苺パニック


注:こちらのお話は、書籍になるにあたって削除されたものです。
  サイト掲載時のものを、改稿してあります。

  書籍になるにあたって、大きく改稿したために、書籍の内容とは異なっています。
  そのことを踏まえた上で、お楽しみいただけたら幸いです。


                        
その9 勝利を確信



ひとりで神経衰弱をしていた苺は、半分ほど終わったところで、退屈のあまり手を止めた。

やっぱり、ひとりでやったって、つまらない。

つまらない。つまらない。つまらない。

胸の中で呪文のように唱えつつ、時間を確認するが、前に確認したときより、二十秒ほど進んだくらい。

「はーっ!」

苺はわざと声に出してため息をついた。

だが、苺の隣に座って、熱心にファイルを眺めている店長さんの耳には、残念ながら届かなかったようだ。

ちぇっ。

一時間だけって約束で、店長さんがファイルを見始めたんだけど……

まだ三十分くらいしか経っていない。

まだようやく半分か……

ほかに何か、暇つぶしになるようなもの、岡島さん持ってきてくれてないのかな?

スケッチブックとか色鉛筆とか……

あるわけないか……

そういえば、明日、苺たちが着ることになる変装グッズが気になるな。

ちょっと荷物を覗いてみようか?

どうせ店長さんはファイルに夢中で、気づきゃしないだろうし。

椅子から立ち上がり、苺が荷物に歩み寄ろうとしたら……

「苺」

店長さんに呼びかけられ、びっくりして振り返る。

「は、はい?」

「ダメですよ」

ファイルから顔も上げずに店長さんは言う。

「ダ、ダメって?」

「荷物を覗くつもりでしょう?」

「ええっ! な、なんでわかったんですか?」

「荷物に歩み寄ろうとしていたではありませんか。わかって当然でしょう?」

「だ、だって……店長さん、ファイルに集中してて……」

「集中していても、気配には気づきますよ」

「えーーっ、ちょっと待ってくださいよ。それなら、さっきの苺のため息も聞こえてたってことですか?」

「聞こえましたよ」

「なら、反応してくれればいいじゃないですか?」

「反応する必要性を感じませんでしたが」

淡々と言われ、顔がひきつる。

「苺、この会話で無駄にした時間、加算しますので、そのつもりで」

「ええーっ」

苺の抗議の声など気にも留めず、店長さんはまたファイルの確認に戻ってしまう。

苺はぷーっとむくれて店長さんを睨んだ。

こうなったら、わざとうるさい声を上げて、もっと邪魔してやろうかと思ったが、さすがにそれは仕返しが怖い。

とにかく約束した時間がすぎれば、店長さんはファイルの確認をやめてくれるのだ。

ここはひたすら辛抱だ。

苺は仕方なく、またトランプを取り上げた。

今度はトランプを積んで、ピラミッドを作ることにする。

集中力がガッツリ必要な分、退屈を忘れていられそうだ。

こういうのは得意なので、二段くらいまでは結構簡単に詰める。

けど、三段目となるとそうもいかない。

ぐぐっと集中し、四段目まで慎重に積み上げ、五段目のてっぺんに取りかかる。

よ、よしっ!

二枚のトランプを手にし、腹の中で気合いを入れる。

わくわくとした緊張を強いられながら積んでいたら「ほお」という感心した声がし、ビクッと手が震えた。

積み上げていたトランプが、一瞬にして崩れ落ちる。

「あちゃーっ」

「す、すみません」

店長さんが珍しく焦って叫んだ。

苺が顔を向けると、申し訳なさそうに眉をひそめている。

「驚かせてしまいましたね。せっかく見事に積めていたのに……」

「ああ、いいんです、いいんです」

苺は笑いながら、トランプを拾い集めた。

「あれっ、お仕事終わったですか?」

「ええ。それどころか、すでに十分過ぎていますよ」

「ええっ! あっ、ほんとだ」

「しかし、貴女の集中力も、たいしたものですね」

店長さんはそう言いながらソファから立ち上がり、自らベッドに入った。

それはいい傾向だが……

「もう、寝るんですか?」

苺も立ち上がり、店長さんの枕元に歩み寄る。そして、パイプ椅子に腰かけた。

「さすがに寝るにはまだ早いですね」

確かにまだ八時を過ぎたばかりだ。

「そうですね。苺、しりとりでもしませんか? しりとりなら、お手軽でいいですよ」

店長さんが突然そんなことを言い出し、苺は思わず笑った。

「いいですねぇ」

遊んでもらえるとわかり、嬉しくてならない。

「苺、しりとりじゃ、負けませんよ」

ベッドに頬杖をつき、苺は店長さんを挑戦的に見つめた。

「それじゃあ、お題は何にしますか?」

苺がそう言うと、店長さんはくいっと眉を上げた。

「お題を決めるんですか?」

苺はこくこくと頷いた。

「はい。そのほうが難しくなって面白いでしょう?」

「ふむ。ではどんなお題でやりますか?」

「そうですねぇ。くだものなんてどうですか?」

「わかりました。それでは、どちらから?」

「店長さんからでいいですよ。どうぞ」

苺は機嫌よくゆずった。

「そうですか……では、イチゴで」

「イチゴ? 『ご』、ですか? それって、『こ』でもいいですよね?」

「ええ。『こ』でもいいですよ」

『こ』……か?

『こ』のつく、果物?

こ、こ、こ……そうだ!

「こけもも!」

「こけももですか。それでは『も』ですね。桃」

スパンってな具合に、あっさりと返され、苺は眉を寄せた。

「そんなのずるいですよ。苺がこけももって言ったの、真似してるだけじゃないですか?」

「こけももと、桃はまるで種類が違うじゃありませんか。なのに、文句を言うのはおかしいでしょう?」

言われてみれば、確かにそうだけどさ。

損した気分だ。

「そ、そいじゃいいですよ。桃の『も』ですね。えーと、も、も、も」

なかなか思いつけない。苺は腕を組み、顔をしかめた。

「ありそうもないですね。苺、負けを認めたらいかがです?」

「嫌ですよぉ。も、も、も……あっ、そうだ。『も』でありましたよ。モンキーバナナ」

「ほおっ」

店長さんが感心したような声を上げ、苺は「むっふん」と、胸を張った。

「梨」

「えっ?」

「梨ですよ。苺、貴女は『し』ですよ」

「わ、わかってますよぉ」

苺はむっとして叫んだ。

なんだって、店長さんばっかし、簡単に答えられる言葉になるんだか。

世の中、おかしいよ。

そう思いつつも、苺は『し』のつくくだものを必死で探す。

だが、なかなか思いつかない。

苺頑張れ、頑張るんだ。

『し』だよ、『し』。

あっ、そうだった。

『店長さん、もちろん『じ』でもいいんですよね?」

「それはいいでしょう。それで? 『じ』ならばあるんですか?」

笑いながら言われ、苺は店長さんを睨みつけた。

「これから考えるんですよ!」

苺は天井を見上げて考え込む。

『じ』か……『じ』……『じ』……

はっ!

き、きたーっ!

「ジョナゴールドだぁ~!」

苺は高らかに言った。

店長さんはまた、「ほおっ」と感心してくれる。

むふぅ! いい気分だ♪

「では、私は『ど』ですね?」

「はい。『ど』ですよ、『と』でもいいですよ」

興奮しすぎてちょっと息切れしつつ、苺は言った。

店長さんは、眉を寄せて考え込む。

苺も考えてみたが、ひとつしか思いつかない。

けど、そのひとつは……

苺はくっふっふ~と隠れて笑った。

よっしゃ、この勝負もらった。苺の勝ちだ。

「さあさあ、店長さん答えて、答えて」

にやにやしながら店長さんをせっつく。

『と』でもいいんだけど、『と』のつく、くだものなんてなさそうだ。

トマトはくだものじゃないんだし。

さあさあ、店長さん、『ドリアン』と答えるがいい。

それかあっさりと負けを認めるがいい。

さあ、さあ、さあ。

心の中でせっついていると、店長さんが顔を上げてきた。

勝利を確信し、苺はにっと笑ったのだった。





   
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