話しかけてきた。

苺はにっこり微笑んだ。

「はい。苺、いま、ボボーッと激しく燃えてるですから」

「燃えてる?」

意味が分からないらしい店長さんに、苺はやれやれというように肩を揺らしてみせた。

「オリジナル商品のデザインですよ。金曜日から、もう四日ですからね、ライバルに差を付けられちゃったぶん、頑張るですよ」

「ああ……ライバルというのは、要と怜のことなわけですね?」

「もちろんそうですよ」

苺のデザインが採用されたら、お店に苺のデザインした商品が並ぶことになるのだ。

うわーっ、もしそうなったら、すっごいことだよ。

心臓がるんるん弾むくらいウキウキしてならなかった。





  
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