苺パニック


注:こちらのお話は、書籍になるにあたって削除されたものです。
  サイト掲載時のものを、改稿してあります。

  書籍になるにあたって、大きく改稿したために、書籍の内容とは異なっています。
  そのことを踏まえた上で、お楽しみいただけたら幸いです。

  
(こちらのお話は、書籍「苺パニック6」、P104の20『愉快なナビ』の前のお話になります。書籍とは流れが違います)


その6 なんでかくすぐったい



「て、ん、ちょ、う、さん」

苺はこれ以上は無理なほど、一文字一文字丁寧に呼びかけた。

ふてくされてしまった店長さんは、返事をしてくれない。

つい馬鹿笑いしてしまい、怒らせてしまったあと、怒りをなだめつつ慰めたのだが……これが逆効果。

気にすることはない的なことを言ったら、凄い目で睨まれた。

あとはもう、ヨイショするくらいしか思いつかないんだけど……

ヨイショか?

そうだな……

店長さんがあまりにも美し過ぎたからですよぉ、罪作りなおひとですねぇ〜。

ヨイショするつもりでそんな言葉を考えたのに、どうにも笑いが滲んでしまう。

笑い混じりに口にしたりしたら、顎の下から強烈な拳を食らいそうだ。

ヨ、ヨイショはやめることにしよう、うん。

さて、それじゃあ……

……。

…………。

よし、普通に話しかけてみるか?

でも、なんて言おう?

普通の話か……?

……。

…………。

何も思いつかなーーい!

そのとき車のスピードが落とされた。そして路肩に停められる。

「どうしたんですか?」

「忘れていました」

忘れていた?

「何を?」

「車に乗り込んだら、相談しようと思っていたというのに……」

相談?

店長さん、警備員さんへの怒りを抱えてるんだと思ったのに?

「あのぉ、苺になんの相談を?」

つい気になって尋ねたら、店長さんから鋭い目で睨まれ、苺はビビった。

「まったく! 冗談じゃありませんよ!」

店長さんは、激昂する如く怒鳴った。

「なんなんです。あの警備員は? どう考えたって、おかしいでしょう?」

そう聞かれても、苺としては返事に困る。

『まあ、それだけ店長さんがおキレイだったということですよ』

という台詞を口にすべきかどうか、苺は超迷った。

「まるで、辱めを受けた気分ですよ」

辱めねぇ?

まあ、そうか。

「何を納得して頷いてるんです?」

こくこく頷いていたらまた怒鳴られ、苺は身を縮めつつも、なんとか口を開く。

「だ、だから……あの状態は着ぐるみと一緒ですよ」

そう言ったら、店長さんは苺をじっと見る。

「あのときの店長さんはすっかり変身してて、あれは店長さんじゃないってことですよ」

店長さんの眼差しから、鋭さが消えた。

そのあと、しばし思案する様子を見せておいでだったが、どうやら店長さん、苺の言葉に納得をしたようだった。

「鈴木さん」

「は、はい?」

「正直におっしゃい。本当に、これっぽっちも私には見えませんでしたか?」

ほほお、どうやらそこがネックらしい。

「はいっ!」

苺はきっぱり頷いた。

「それはもう、これっぽっちっちも、店長さんには見えませんでしたよ」

「これっ……ぷっ!」

口にした店長さんは小さく噴く。

「ぽっちっち……とは。貴女ときたら、相変らずですね」

店長さんが晴れ晴れとした顔で笑い出した。

よ、よかった。これっぽっちっちが、うまいことウケたようだよ。

盛大に安堵していると、笑い止んだ店長さんが、「苺」と呼びかけてきた。

「なんですか?」

「これから病院に行ってみませんか?」

「病院? あっ、真柴さんのお見舞いですか?」

「いいえ。真柴のところには行かないほうがいいでしょう。私が入院していたことが羽歌乃さんにバレる可能性がありますからね」

「でも、もう元気になったんだし、おばあちゃんに内緒にしなくても」

「もう元気になったのですから、わざわざ知らせる必要もないでしょう」

うーん、店長さんがそう考えるんだったら、それでもいいか。

「それに、真柴も明日には退院するようです。この週末にでも、何気なく羽歌乃さんのところに……ああ、そうだ。苺、貴女のご友人の水木さんを、羽歌乃さんのところに連れて行きましょう」

「澪を、羽歌乃おばあちゃんのところに連れてくんですか?」

「ええ。祖母は私以上に人脈が広いですからね」

「おおっ!」

苺は思わず歓喜して叫んでしまう。

「苺。喜ぶのは早いですよ」

「えっ?」

「羽歌乃さんは、ビジネスに関しては、とてもシビアですからね」

「シビア?」

「ええ。水木さんにチャンスは与えられます。ですが、それをものにできるかは、水木さんの実力次第です。それは私も同じですよ」

苺は顔を強張らせて頷いた。

そうだよね。

イラストレーターの仕事を手に入れるってのは、簡単なことじゃない。

ほいほい紹介してくれると思う方が、おかしいんだよね。

「苺?」

少し心配そうに店長さんが呼びかけてきた。

店長さんは当たり前のことを言っただけなのに、苺をがっかりさせたと思って……気にしてくれているようだ。

苺は店長さんに、にっこり笑いかけた。

「苺は大丈夫ですよ。仕事ってのはシビアだってことは、苺だって充分味わってるですから」

いくら面接を受けても、イラストレーターの仕事には就けなかった。

そのときのことが思い出され、胸がなんとも切なくなる。

そんな思いを抱えつつ、苺は店長さんに言った。

「澪は、チャンスを貰えることを喜ぶと思うですよ」

店長さんは微笑んで頷く。

「あっ、そういえば、羽歌乃おばあちゃん、痛めた手首はよくなったのかなぁ?」

苺が思い出して口にしたら、店長さんは頷いて口を開く。

「坂北さんから聞いたところでは、痛みはまだ少々残っているようです。ですが、本人はもうなんともないと言って譲らないそうですよ」

店長さんの話に、苺は声を上げて笑った。

羽歌乃おばあちゃんらしいや。

「あっ、それで病院って? あっ、もしや、売店のおばちゃんに会いに連れてってくれるんですか?」

「ええ。そういうことですよ。鈴木さんからその方の話を聞いて、私もお会いしてみたかったのですよ。それに、飴玉のお礼も」

飴玉かぁ。

イチゴ味と、メロン味かと思ったのに、なんと梅味と抹茶味なんて、意外な味だったんだよねぇ。

思い出して、くすくす笑ってしまう。

見ると、店長さんも苺と同じことを思い出しているらしく、楽しそうに笑っている。

どうしてか、たまらないほど胸がくすぐったかった。





   
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