苺パニック


注:こちらのお話は、書籍になるにあたって削除されたものです。
  サイト掲載時のものを、改稿してあります。

  書籍になるにあたって、大きく改稿したために、書籍の内容とは異なっています。
  そのことを踏まえた上で、お楽しみいただけたら幸いです。

  
(こちらのお話は、書籍ではP104、20『愉快なナビ』の前のお話になります。書籍とは流れが違います)


その9 不思議と嬉しそう



店長さん、いったいどうしたんだろう?

だいたい、急に夕食に誘って来たりして……

もしや店長さん、ひとりきりで夕食を食べるのが寂しくなって、それで苺を誘ってきたんじゃないのか?

苺の家は、大人数でおでんを囲むわけだし……

そういうの、店長さんは羨ましいのかも。

いくら豪勢な夕食でも、ひとりで食べるのは……味気ないよなぁ。

ひとりきりで夕食を食べている店長さんが頭に浮かび、苺の胸は痛いほどきゅんとなる。

よ、よし!

ここはひとつ、苺が!

「苺?」

「店長さん、ちょっと待っててください。苺、すぐに戻ってくるですからぁ」

苺はそう叫ぶと、店長さんの返事を聞かず、鈴木家の玄関に駆け込んで行った。

「ただいまぁ」

そう声をかけ、そのまま台所にすっ飛んで行く。

「ねぇ、真美さーん」

台所のドアを開けて、真美に呼びかける。すると、中にいた母と真美が、こちらに振り返ってきた。

「あら、苺、お帰り」

「苺さん、お帰りなさい」

「うん。ただいま。ねぇ、お母さん、急で悪いんだけどさぁ。苺の分のおでん、パックに詰めてくれないかなぁ」

「はい? どういうことよ?」

怪訝そうな母に、苺は「実はさぁ」と答える。

「今夜は、店長さんと夕飯を食べることにしたの。で、おでん貰っていけたら嬉しいなって」

「あら、あんた家で食べないの?」

「うん、ダメ?」

「ダメじゃないけど……まあ、そうね。それじゃ、パックに詰めてあげるわ」

「やった! お母さん、ありがとう」

「それより、あんた、来週の週末って、お休みもらえないの」

「来週?」

「ええ、温泉に行こうかってお父さんと話してるのよ。あんたとわたしの三人でね」

三人でか。
それって、真美さんとお兄ちゃんを、たまにはふたりきりにしてあげようということじゃないのかな?

もうすぐベビーも生まれるし、そしたらふたりきりで過ごすってことも、そうできなくなるはずだもんね。

「たぶん、大丈夫だよ。お休み貰えると思う。いまはお正月過ぎで、お店もそんなに忙しくないからね」

再来週に行われる新春宝箱セールのために、イラストを描かなければならないのだが、まあ、なんとかなるだろう。

真美さんのためだもんね、ここは苺もひと肌脱がないと。

「そうだ、剛が来てんだよね。ちょっくら挨拶してくるよ。あっ、あとおにぎり作らせてね」

苺はバタバタと居間に向かう。

「ただいまぁ」

居間のドアを開けて、中にいる三人に声をかける。

新聞を読んでいた父が顔を上げ、「おお、苺、お帰り」と言ってくれる。

「うん。あれっ、ふたりは何やってんの?」

剛と健太を見ると、ふたりは顔を突き合わせてなにやらやっている。

近づいて覗き込むと、オセロだ。

店長さんがクジで手に入れた小さなものじゃなくて、大きいやつだ。

「このオセロって、買ったの?」

思わずそう聞いてしまったが、よく見ると、それなりに年季もののようだ。

「どうみても新品じゃないだろ。こいつは二号の親戚のところのやつさ。たまたまオセロの話が出て、やろうかって話になって、剛がバイクでひとっ走りして借りてきてくれたんだ」

ふーん、そういうことか。

「ねぇ、どっちが勝ってんの?」

「いまのところ五分五分。いちごう、お前勝負の邪魔。あっち行ってろ」

健太は苺を邪険に追い払い、真剣な表情で勝負に戻る。

ちぇっ! なんか面白くないんだけど……

まあ、店長さんを待たせてるから、のんびりしてられないしな。

「ねぇ、お父さん、温泉のこと聞いたよ。お休みもらっとくからね」

「おお。どうだ、ちゃんと休みを貰えそうか?」

「うん。大丈夫だと思う。ちゃんとお休みもらえたら、知らせるよ」

「おう」

父は嬉しそうに頷く。

ずいぶんと楽しみにしているようだ。

もちろん苺も、ひさしぷりの両親との旅行は楽しみだ。

「あのね、苺、ここではご飯食べずに、これで帰るんだ」

「えっ? なんだ、飯は食わないのか?」

「おでんは貰っていくことにしたの」

「ここで食べていけばいいだろう?」

「店長さんを待たせてるんだよ。明日は家で食べるからさ」

「……そ、そうか。まあ、そうだな」

父はちらりと勝負中のふたりに視線を向け、なぜかもごもご言う。

中途半端な納得ぶりで、気になったが、台所から母に「苺ぉ」と呼ばれ、苺は台所に駆け戻った。

「はーい」

ドアを開けると、母がおでんの入ったパックを見せてくる。

「どう、苺? これくらいでいいかしらね?」

「おっ、いっぱいだぁ。いいのこんなにもらっちゃって」

「いいわよ。それより、藤原さんに、ちゃんと旅行のお休みもらってよ。お父さん凄く楽しみにしてるんだから、忘れちゃダメよ」

母はそう言いながら、おでんを入れたパックを包んでくれる。

「うん、わかってるって。おでん、ありがとうね」

苺は返事をし、さっそくおにぎり作りに取りかかった。

おにぎりとおでんを抱え、苺はみんなに声をかけてから、店長さんのところに急いだ。

後ろから母もついてくる。

「お待たせでーす」

玄関を出て、声をかけつつ車に駆け寄ると、店長さんが急いで車から降りてきた。

「藤原さん、こんばんは」

「こんばんは」

挨拶する母に、店長さんは堅苦しく挨拶を返す。

「ほら、店長さん、おでん貰ってきましたよ。お屋敷で一緒に食べましょう」

「……」

店長さんは、苺の持っている包みに視線を向けて、顔をしかめた。

「節子さん、よかったのですか?」

店長さんは、母に向けて申し訳なさそうに言う。

「そんな、もちろんですよ。こんなものでよかったら」

笑顔で口にする母を見て、店長さんはほっとしたようだった。

「ありがとうございます」

ふたりがやりとりをしている間に、苺は助手席に乗り込んだ。

店長さんは苺の母に頭を下げ、自分も車に乗り込む。

「それじゃ、また明日ねぇ」

見送ってくれている母に手を振ると、車が走り出した。

ふふ。まさか、おでんを抱えて、店長さんのお屋敷にご飯を食べに行くことになるとはねぇ。

それにしても、膝に抱えている包みからは、おでんのいい匂いがする。

「あー、この匂い嗅いでると、ますますお腹が空いてきちゃいますよ」

「貴女ときたら……」

ぼそりと店長さんが言い、苺は店長さんに顔を向けた。

「苺がなんですか?」

「いいえ。なんでもありませんよ」

店長さんはずいぶんとそっけなく口にしたが、どうしてか苺には、不思議と嬉しそうに聞こえたのだった。





  
inserted by FC2 system